シン・東京サヴィヌルバッハ 2024/03/27 新宿ピットインの報告

シン・東京ザヴィヌルバッハ、新宿ピットイン / つぼぐち祭II初日。大幅に遅刻したところ120席すべて埋まっており、外国人観光家族グループが去った最後列2列め。

セカンドキーボードの壷坂健登ばかり見ていた。とにかく嬉しそうな表情でずっと揺れている。完璧にタイムに immersive を達成している。音楽における伸び縮みするタイム(べき乗~対数の往復と同時存在)を体が完全に吸収していて、で、いざ出番というかバッキングの和音やソロになると、いち早く腕を構えて、しかし鍵盤への着地は誰よりも遅い。結果音数が厳選され、効果的な音ばかりになり、最高の音運びが出てくる。小技だらけというか、大技も小技も区別なく、なんというか技と伝わらないように技を連発、というか技しかない凄まじいプレイヤー。左手の和音が降下する時に、和音から和音へ単に進まず、必ず中指人差し指親指でアルペジオを挟んでから次和音へ。なかなかそんなことやる人いませんよ。さらに美しくなる。

いちばん美しいのは鍵盤に触れていない時間帯で、その尾てい骨を中心のようにして体を上下などさせ、あごをちょこっとだけしゃくり、眼はわずかに開いて、鍵盤に触れていない手も指も実は同様に動いているのだが、一番音楽的タイムを感じさせたのは、床に置いた700mlのウーロン茶のボトルを取り上げてキャップを開いた瞬間だった。この時はフルに力(Force)を注ぎ込んだ。わずかに力んで人間の表情に唯一、演奏中戻った瞬間だった。

で、1970年代のマイルス・デイビス・バンド(エレクトリック時代)のキース・ジャレットだって、チック・コリアだって、ハービー・ハンコックだって、いざや鍵盤に力を込めて叩きつける!というのを当然やりますが、いや、ほぼ世界中の鍵盤奏者がそうしてますが、壷坂健登は毎回、指が降りると見せかけると、腰を引く、あごを引く、ヒジをわずかに揚げる、ヒザを折る、肩をすくめるなど、音を弱める効果のある動作の引き出しがほぼ無限に備わっており、上述の着地ディレイも自在なので、常にカッコいい音を更新し続ける。奏者の正面にキーボード2台、下が真っ赤なNORDのオルガン系、上が何かでFeder Rhodes系、右手側が、あれ?何だったっけ?まあいいや。

ソロの時間も、普通盛り上げようと狙うと高音方向に高まってグイーンとやるわけですが、彼は上がっていかないのですよ。ちょこっと上がって、すぐ下げて、また少しより上げて、またわずかに下げて、往復もせず、行かず戻らず。結果怖い、聞いたことのないような音列が連なります。すげー。

(演奏第2部が終り、一旦舞台から下がって、彼は勝利したボクサーの表情で上手側の花道から客側に来たので、急いで「かっこよかったです!」と伝えたら、わりと普通の好青年の顔を急速に取り戻し、あ、ありがとうございますと反応した。アンコールも終結後にはわりと普通の好青年の姿で片づけをしていた)

これだけ振り返ると、いったい壷坂は「セカンド」キーボードなのかと考えこむが、まあ1番でも2番でもいいじゃないですか。比類なきすごい奏者ってことで。

テナーサックス馬場智章 "アニメ Blue Giant 仙台から東京に出てきた大" は、アニメでは役割上ブイブイ吹奏するハードなビバップ奏者であったので、そのような強力ブローな方かと想定していたら、真逆であった。まずマウスピースが口に触れる前の構えがすでにして優れている。アゴを軽く引き、したがって耳が物理的に前方に出るため聴く性能が上がっており、そして弱めの音をくっきりと届けながら自在に指が運ばれる。カッコいい!もうずっとカッコいい!上述の通りおれは眼は壷坂しか見れないようくぎ付けだったが、耳に響くテナーのサウンドは世界最高峰の凄みがあった。

