社会学がわかる方、教えてください(出生率編)

社会学がわかる方に質問です。ふたりの社会学者がほぼ同時期の2017年2月に新聞紙面にて、相反する(と解釈するのが自然な)主張をし、6年ほど経過した現在もその主張をどちらも取り下げた様子がありません。どちらの主張が正しいのでしょうか。それとも相反する主張でも社会学では両立するのでしょうか。教えてください。

相反する主張の内容

具体的な主張は次の通りです。

主張1 希望出生率1.8の実現は、社会学的にみてあらゆるエビデンスから不可能
上野千鶴子氏は、社会学者・東京大名誉教授の肩書で、2017年2月11日の東京新聞「平等に貧しくなろう」という記事にて次のように主張しています。

日本は今、転機だと思います。最大の要因は人口構造の変化です。安倍(晋三)さんは人口一億人規模の維持、希望出生率一・八の実現を言いますが、社会学的にみるとあらゆるエビデンス(証拠)がそれは不可能と告げています。

2017年2月11日の東京新聞「平等に貧しくなろう」

主張2 希望出生率1.8は実現可能
柴田悠氏は、京都大学准教授の肩書で、主張1の少し前の2017年2月8日の日本経済新聞「少子化対策に新たな視点(下)希望出生率1.8は実現可能」という記事にて、希望出生率1.8は実現可能と主張し、希望出生率改善の試算を改訂した12ページからなるPDFの詳細版をウェブで公開しています

一般的にはともかく社会学的に、これらの主張に対する答えは、次の4つに大きく分けられると思います。
答えA 社会学的に主張1が正しく、主張2は間違い。
答えB 社会学的に主張2が正しく、主張1は間違い。
答えC 社会学的に主張1、主張2のどちらも正しい。
答えD これら以外
社会学がわかる方、どれが答えなのか、教えてください。

答えがAなら、次についても教えてください。

  • 希望出生率1.8は実現不可能という社会学的なエビデンスの具体例(論文など)

  • 主張2の試算が間違いであるという具体的な指摘 ただし、主張2の試算とは異なるものが発表されていることを指摘するだけでは不十分です(例えば、補足情報に示している経済学における希望出生率に関する主張)

答えがBなら、次についても教えてください。

  • 主張1が現在まで取り消されていない理由

  • 他の社会学者が主張1の間違いを指摘していない理由、または指摘した実例

答えがCなら、次についても教えてください。

  • 主張1と主張2が両立する説明

注:主張1は「希望出生率1.8は実現不可能」や「希望出生率1.8は実現可能というエビデンスはない」ではなく「あらゆる社会学的エビデンスが希望出生率1.8は実現不可能と示している」であることを踏まえて、両立することを説明してください。

よろしくお願いします。

補足情報

主張1に関する補足情報

主張1を論拠として「(略)日本は人口減少と衰退を引き受けるべきです。平和に衰退していく社会のモデルになればいい。(略)どう犠牲者を出さずに軟着陸するか。日本の場合、みんな平等に、緩やかに貧しくなっていけばいい。」という「平等に貧しくなろう」という主張が、現在もなお批判を引き起こしていることから、主張1は取り下げられていない、と判断しました。

そして、主張1を正しいものとして受け入れたうえで、少なくない数の学者がこの記事に言及しています。以下は主張1を正しいとした大学教授の例です。

岡野八代氏(同志社大学教授) 移民問題は、「選択の問題」か?-上野さんの回答を読んで Women's Action Network 2017年2月18日
清水晶子氏(東京大学教授)共生の責任は誰にあるのか—上野千鶴子さんの「回答」に寄せて Women's Action Network 2017年2月19日 アーカイブ
北田暁大氏(東京大学教授)脱成長派は優し気な仮面を被ったトランピアンである――上野千鶴子氏の「移民論」と日本特殊性論の左派的転用 シノドス 2017年2月21日
中島岳志氏(東京工業大教授)福祉国家ヴィジョン 移民政策をめぐり紛糾 東京新聞 2017年2月23日

