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1Kと超越

 東京に来て、半年が経とうとしている。春と共に上京したので、もう季節は秋だった。
 秋めいた井の頭公園を歩く。ところどころでカップルの姿が見える。私には関係ない、と自分に言い聞かせて、ただ歩く。
 東京に来て知ったことだが、想像以上に東京には紅葉スポットがある。この井の頭公園もそうだが、明治神宮外苑、新宿御苑、六義園。都心から離れたって、高尾山、奥多摩、秋川渓谷。
 私は行き詰った気持ちを整理するために、こうして東京の街を歩くことが好きだった。
 
「何が芸術の秋だよ」
 何もない1Kの部屋で、そう独り言ちる。あるものといえば、1本のギターと、大量の本と、ささやかな寝具と、脱ぎ捨てられた服の数々。
 自堕落に生きてきた自信はあった。三人姉妹の三女として甘やかされて育った自負も持ち合わせていた。
 でなければ、こんな自由は認められない。

 長女の茜姉ちゃんが地元の県庁に勤めていて、次女の紅葉姉ちゃんが地元の銀行の御曹司に嫁いで、私は自由を許された。
 自由を許されたからといって、それに甘んじるほど私も無責任ではなかった。
 真面目な長女と、世渡りの上手い次女を見て育っているのだ。良くも悪くも、両取りできる立場だった。
 だから私は、芸術系に走った。芸術系といえば聞こえはいいが、単純に歌手を目指して上京しただけ。
 なんの見込みもなく、ただ勢いに任せて。
 中学生の頃から、音楽が好きだった。真の音楽好きに言ったら怒られるかもしれない。
 クラシックとかジャズとかは聴かない。かっこいいとは思うけど、私には響かない。
 そもそも、インストは苦手だった。
 聴いている最中に、居ても立ってもいられなくなる。
 居心地が悪くなる。かっこいいと知っているからこそ、居心地が悪い。
 私は音楽に言葉を求める。
 旋律が言葉になるときもあれば、リズムが言葉になるときもある。もちろん真っ直ぐ脳に響いてくる歌詞という存在は大好物だった。
 だからこそ、今の、この現状がもどかしかった。
 たくさんの創作に触れてきたつもりだった。歌詞だって、詩だって、小説だって、まさしく私を取り巻く環境そのものだった。
 だが、出てこない。
 変にアーティストぶって言ってみれば、降ってこない。
 何一つ降ってこないそんな日常を、無為に過ごしているだけのそんな日々。
 そして、圧倒されるのだ。
 自分が愛してやまないミュージシャンが創る作品のひとつひとつに。
 過剰な自信を軽々とぶち壊してくれる、そんな超越した作品。
 何もない1Kでただただ垂れ流し、胸を打っては沈み込む。そんな作品。
 圧倒的なのだ。
 むしろ私自身が圧倒的だと思わない作品には、興味を持たなかった。
 それは音楽でも、小説でも、美術でもそうだった。
 誰かの一番になりたい、という気持ちを植え付けさせたかった。
 私がそうだったから。
 私にとっての一番であり続ける彼らは、神々しく見える。
 どれだけ神々しく見えても、私の居場所は変わらない。
 何にもない1K。汚い部屋。このまま潰えてしまっても、誰も気にしないのではないかという諦め。
 そんな時ですら、嫌になるくらい聴いた作品に救われる。
 救われてしまう。
 気付かないうちに涙を流し、知らない世界を夢見て、希望を持ってしまう。
 そんなことに飽きると、私は歩き出すのだ。
 決して精神的に前向きになったという意味ではない。ただ、頭を空っぽにしたくなって、足を動かす。
 どうせなら、と季節を感じられる場所に行きたかった。それが数少ない人間性だと信じて。
 だから、今日もこうして井の頭公園を歩いている。
 そして安心する。
 まだ私には、美しい紅葉に動かされるだけの心が存在していたのだと。

