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美少女アニメキャラTシャツ着用によるオタクカルチャー搾取のための試論

自分の好きなバンドTシャツをこれ見よがしに着る人間は「昭和」である、何なら「Tハラ(バンドT・ハラスメント)」であるということを我々はアイアンメイデンを知らずにアイアンメイデンTシャツを着る令和の若者の出現で感じつつある。その辺のおばあちゃんが訳も分からずにラディカルなハードコアパンク系Tシャツを着ていたという報告例もあり、その是非をめぐって議論は喧々諤々の様相を呈している。

しかし、好きなバンドへの思い入れをTシャツで自己顕示する精神は昭和(良くて平成)の遺物なのである。意味も分からずに、何となくカッコいいから、という理由でTシャツを纏うことが令和のクールネスである。ロックカルチャーの歴史を知らずに表層を掠めとるZ世代ブレインデッドたちの手法こそむしろ掠めとるべきではないか? ゆえに私はまったく知らない美少女アニメキャラを身にまとい、搾取する。

聴いたことのないバンドのTシャツを着るZ世代の若者に倣い、見たことのないアニメのTシャツを着ることの愉楽を私に教えてくれたのは元キネマ旬報編集者の寺岡裕治さんであった。身長185cmで凶相、一緒に歩いていると大方の通行人が道を譲ってくれるこの外見ヤ●ザ/内面サブカルお兄さんの寺岡さんは、午後三時から酒を飲むため水中書店の前で待ち合わせしていると、サングラスに美少女アニメのTシャツを着て待っていた。「それなんですか?」と尋ねると「知らないっす」という答えが。これはサブカルによるオタクの搾取でありクールであると感じた。これが美少女Tシャツへの関心の始まりだったかもしれない。

しかし「史上もっとも暑い月」と呼ばれた2023年7月が私の頭をメルトダウンさせてしまった可能性も否めない。このクソ暑さは肉体を持つことへの嫌悪、ひいては物質世界というものが誤ったデミウルゴスによって創生された牢獄であることを思わせるに十分であり、解脱して一なる光の世界へと回帰することを人々に願わせるグノーシス主義を惹起せしめたのは必然である(旧約聖書で天地創造を行った神ヤハウェは人間の魂を物質世界に幽閉した悪魔であり、イヴをそそのかして智慧の実を食べさせた蛇こそが救世主であると考えるのがグノーシスならびに拝蛇教徒である)。

今夏ハンス・ヨナス『グノーシスの宗教』を読んだ私はエヴァンゲリオンの人類補完計画はグノーシスの遠いこだまであることを再認識したが、まあそんなことはどうでもよく、エヴァといえば葛城ミサトさんが私の初恋の人だったという可能性としてはなくもない幼年期の記憶のまどろみに沈んでいき、結果としてx-girlのミサトさんビールぐびぐびTシャツを買ってしまったことこそが絶対・運命・黙示録なのである【図1】。『Zガンダム』のエマ中尉(特にティターンズのコスチュームのとき)など、永遠に「年上のお姉さん」にサービスサービス!されるのが小生は多分好きなのである。


図1 綾波派かアスカ派か、という不毛な抗争に私は与したことがない。中学生に興味はない。

「絶対運命黙示録」なるフレーズは無論、『少女革命ウテナ』への伏線であった。結局「男の子アニメ」であるエヴァに対し「女の子アニメ」のマニエリスムの最高到達地点を記録したウテナは、あまりにも軽んじられている。寺山修司サブカルチャー(J・A・シーザー)と宝塚とロココを繋いだアニメなど前代未聞であり、「無自覚のマニエリスム」(加藤幹郎)たる少女マンガを発展させたイクニ先生は「自覚的マニエリスム」としてのウテナという大伽藍を建立した。二万字くらいの論考を書きたいほどだが、まあ置いておこう。ウテナのTシャツも三枚ほど買ってしまった【図2】

図2 『少女革命ウテナ』Tシャツ。左と右のTシャツをデザインした某氏になぜかTwitterでブロックされており、作り手の小生に対する憎悪、軽蔑、無関心のいずれかを感じながら袖を通すことで体感温度が五度さがる魔術。

しかしながら、エヴァもウテナも好きなアニメであり、冒頭で述べた「意味も分からずにTシャツを着る」というテーゼにこれは背いている。よって私は見たことのないセーラームーンのTシャツを買い求めることにした。「土萌ほたる セーラーサターン」と商品説明にあるTシャツを買ってはみたものの、はたして額に謎の文字が浮かぶこの女性が土萌ほたるなのかどうか、私には確信が持てない(画像検索するとどうも違う気がする)【図3】。サターンと言われても私にはサン・ラ―のことしか分からない。

図3 「t」と「h」が組み合わさったような文字が額に浮かび、土萌(t)ほたる(h)である可能性を暗示する。しかしセーラームーンを見たことがないから分からない。

最後に、セーラームーンを選択したことは偶然とか思いつきではない。昨今のシティポップ・リヴァイヴァルを準備したとされる、日本のレトロなアニメをサンプリングする「フューチャーファンク(Future Funk)」のメインヴィジュアルこそがセーラームーンであり、こうした海外の若いアーティスト経由で日本のアニメが逆輸入される過程で、着てみようと思ったのだ。

ビリー・アイリッシュがセーラームーンをデカデカプリントされた服を着ているのも、フューチャーファンクの文脈があったからこそだろう。海外の人の目を通じた「ジャパニーズ・アニメ」というイメージが国内発「クールジャパン」よりクールに思えた。私が下北沢の古着屋で大して好きでもないNARUTOのシャツを買ったのは、無残絵とサスケ君がごちゃ混ぜになった「異貌の江戸」イメージの、いかにも海外の好事家がコラージュして作った感満載の非正規品っぽいジャンクな雰囲気のためである【図4】


黒人メタルバンドUnlocking The Truthは『NARUTO』のアニメで鳴っていたメタルっぽい音楽に触発されてバンドを始めた。黒人とオタクカルチャーの関係については論文を書くつもりである。

Z世代、フューチャーファンク、海外勢による日本アニメの搾取に倣って、私もまたよく知らない美少女アニメキャラを「第三の目」(エドワード・ヤン)を通じてまなざし、蒐集し、ヘビロテし、搾取する。大好きなバンドTシャツを着る自意識はもはや昭和(=中世)である。

アイアンメイデンを知らずにアイアンメイデンTシャツを着る若者の精神(or おつむ?)の軽やかさに学び、我々は知らない美少女キャラのTシャツを軽やかに纏わねばならぬ。その「無意識過剰」(小林信彦)によって自意識の暑苦しさは雲散霧消し、今夏を軽やかに乗り切る叡智が得られるであろう。

問題点を最後に一つ挙げるとするならば、私が土萌ほたるTシャツを何となく着ているつもりでも、熱心なセーラームーンファンと誤解されてしまう可能性がなきにしもあらず、ということだろうか。これに関しては実践を通じて対処策を考えていきたい。

「土萌ほたる」と商品解説にあったけど絶対違う気がする。このキャラ誰?


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