見出し画像

番外編:満月の夜に

 それは、華やかな、四月の夜だった。豪奢ごうしゃなシャンデリアは、広々としたボールルームを、真昼のように眩く照らしている。集った男女は、この日のために、めいめいあでやかに着飾っていた。

 ジュピテール伯爵家のタウンハウスは、和やかな喧騒に包まれている。

 ウォルターは、賑やかさに身を委ねながら、幼馴染の姿を探していた。せっかく招待してくれたのだから、始まる前に、懐かしい友の顔を拝んでおきたい。

「ウォルター、よく来てくれたね。」

 赤茶けた髪をふわりとまとめた紳士が、人群れの中から手を振る。

「やあ、ローレンス。今日は、お招きありがとう。なかなか、伯爵も板について来たんじゃないかね。」

 ウォルターは、わざとらしく深く一礼すると、ジュピテール伯爵ローレンス・ベレスフォードの肩を叩いた。

「からかうのはよしてくれよ。まだまださ。ところで、ちょっと頼みがあるんだが……。」

 ローレンスは、照れ臭そうに笑うと、ふと声を潜めた。

「どうしたのかね?」

「実は、演奏家がまだ一人来ていなくてね。チェリストなんだが、お前、確か弾けただろう?」

「素人の手慰み程度だがね。」

 確かに、子供の頃から、教養の一環として習ってはいる。とはいえ、近年は、仕事の合間に弾く程度だ。お世辞にも、飛び抜けて上手いとは言えない。

「私が弾くわけにもいかないだろう? 演奏家が来るまでで良いから、代わりに弾いてくれないか?」

 ローレンスは、困り果てたように眉根を寄せると、縋るようにウォルターを見上げた。

「まあ、構わないよ。友人の頼みを無碍むげにするほど、野暮ではないさ。」

 ウォルターは、ちいさく笑うと、幼馴染の懇請こんせいを受け入れた。

 本音を言えば、綺麗な女性たちと踊っていたかったが、たまには、自分の演奏に合わせて踊る美女たちを眺めるのも悪くはない。 

「ありがとう、ウォルター。恩に着るよ。」

 ローレンスは、ほっとしたように眉尻を下げると、ウォルターの背を軽く叩いた。

 そのまま踵を返して楽器を取りに行った幼馴染は、息を切らしながら、数分と経たずに戻ってくる。

「爪切り、いるかい?」

 楽器をケースから取り出しているウォルターに、ローレンスがふと問いかける。

「いや、大丈夫だよ。癖で短めにしてあるからね。」

 ウォルターは、白手袋を懐にしまうと、ひらひらと掌を振ってみせた。

 楽器を扱うのもあるが、常に爪には気を配っている。

「この色男め。」

「なに、全盛期の君に比べれば、可愛いものさ。」

 ウォルターは、旧友と軽口を交わしながら、演奏家の列に加わった。

 用意された楽譜をめくりながら、曲目を確認する。華やかなカドリールに始まり、軽快なポルカ、ゆったりとしたワルツなど、舞踏会の定番曲が並んでいた。

 ウォルターは、密やかに、ほっと胸を撫で下ろす。どれも、一通り演奏したことのあるものばかりだ。

 準備が整うや、威儀いぎを正した指揮者が、背筋を伸ばして登壇する。

 ウォルターは、指揮者の合図に合わせて、弓を構えた。 

 ボールルームでは、主賓のアルテア侯と、ジュピテール伯爵夫人を始めとする客人達が、演奏を今かと待っている。

 静寂を震わせるヴァイオリンに付き添うように、ウォルターは、ゆったりと弓を滑らせた。

 華やかな客人達は、室内楽に導かれるように、ボールルームの中央へと進んでいく。ステップを踏むたびに揺れるドレスの裾が、春の花のように咲き誇った。

 レディと踊るのも良いが、こちら側から眺めるのも、たまには面白い。何よりも、音楽家と共に演奏するなど、またとない経験だ。

 ウォルターは、チェロを奏でながら、くるくるとリズムに乗る男女を観察していた。曲が終わるたびに、顔ぶれは変わっていく。

 客人の中には、顔見知りも多い。騎士の自分が、演奏に加わっていることを不思議がる顔が、ちらほら見受けられた。理由を知らなければ、無理もないだろう。もし自分が逆の立場であったなら、つい見てしまうに違いない。

