相羽亜季実
透、武、さくら、環は高校の同級生。卒業してから10年、武とさくらが結婚し子供が生まれてからも四人組は親しくしていたが……西行法師の詩から始まる、一途で切ない恋愛小説。
2024年3月に行われた豆島さんの企画『夜行バスに乗って』への参加作品。「帳面町からバスタ新宿まで」の夜行バスに乗った怪しい人物は誰だ!? そして、主人公の抱える事情とは。
「犯人はあなただ!」「さあ、聖杯を取り出せ」「紫式部になりたい!」限界まで潜ったその先にある、指先に触れたものをつかみ取れ。あなたは書くために生まれてきたのだから。
「祐輔さん! 奥さまよりも愛してるって言ってくれましたよね?」 「胡桃ちゃん! ち、違うんだ!」 一人の男をめぐって繰り広げられる女同士のバトル! 顛末やいかに!?
「あなたが一日でしゃべった回数、たったの五回」呆れる妻に指摘されてから、本当に一日五回しか話せなくなった!? 昭和気質の無口なおじいさんは、孫を救うことができるのか!?
第1話 生暖かく湿った風がアスファルトの敷地を這うように近寄ってきて、屋台のテントや幟をはためかせた。結わえた髪がほつれる。 蛍光色のスタッフジャンパーに身を包んだ恰幅のいい女性と共に、さな恵は幟の刺さっていたスタンドに手をかけた。 「せーの」 声をかけ合い、重量のあるそれらを台車の上に並べる。うまくタイミングさえ合わせることができれば、驚くほど重さを感じない。 すべてのスタンドを台車に並べ終えると、さな恵は軍手をはめた両手をはたいた。砂ぼこりが舞う。乱
このたびは小説『烏有へお還り』をお読みいただき、まことにありがとうございます<m(_ _)m> こちらの作品は創作大賞2024のために昨年末くらいから構想を練り、今年の初めくらいからチマチマ書き始めました。 その頃のnoteには、昔の短編をリライトして投稿しつつ、こちらを同時進行で進めていたのですが、脳をあっちとこっちに使い分けるなんてことは、不器用なワタクシには無謀なこと。なかなか進まないったら。 そんな折に、人気noterの豆島さんがブチあげた「夜行バスに乗
最終話 『そーだ、こないださ。聞いてよ。俺、すごい久しぶりに電車に乗ったのよ』 『え、マジで』 『乗ってすぐのところに立ってたのね。で、ドアがプシューって閉まったらさ、目の前に佐久間さんの広告! ドアに貼ってあったんだけど、それがすーって流れてきたわけ。目ぇ合っちゃって、俺もう、あっ! ってなって、思わず挨拶しそうになってさあ』 『ちょい待ち、ちょい待ち。ストップよ。その前に一旦話戻して。え、サイちゃん電車乗るの? 今をときめくトップアイドルが?』 『そう、今をと
第37話 凍った雪に足を取られないように気をつけながら、雑木林の中を歩いた。日が当たっているところだけ、溶けた雪がシャーベットのようになっている。 それもじきに、次の雪に覆われてしまうだろう。本格的な冬はこれからだ。 「寒くない?」 和志の問いに、柚果が首を振る。体調は戻ったが、今日はしっかりと防寒対策をしてきた。 あの日、屋上から下りて建物の外へ出たところで、和志を心配して探しに来た和志の祖父と行き会った。まだ頭を抱えている和志を支え、和志の祖父が車で
第36話 「今日は少しだけ暖かいわね」 志穂の母が窓の外へ顔を向けた。柚果は目の前に置かれた紅茶のカップに手を触れながら、同じように窓の外へ目をやる。 雪の降る屋上で母を救出してから、一週間が過ぎた。 父がフェンスをよじ登って、母を支えながら連れ戻し、弟が入院している病院へ駆けこんだ。大きな異常は見当たらなかったが、母は冷え切ったせいで体調を崩し、柚果も共に不調が続いた。 やっと回復して登校し、別室で一人テストを受けることになった。それを終えた今日、志穂
第35話 『由利香ちゃん、本当にそれでいいの?』 その声に目をやった。笑みを消した吉川が、じっと母と柚果を見ている。 『柚果ちゃん、だめだよ。由利香ちゃんのこと、これ以上苦しめないであげて』 「吉川さん」 柚果の背に当てていた手を離し、さな恵がフェンス越しに吉川に向き直った。 「もう、やめて下さい」 さな恵の言葉に、吉川は悲しそうな顔で首を振った。 『さな恵ちゃん。あなただって、わたしと同じでしょう』 柚果はさな恵の横顔を見つめた。さな恵はなにも言
第34話 「決まっていた……って……」 声が震える。さな恵は詰めていた息を吐き出し、拳をぎゅっと握りしめた。 「どうして、わたしを誘ったんですか」 フリースクールのお祭り。偶然出会った吉川から手伝いを頼まれた。 『さな恵ちゃんならわかってくれると思ったの』 吉川が泣き笑いのように顔を歪めた。 『誤解しないでね。わたしがあの子たちを追い詰めたわけじゃない。あの子たちは自ら死にたがっていたの』 そう言って、隣に佇む母の制服の肩に手をかけた。 『わたしの母は