終わって、アニメの大のサウンドとは一切違うサウンドで豊かさに驚きましたと伝えると感謝された。
おれ「音が抑え気味なところをすごく正確に制御されてて、カッコいいですよね」
馬場「いろんな人と共演するんですけど、この前自分のトリオにマーク・ジュリアナ(注:カッコいいドラマー。ちなみにデイビッド・ボウイの最後のアルバム『ブラック・スター』は彼)をゲストに招いて共演したんですけど、やっぱ引き出しの多さに驚嘆しましたね」
おれ「引き出しの多さってことは、音を抜くってことでしょうか?」
馬場「当然それもあります。あらゆる引き出しを駆使するんです。とにかく演奏していて刺激が絶えない」
おれ「その辺のカッコいいドラマーと言えばブライアン・ブレードはどうですか、2年前にコットンクラブでオーストリア人のギタリストのヴォルフガング・ムートシュピールで初めて生で見て、あんなに楽しそうに演奏する人もいないなと感じて」
馬場「アメリカ時代に何回か。彼のあの素晴らしい "The Fellowship" のメンバーは周りの近いところにいたんですよ」
おれ「今は拠点はこっちの日本ですか?アメリカですか?」
馬場「日本ですね。でもアメリカに行く時間をなるべく増やしたいと思っていて。それで演奏の仕事じゃない、何もしない時間を多めにとれないか考えてます」
おれ「日本のライブに行っても、客にミュージシャンの姿ってきわめて少ないんですよね。おれが住んでたドイツだと、客の最低2割はミュージシャンでしたよ、どこに行っても」
馬場「アメリカは常にもっと多いですよ。え?こんなビッグネームが?みたいな人が普通に観客に交じってます」
おれ「いやいや、あなたこそがもはやビッグネームじゃないですか!」
馬場「(笑)」

ドラムスの松下マサナオは体格はデニス・チェンバースのパワープレイを思わせるというのに、出音は弱い音がうまく強く拡散する。肩の力が抜き気味で、ヒジを軽く後方に上げて戻す時に打面をヒットするので、「弱い強い音」が成立している。だからこの方も自在自在。制御してない音はひとつも無い。一番怖さを感じさせたのは、その壷坂健登のソロがあまりにすごくなりすぎた時間帯に、リーダー坪口がビートを止めるよう左手で松下にキューを出した時、彼はうなずいて応諾し、だが左手でわずかにエアにスティックを振り降ろし揚げ続けて、最高のエアビートを見せていたわずかな小節数だ。怖いよね、カッコよすぎて。

近藤佑太のベースは、怖いことにわりと普通に見える役割を与えられているかのようで、実はずっと多分すごい。すごいのだ。ごく限られて披露させるいわゆるテクニックですが、そのいわゆるチョッパーベース、スラップが、一見とても普通なのに、すごく鋭い迫力にあふれる強い大きなサウンド。あれ?ボリュームつまみ上げたっけ?ブースターエフェクター踏んだっけ?と見ても何も行われていない。しばらく眺めると、なんと弦を押さえる左手の指が弦を通常よりもグイっと加速度高く抑えて、さらにスパーンと見えないくらい強く引きはがしている。外見は同じ。困った。結果すごいスラップである。もうすごい。

リーダー坪口昌恭については、もう無理です。書けません。みなさんライブ見に行って坪口さんを見てください。ただ、Twitter(旧X)の坪口さんのプロフィールを初めて先ほど読んだら「音楽は感情表現である以前に数学であり美術である。言語を超えて遊び、歌って叩いて踊るもの」とあり、まったくおれと同じ捉え方をしていることに感動した。単におれはプレイしないだけ。

カッコよい瞬間しか無いという、カッコよさにあふれた怖いライブであった。演奏途中、4回もトイレに足を運びウンコせざるを得なかったのもやむ無し。感動すると人は身軽にならないと、時間を先に進めないのですよ。

良かった!

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