主張2に関する補足情報

2023年2月21日の日テレNEWS24「“異次元”の少子化対策 京都大学柴田悠准教授「2025年頃までがラストチャンス」」にて、「そして、柴田さんの試算では、出生率を1.8程度にするためには様々な「即時策」を行う必要があり、(略)」と報道されていることから、希望出生率1.8は実現可能という主張を続けていることがわかります。
また、Yahoo! ニュース個人にて、「異次元の少子化対策」の提案と効果試算――希望出生率1.75の実現方法という記事を2023年1月22日に、試算の方法などの詳細となる27ページのPDFファイルとともに公開しています。ここでは、希望出生率1.75の実現を目安として、1.83までの上昇が見込まれるとしています。
そして、主張2のもとになっているのは、柴田氏の著書『子育て支援が日本を救う――政策効果の統計分析』 (勁草書房、2016年)です。この書籍は第23回社会政策学会学会賞(奨励賞)を受賞 しています。(この受賞歴から、社会学の分野でまったく知られていない書籍ではないでしょう。)
その選考理由では、いくつかの問題点や残された課題が指摘されている一方、「以上指摘してきたいくつかの課題や問題点にもかかわらず、著者の本書での分析は首尾一貫しており、その明晰な論証は一定の説得力を持ち、本学会員の研究に大きな刺激を与えるものと評価できる。」と結論付けています。

また、この書籍の書評として次の4つがネット上で閲覧できます。
後藤 澄江 (2017), 書評 柴田悠著『子育て支援が日本を救う――政策効果の統計分析』社会学評論, 2017 年 68 巻 2 号 p. 300-301. https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsr/68/2/68_300/_article/-char/ja/

水落正明 (2017), 書評 柴田悠(著)子育て支援が日本を救う――政策効果の統計分析――, 家族社会学研究, 2017 年 29 巻 1 号 p. 91-92.
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjoffamilysociology/29/1/29_91/_article/-char/ja/

神原文子 (2017) 書評 柴田悠著 『子育て支援が日本を救う ――政策効果の統計分析――』, ソシオロジ, 2017 年 62 巻 1 号 p. 168-176
https://www.jstage.jst.go.jp/article/soshioroji/62/1/62_168/_article/-char/ja/

大岡 頼光 (2018) 書評 柴田 悠 著『子育て支援が日本を救う―政策効果の統計分析―』, フォーラム現代社会学, 2018 年 17 巻 p. 228-230
https://www.jstage.jst.go.jp/article/ksr/17/0/17_228/_article/-char/ja/

「そのため,実際の政策効果が本書のとおりになるか不確かである」(水落正明 (2017))とは評されていますが、これらの書評にて、「この書籍での論証が(存在するかは未確認である)希望出生率1.8は実現不可能という社会学的エビデンスを覆すものではない」といった評価はされていません。

経済学における希望出生率に関する主張の補足情報

希望出生率に関して、経済学では山口慎太郎氏の『子育て支援の経済学』(日本評論社)が2021年1月に出版されました。これは、雑誌『経済セミナー』2019年4・5月号から2020年8・9月号まで、全9回で連載された「保育の経済学」に加筆修正を加えた書籍です。主張1,2よりも後で公表された書籍なので、主張1,2に影響を与えたものではありません。一方、第64回(2021年度)日経・経済図書文化賞を受賞し、10を超えるメディアでの紹介・書評があるなど、注目された書籍です。

この書籍を基にしたプレジデントのウェブ記事 経済学者の結論「少子化を止めるには児童手当より保育所整備を優先せよ」 では、題名が示すように、希望出生率の上昇について、次のように書かれています。

しかし、前の章で紹介したように、ドイツの保育所整備の費用対効果について、現金給付と比較する形で概算を行った研究(※4)がある。
それによると、保育所整備は現金給付より5倍も大きな効果を上げるそうだ。もちろん、これは非常にざっくりした試算にすぎないが、かなり大きな違いなので、女性の子育て負担軽減に直接効果がある保育所整備が有効であるという議論を支持しているといえるだろう。

山口慎太郎
 経済学者の結論「少子化を止めるには児童手当より保育所整備を優先せよ」

この記述に対して、主張2の「2023 年 2 月 20 日内閣官房「第 3 回こども政策の強化に関する関係府省会議」配布資料」では、児童手当への追加予算2.5兆円で希望出生率0.24上昇、保育定員への追加予算2.1兆円で希望出生率0.13上昇としています。児童手当という現金給付の費用対効果の見積もりにおいて違いがある一方、政策により希望出生率の上昇が見込めるという共通点があります。この共通点は、主張1と異なっています。