第33話 自動ドアが開くのももどかしく、柚果は生涯学習会館に駆け込んだ。息を弾ませながら周囲を見回す。 「和志くん……」 手にしたスマホを見つめた。和志との電話が途中で切れてしまってから、かけ直しても応答がない。嫌な予感が胸に押し寄せる。 「さな恵先生、手分けして探しましょう」 と言って駆け出した柚果の背に、 「だめ!」 さな恵が鋭く叫んだ。柚果が驚いて振り返る。 「柚果ちゃん。一人にならないで」 言いながら、さな恵が柚果の腕を取った。険しい顔で首を
第32話 追いかけてきた足跡が途絶えた。建物を縁取るように敷かれたコンクリートは、上に庇が張り出しており、雪が積もっていない。 和志は周囲を見回した。コンクリートの周囲に痕跡を探すが、見つけ出せないうちに、雪はあとからあとから降ってくる。 ふと、建物に目をやった。掃き出しの大きな窓がある。すぐ下のコンクリートに、靴底から落ちたと思われる、角ばった雪のかけらを見つけた。 試しに窓枠を引いてみると、鍵がかかっておらず、すんなり動いた。そっと中を覗くと、床の上
第31話 『どうしてこんな風に育っちゃったのかしら』 母の呆れたような声に、由利香は顔をひきつらせた。制服の中に手を差し入れ、ぐうっと痛む腹に手を当てる。緊張したり、ストレスを感じたりするといつも腹が痛む。 『あっちの家に似たんだろ』 祖母が鼻を鳴らした。父の顔が浮かび、腹の中がカッと熱くなる。けれどもここでなにか言い返すと余計に長引いてしまうと思い、我慢した。 『運動もできないのにね』 母がため息をついた。強調された『も』という言葉が、痛む腹を鋭く刺した
第30話 「亡くなってるって……」 柚果が呟いた。まだ青い顔をしているさな恵を椅子に座らせる。 「その『吉川さん』って人が、ですか」 十年前。さな恵はそう言った。『屋上から飛び降りた女の子の下敷きになって』という言葉から、その光景を想像してぞっとしたが、ふと浮かんだ疑問が恐怖を退ける。 「だって、大翔はその人に会ってるんでしょう」 部屋から話し声がしたのは先月だ。十年前に亡くなっている人物に相談できるはずがない。 「十年前に亡くなった『吉川さん』と、大翔が
第29話 板を削る手を止め、顔を上げた。誰にも聞こえないように、小さく息をつく。 時計に目をやった。窓の外の薄暗さで、もっと遅い時間のように感じていたが、就業時間の終わりまでまだ一時間以上残っている。 普段は途中で集中が切れることなどない。それなのに、今日は作業がちっとも手につかない。 『簡単に言うなよ!』 さっき柚果にぶつけた言葉が耳の奥で蘇る。 どうしてあんな冷たい仕打ちをしてしまったのか。怯えたような柚果の顔を思い浮かべて、胸が痛む。 柚果
第28話 「お母さん、まだ家に戻ってないみたい」 スマホの画面をタップすると、柚果はベッドに横たわる弟に声をかけた。検査から戻ってきたものの、結果がわかるのは明日だと言うことだった。 『ちょっと探してみるから、もしそっちに連絡があったら教えて』 スマホに送られてきた父からのメッセージに、 『わたしも探す』 柚果が返信する。外は雪が降り続いている。こんな寒い中、母がどこにいるのかと思うと、いても立ってもいられない。 『いや、お前はそこで、大翔に付き添ってて』
第27話 12月6日 雪 初めて「死にたい」と願ったのは、小学一年生の時だった。学校の帰りに、当時住んでいた集合住宅の五階から下を見下ろした。 住んでいたのはもっと下の階なのに、わざわざ最上の五階まで上った。それをすれば「自殺」になることも知っていた。 死んで楽になりたい。死にたい。 どうしてあの時、飛び降りておかなかったのか。 小学一年生が五階から転落すれば、きっと「事故」として片付けられた。 傷つけてしまう人も、もっと少なくて済んだ。
第26話 消毒液のつんとした苦い匂いがする。病院の広いロビーを見渡していると、 「柚果!」 父の声に振り返った。スマホを手に駆けてくる顔を見て、不安でいっぱいだった気持ちが和らいだ。 「大翔は」 柚果の問いに、父が力強く頷いた。その表情を見て、安心して膝から崩れ落ちそうになる。 『たった今、会社に連絡があって、大翔が二階から落ちて病院に運ばれたって……!』 生涯学習会館の裏手で父の電話を受けた時は、目の前が暗くなった。一瞬だけ、本当に意識が遠のいていた
第25話 「どうしたの」 加工場の奥からやってきた和志が目を瞠った。柚果は制服の袖をもじもじと引っ張りながら、じっと下を向く。 「その恰好」 和志の言葉に、柚果は自分を庇うように腕を巻き付けた。恥ずかしい気持ちになり、前髪を直すふりをしながら顔を半分隠す。 「ごめんなさい、急に」 そう言って頭を下げた。扉の向こうに、不審そうにこちらを見つめる大人の顔が見えた。 「ここじゃ、ちょっと」 困惑している和志の顔に、柚果の胸が痛む。加工場の扉を閉め、雑木林に向か