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夏の終わり

10
夏の終わりから秋の始まりにかけて、書き手3人による短編10作。
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記事一覧

夏嫌いの女、冬嫌いの女

夏嫌いの女、冬嫌いの女

目を覚ます。嫌な気分になりながら、目を覚ました。

寝汗が、べっとりと身体に、まとわりついている。目覚めて、最初に入った視界を邪魔する前髪は、顔を振ってもはらわれねぇ。汗でくっついて、はらわれねぇ。

「あー、うぜぇ。切ろうかな」

枕元の時計を確認すると、まだ深夜の四時をまわったところで、勿体ない気持ちになりながら、身体を起こす。どうせもう眠れねぇんだよな、こうなると。

「くそ、もったいねぇな

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霊峰の青い竜

霊峰の青い竜

霊峰には、青き竜が住む。

ローヌ川の氾濫。
シオンの夏の嵐。
マンハッターホルンの雪雪崩。

割れた大地も、轟く雷鳴も、
天地の総ては、竜の鼓動となる。

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むかしむかし、お花畑のお家に住む、小さな魔法使いの女の子がいました。
名前を、アリア、と言いました。
彼女は一人で暮らしていましたが、彼女は寂しいと思ったことはありません。

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髪を伸ばし始める女

髪を伸ばし始める女

どうも〜こんばんは。渋谷冴絵理です。
うわ、一気に3桁。すごいですね皆さん。ちゃんと寝た方がいいですよ??

一杯飲んで眠るので、それまでお付き合い下さい。暇なんですよ……ははは。

えーと、なんの話しましょうかね。うーん……あっ、やっと、髪を伸ばせます。何故なら、夏が終わるから。

なんてかしこまってお話を始めても、私のファンの方達はご存知ですよね。夏に短い私の髪を。別にかしこまってもいないか。

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私と蚊取り線香

私と蚊取り線香

掴めそうなぐらいまとわりつく、晩夏の夜風。じんわりへばりつくのは汗か湿度か。試しに手を握ってみたが、空を掴むだけだった。窓を閉めて、蚊取り線香に火をつける。別に夏は好きでも嫌いでも無い。これが最後の蚊取り線香だった。



秋の境目は今日なのかもしれない、ふとそう思った。
 意識していた訳では無かったが、ヒグラシの声をしばらく聴いていない。ただ、蟋蟀や鈴虫も鳴いている様子は無く、じっとりと絡

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夜嫌いな女

夜嫌いな女

九月。私はこの月が嫌いだ。

何故なら、ここから冬に向かうから。

秋分の日を境に、日の出日の入りの時間が入れ替わっていく。それは、冬に向かっていくことを表していて、すなわち夜が長くなることを示す。私は、夜が嫌いだから、この季節を恨めしく眺める。眺めるしか、できることは無いから。

幼い頃は、来る朝よりも去り行く夜を愛していた。朝に弱かった私は、朝の到来を憎しみ、夜の持続に心を躍らせていた。なによ

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ロンT事件簿

ロンT事件簿

松元聡美の話 2017年8月23日

 アトピー持ちのカエデが失恋した。あっつい夏場でもずっと長袖を着て、肌を隠していたのに、何かの拍子で見られたらしい。泣きながら私に電話をしてきた。もっとオシャレしたいんだけど、この肌じゃあねって淋しそうに目を伏せるカエデを思い出す。
 それでも毎回お洒落をして彼とデートに行ってたことを知ってる私は、許せなかった。かわいいカエデを、どこまでも乙女を自で行くカエデ

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水の都

水の都

夏の終わり、庭園に朝の陽光が差す。
私、アリシアは、その陽の光で目を覚ます。
眠たい眼のまま、窓を開ければ、乾いた風が入り込む。
木々が風にさらわれていく音で、ゆっくりと覚醒した。

9月のヴェネツィアは、庭園で紅茶を飲みたくなる季節だと思う。
ティーポットにお湯を入れ、茶葉が沈む時間を、私は楽しむ。
見渡せば、庭を彩るユウセンギクの花。
庭園を流れる何本もの水路と水の音。
それらを感じながら、紅

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祭、肝試し

祭、肝試し

「ねぇ、肝試し行かない?」

隣の席から、小声でユミが声を掛けてきた。秋の訪れを伝えるような、心地よい日差しを窓から浴びて、うとうとしていた私は、思わず授業が終わったのかと勘違いしてしまう。

前を向くと、現国のハヤシが黒板に何やら書いていた。

良かった。まだ授業中だった。何が良かったのかは分からない。

「いいけど、誰と?」
「光小のメンツ。アヤコとアキコの双子も来る。男はカツとミノルと、あと

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17時からの花火

17時からの花火

 「好きな作曲家とか、影響を受けた音楽は何?って聞かれたときさ、なんて答える?」
また始まった。こいつは、飽きもせず何を言ってんだ。と、いう感情を悟られてはならない。ここできちんと答える、もしくはそのポーズを見せてやらないと、明は長めに拗ねることを卓也は経験からわかるようになっている。後々非常に面倒くさいのだ。

 明のいつになく真剣な眼差しを、ctrl+C。丁度自分も同じことを考えていたよ、と言

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葬式と女の子

葬式と女の子

スーツケースが重い。何を思って先人はこんな丘の上に家を建てることにしたのか。私には理解ができない。
先人と言っても私の祖母だ。
父方の祖母が亡くなった。両親共に私が中学生の頃に逝ってしまったので、この祖母が私の育ての親だった。
嫌いだった。
嫌いだったけれど、お金だけはあったのだ。だから、こんな港が一望できるような丘の上に家を建てた。
「昔は運転手がいたんだよ」と、祖母はよく言っていた。だからどう

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