 それらの中に混ざって、たったひとつだけ、気になる視線があった。

 どうやら、視線の主は、年若い令嬢のようである。煌びやかな刺繍の施された青いドレスをひるがえし、彼女は、不自然な笑顔で踊っていた。

 知人ではないはずだが、何処かで会っただろうか。

 艶やかな金の巻き毛が、すこしだけあどけなさを残したみどりの瞳を輝かせている。

 ウォルターは、懸命に記憶を辿った。綺麗に化粧をしているが、あの印象的な瞳は、以前、アランに連れられて行ったパブで、出会った女性に違いない。

「三年前に、パブでお会いしましたかな?」

 ダンスの休憩の合間に、ウォルターは、ちらちらと視線を送ってきていた女性に声を掛けた。

「お願いだから、それは言わないでちょうだい。あなた、音楽家だったの?」

 女性は、慌てたように周囲を見回すと、意外そうに翠の瞳を瞬かせた。

「いえ、代理を頼まれただけですよ。私は、ウォルター・ボールドウィン。ただのしがない騎士です。」

 改めて見ると、なかなかに愛らしいお嬢さんだ。

 ウォルターは、名乗りを上げると、胸に手を当てて、穏やかに会釈した。

「メルキュリー伯のご子息でしたのね。わたくしは、アリス。アリス・タウンゼントです。」

 アリスと名乗った女性は、にこりと微笑むと、ドレスの裾を摘んでぺこりと頭を下げる。

「ベルックス子爵令嬢が、何故あんなところに?」

「タウンハウスにいても、お茶会ばかりで退屈ですもの。せっかく王都にいるんですから、行ったことのないところへ行ってみたくて。だって、気になるじゃありませんの。知らないところって。」

 アリスは、きょとんとした顔で、不思議そうに小首を傾げた。

「気になるって……。あそこは、女性がおひとりで行くような場所ではありませんよ。」

 どうやら、相当のじゃじゃ馬娘らしい。

 ウォルターは、思わず苦言をていした。

 あの日は、たまたま自分達が居合わせたから良いが、うら若い女性が興味本位で立ち寄る所ではない。好奇心が旺盛なのは構わないが、危なっかしいにも、程がある。

 アリスも、思うところがあるのか、決まりが悪そうに視線を逸らした。

「……それは、身に染みて分かりましたわ。でも、あの夜は、助けて頂いてありがとうございました。本当に怖かったのです。あの人たち、しつこくて。」

 アリスは、身震いするように、両手で自分の体を抱きしめた。

 あんな酔漢と関わることなど、彼女にとってはあり得ないことだろう。余程、恐ろしかったに違いない。

「こちらも、荒っぽい助け方になってしまいましたし、どうぞお気になさらず。騎士として、当然のことをしたまでですよ。」

 ウォルターは、ふっと目元の力を抜くと、アリスを安心させるように、穏やかに微笑んでみせた。

「そういえば、あの大きな方も騎士様なのかしら?」

 アリスは、ほっとしたように頬を緩めると、思い出したように問いかけてきた。

「ええ。彼は、アラン・オルブライト。私の上司ですな。」

 あの眉の凛々しい豪快な顔は、一度見たら忘れらない。あんなことがあったなら、尚更だ。

「まあ、あの方が、救国の英雄様でしたのね。貴方も、内乱の鎮圧に加わられたのかしら?」

「勿論です。大した武勇伝などは、ありませんがね。」

 ウォルターは、期待に目を輝かせるアリスに、控え目な笑みを返した。

 自分が剣を振るったのも、初戦くらいだったろう。何せ、あの戦の三日目、膠着した戦況に痺れを切らしたアランが、前線に飛び出してしまったのだ。

 団長がいなければ、副団長が団旗を受け継ぐ。しかし、実際にそれを担ったのは、まだ近衛の副隊長を務めていたウォルターだった。

 副団長は、そもそも前線の指揮を委ねられていたから、必然といえば必然である。前線で暴れ回る上官二人に代わって、仕方なしに本陣で指揮を執っていたのだから、物語のように華々しい活躍などしていない。

