[ショートショート] トラネキサム酸笑顔と僕の出会い
ある日、見知らぬ女に「トラネキサム酸笑顔」と言われた。
「何ですか?」
俺がそう聞き返すと、女はニヤニヤと笑うばかりだった。
腹が立ったので無言で立ち去ろうとすると、女が僕の腕を掴んでさらにこう言った。
「だから言っているでしょう。虎猫サムさん、笑顔って」
恐ろしくなって女の手を振りほどこうとしたが、思った以上に彼女の力は強くて、僕は逃れられなかった。
女は僕を引き寄せると耳元でこう囁いた。
「網野さんがね、限界だって言うんですよ。だからあなた、虎猫サムさんでしょう? 笑顔、頼みますよ」
女の息が僕の頬にかかった。魚が腐ったような臭いがした。
いったい何日歯を磨いていないのだろう…と余計な心配を僕はしていた。
こんな感じで第一印象はものすごく悪かったのだけど、それが今の妻である。
いやあ、人生って何がどう転ぶかわかりませんな。
(357文字)
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