 しばらく歩いていたら、ストリートミュージシャンが居た。平日の、こんな真昼間に演奏をしている彼に、どこか共感を覚えた。
 安っぽい共感なんて要らない、というのが信条だったのに、共感してしまう。
 がなる声、喚くギター、さざめく風の音。
 ふと、彼の前に立つ、ギターを抱えた一人の少年の姿が目に付いた。
 固く結んだその口もとが、心を震わせていることを示していた。
 私が忘れまいと、命綱として抱えている感情を、その少年も抱えていた。
 目の前で繰り広げられる激情に、打ち震えない人間が居てたまるものか。
 素通りしていく人もいる。喧しいという表情を隠さない人もいる。指さして笑う人もいる。
 ただ、その一方で心を動かされている人がいる。私と少年は、間違いなく揺さぶられている。
 私が愛してやまないあの人たちも、こうして人々の心を動かしているのだ。
 旋律が、リズムが、歌詞が、こうして人間を人間たらしめる。

 私を人間たらしめる。

 卑屈な心を引き締める。

 歌うたいのお兄さんを存分に味わって、頭を殴られるようなそんな気持ちで帰路につく。
 だいぶ、身体が冷えてしまった。
 無心に歩いていて、汗をかいていたのだろう。そんなことすら無意識で、ただただ聴き入ってしまっていたのだから、そりゃ身体だって冷えるだろう。
 三女とはいえ、もう若くはない。放蕩している身分に、この寒風はきつ過ぎる。
 肌を突き刺すように「お前は今日も一日を無駄にした」と言われている。
 あんなパフォーマンスを見せられたら、魅せられてしまう。茫然自失になりながら、身体の冷えだけは感じて、帰路についている。
 商店街から、揚げ物の香りが漂ってきた。
 私が何もしなくても、世界はまわっているのだと、そう言われているような気がした。
 回り続ける世界の中で、私だけがぽつんと取り残されているような感覚。
 でもそんな感情ほど、惨めで独りよがりなものもなくて、そんなこと随分前から知っているからこそ、落ち込むのだ。
 気分が沈み込む。
 色々な衝撃が、頭を揺さぶり、意味もなく沈む。
 早く家に帰りたいのに、目の前の坂道が鬱陶しい。頭が重い。頭が重くて、身体が重い。
 むしろ、あの家に帰りたがっている自分に驚く。家に居たところで、何かが起きるわけでもないのを知っている。
 ただ、私を私たらしめるのは、あの1Kで、そして音楽だった。
 冷えていく頭に、これでもかと寒風が吹きつける、ニット帽でも被ってくればよかった。
 まるで、地元の吹雪のようだった。前も見えなくなるほどのホワイトアウト。眼前に広がるのはオレンジ色した坂道。
 ただ、私は帰らなければならない。誰一人として待っていないあの部屋に、戻らなければならない。
 心を守る術は、あの部屋に置いてきてしまった。私は今、丸裸同然で、坂道を上っている。
 何も無い空虚な心に、流れ込んでしまった音楽を、私は私として消費しなければならない。
 そこに渦巻く感情が、嫉妬でも、憎悪でも、なんでもいい。
 私には関係無い。私には関係無いのに、何故こうも残ってしまうのか。
 ガンガンと打ち付けるように、歌うたいのお兄さんのがなり声が響く。寒風は頭の血管を収縮させて、なお痛みが増していく。鉛のような重い身体を引きずって、どれだけ見下したって美しく輝く夕陽が目に入ってしまう、
 早く、私が愛するあの人たちに打ちのめされてしまいたい。
 打ちのめされている間は、自分を保つことができる。
 息さえ飲むような、そんな瞬間に立ち会える。
 何度も何度も、打ち震えることができる。
 
 家に辿り着くと、部屋は何も変わっていなかった。
 私自身も変わっていない。
 ただ、ドアを開けて、引きずるように歩いて、部屋に辿り着いて、ささやかな寝具に倒れ込む。
 イヤホンを耳に突っ込む。
 私が愛した人たちの音楽を聴く。
 ただひとり、涙を流しながら、超越していく彼らを想い、恨めしく、涙を流す。

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