「ウォルター。チェリストが到着したよ。どうやら、列車が遅れていたらしい。」

 呼び声に振り返ると、人混みをかき分けて、ローレンスがこちらに向けて手を振っていた。

「それは僥倖ぎょうこう。私も、ようやくパーティーを楽しめるよ。」

 ウォルターは、弾む心のままに、ぽんと手を打った。

「ジュピテール伯、本日は、お招きいただき光栄ですわ。」

「こちらこそ、足を運んでいただけて嬉しい限りですよ、ミス・アリス。また一段とお美しくなられたのでは?」

 ウォルターの後ろから顔を出したアリスは、上品にドレスの裾をつまんで一礼する。

 ローレンスは、頬を緩めると、柔らかく微笑んだ。

「ふふ、そうかしら。ありがとうございます、ジュピテール伯。」

 二人が挨拶を交わしている間に、演奏家達が準備を始めるのが、目の端に映った。どうやら、そろそろ休憩時間も終わりであるらしい。

 ウォルターが先程まで座っていた席には、年若いチェリストが腰を下ろしている。

「おっと。あまり長居すると、お邪魔かな。そろそろ演奏が始まるよ。どうか、二人とも楽しんで。」

 場の空気を察してか、ローレンスは、それだけ言い残すと、人群れの中に消えていった。

「ここでお会いできたのも、何かのご縁でしょう。一曲、お付き合いいただけますかな?」

 ローレンスの後ろ姿を見送って、ウォルターは、アリスに微笑みかけた。

 ここで、彼女を誘わないという選択肢はないだろう。

「ええ。でも、今度、騎士のお仕事について教えてくださるかしら?」

 アリスは、同意を示すように頷くと、そっと右手を差し出してくれた。

「勿論、喜んで。」

 ウォルターは、アリスの華奢な手の甲に口付けを落とすと、彼女の手を引いて、踊りの輪に加わった。

 ワルツの甘く、ゆったりとしたリズムに身を委ね、二人は滑らかに、ボールルームを滑っていく。

「ミス・アリス、あなたは、こういう場はお好きですかな?」

 軽やかに踊りながら、ウォルターは、ふとアリスに問いかけた。

「正直、あんまり好きではないわ。」

「やはりそうでしたか。」

 素直な彼女の言葉に、ウォルターは、思わず苦笑を零す。

「分かってしまうものかしら?」

「私は、勘の鋭い方なので何とも。ですが、踊っていらしたあなたが、あまり楽しそうには見えませんでしたのでね。」

 困惑気味に尋ねるアリスに、ウォルターは率直に返した。

 気取らない彼女の前では、不思議と、言い繕う気にならない。

「皆さま素敵な方々でしたけど、自慢話か、わたくしの若さの話ばかりなんですもの。」

 アリスは、すこしだけ視線を落とすと、ちいさな不満を口の端に乗せた。

 結婚相手を探しに来ている者が多い以上、自分を魅力的に見せようとしたり、女性の若さを気にしたりするのは、無理からぬことだ。それでも、若さだけが、女性の価値ではない。

「おやおや。それは災難でしたな。」

「あなたは、ちょっと違うわね。」

 笑って受け止めたウォルターに、アリスは、くすりと頬を緩めた。

「若さは、いずれ誰しもが失うものですからな。互いに老いても尚、側にいたい相手と添うものでしょう。」 

 若さと美しさは、時と共にうつろうものだ。そんなものは、せいぜい出会いの発端にしかなり得ない。

 今の自分がそう感じるのは、アランとセシリアの夫婦に巡り合ったからだろうか。

「あなた、ロマンチストね。」

 アリスは、興味深そうに、ちいさな笑声を漏らした。

「この時間が、そうさせているのかも知れませんな。」

 こうして近くで語らっていると、彼女の愛らしさがよく分かった。

 今まで数多くの女性の手を取ってきたが、その誰とも違う魅力が、彼女にはある。

 ワルツが最後の和音を残して止んだとき、ウォルターは、名残惜しく思いながら、彼女の手を離した。

「ボールドウィン卿、ダンスがお上手ですわね。今日で一番、楽しく踊れましたわ。」

 互いにお辞儀を交わした後、顔を上げたアリスは、晴れやかな笑顔を浮かべていた。

「お褒めに預かり恭悦です。……如何ですか、すこしテラスでお話でも。」

 とくんと、胸が躍る。

 見た目も美しいが、自由で、気取らないその心が、何よりも愛らしい。

 もうすこし、彼女と語らっていたい。もっと、彼女のことを知りたい。

 ウォルターは、自然と、そう思った。

「ええ、もちろん。」

「では、お手を。」

 ウォルターが右腕を差し出すと、アリスは、そっと自身の腕を絡めた。

 背後では、甘やかなセレナーデが鳴り響いている。

 

 

 

 テラスから王都を見下ろせば、街明かりが、まるで星々のように煌めいていた。夜空を彩る本物の星々は、遠慮がちに、暗闇に華を添えている。

 ボールルームに比べれば、まだ人影はまばらな方だ。そこかしこで、懇意になった男女が、他愛のない会話を愉しんでいる。

 さすがに、数少ないテーブルは、既に満員だ。

「さ、こちらにお掛けください。」

 ウォルターは、空いているベンチを見つけると、さり気なくチーフを広げた。

「ありがとうございます。」

 アリスは、ちいさくお辞儀をすると、静かに腰を下ろす。

「お疲れでしょう? 何か飲み物を貰ってきましょうか?」

 ほっと息を吐いたアリスに、ウォルターは穏やかに問いかけた。

「実は、もう足がくたくたで……。お願いしてもいいかしら?」

 アリスは、自分の両足の方に目をやると、わずかに照れ臭そうに顔を上げた。

「ええ。何がよろしいかな?」

「でしたら紅茶を。実は、お酒、あまり強くないんですの。」

「かしこまりました。では、少々寛いでいらして下さい。」

 あどけなさを残した彼女の横顔は、すこしだけ、赤らんで見える。

 ウォルターは、深く一礼をすると、踵を返して、ボールルームを横切った。

 こういう宴席では、隣室に、飲み物や軽食が用意されている。踊り疲れた客人を、もてなすためだ。

 ウォルターが軽食の供されたテーブルを覗くと、ガラス張りの保冷庫の中に、アイスクリームが並んでいた。

 甘くて冷たいものを食べれば、アリスの疲労も和らぐだろうか。

「すまないが、紅茶とアイスクリームを二人分いただけるかな?」

「かしこまりました。……はい、こちらに。」

 給仕は、慣れた手つきで、ガラスの器に、アイスクリームを盛り付けた。白いバニラアイスには、口休めのウエハースと、飾り切りされた苺がちょこんと添えられている。

「ありがとう。」

 なかなか、見た目にも可愛らしい。

 ウォルターは、紅茶とアイスクリームの載ったトレイを受け取ると、足早に、アリスの元へ戻った。

「お待たせしてすまないね。アイスクリームはお好きかな?」

 アリスは、退屈そうに、星空を眺めていた。

「ええ、好きよ。わざわざ貰ってきて下さったのね。」

 アイスクリームを受け取ると、アリスは、嬉しそうに微笑んだ。

「随分と、お疲れのようでしたのでね。」

 こんなに華奢な身体で、重たいドレスを着て踊り続けていれば、疲れてしまって当然だ。ハイヒールというのも、足に負荷が掛かるだろう。労わるのも、至極当然だ。

「ありがとうございます、ボールドウィン卿。……滑らかで、コクがあって美味しいわ。」

 アリスは、アイスクリームを口に運ぶと、満面の笑みを浮かべた。

「それは良かった。紅茶は、こちらに置いておきますよ。熱いのでお気をつけを。」

 夢中でアイスクリームを頬張るアリスの隣に、ウォルターは、静かに腰掛けた。

 幸せそうな横顔を眺めていると、不思議と胸が安らぐ。

「疲れた時のアイスクリームって、こんなに美味しいのですね。」

 アリスは、すっかり空になった器を脇に置くと、弾けるような笑顔を見せてくれた。

「お気に召したようで何より。私も、仕事が立て込んだ後に、屋台で買ったりしますな。」

 ウォルターは、その眩さに、すっと目を細める。

「屋台? 何ですの、その楽しそうな響き。」

 アリスは、興味深そうに、ずいと身を乗り出した。

「ここまで上質ではありませんが、そぞろ歩きながら食べるのも、中々乙なものですよ。」

 ウォルターは、アイスクリームを口に運ぶと、涼やかに微笑んだ。

 自分も、甘いものは、嫌いではない。何より、外で食べる解放感がたまらないのだ。

「今度こっそり抜け出して行ってみようかしら。」

「おひとりで歩き回ると、ご家族が心配するのでは?」

 楽しそうに頭の中で計画を練るアリスに、ウォルターは堪らず問いを投げかけた。

「それは、そうなのだけど……。お屋敷の暮らしに、不満はないのよ? でも、ずっと籠っていると、息が詰まっちゃうんだもの。もっと、知らないものを見てみたいの、わたくし。」

 アリスは、気まずそうに眉根を寄せると、悲しげに目を伏せた。

「ふむ……。でしたら、今度から私と一緒に行きませんか? おひとりよりは、安全でしょう。」

 ウォルターは、すこし考えてから、アリスに提案した。

 籠の鳥でいるのは、好奇心旺盛で闊達かったつな彼女にとっては、苦痛なのだろう。それならばせめて、誰かと一緒であれば、心配を掛けずに済むのではないか。

「本当によろしいんですの?」

 アリスは、おずおずと顔を上げると、にわかには信じられないというように、翠の双眸そうぼうを瞬かせた。

「ええ。あなたさえ良ければ、ですが。これでも騎士ですのでね。必ず、お守りしますよ。」

 ウォルターは、優しくアリスの手を取ると、安心させるように柔らかな莞爾かんじを浮かべた。

「嬉しいわ! 今までの殿方からのお誘いで、一番嬉しい。だって、あなたと一緒なら、怖い事なんてないもの!」

 アリスは、ぱっと顔を輝かせると、はしゃぐように声を弾ませた。

 彼女の眩いばかりの笑顔に、ウォルターの胸は、早鐘を打ち始める。

「光栄ですな。今度の休みにでも、早速屋台を試してみますかな?」

「ええ、ええ! 必ず予定を空けておくわ。だから、迎えに来てくださるかしら?」

 アリスは、繰り返し深く頷くと、ウォルターの手を、ぎゅっと握り返した。

「勿論です。ただし、もうお屋敷を抜け出したりしてはいけませんよ? 私も心配もですからね。」

 こんなに喜んでもらえるなら、男冥利に尽きる。

 ウォルターは、ちいさく笑うと、念を押すように一言付け足した。

「分かっているわ。あなたが来てくださるまで、ちゃんと待っています。」

 アリスは、薔薇が花開くように、柔らかな笑みを咲かせた。その愛らしい頬には、赤みが差している。

 自然と、ウォルターの胸も熱くなった。

 こんなにも熱を感じたのは、あるいは、初めてではないか。

 ウォルターは、アリスを抱き寄せたい衝動を堪えながら、ふと夜空に視線を移した。

 今宵の満月は、青く、さやかな光を放っている。

 なんと、月の美しい夜だろうか。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?