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へーレンブーレン #01: オランダの「ヘーレンブーレン」が目指す Nature-drivenな農業コミュニティ

Takeshi Okahashi

オランダ全土でコミュニティファームをつくりたい

ここ数年オランダ国内で注目を集めつつあると言う自立型のコミュニティファーム「ヘーレンブーレン」の見学会(ガイドツアー)に参加してきた。オランダに引っ越してきて初めての取材だ。

そもそもこの活動に興味を持ったのは、日本に住むオランダ人の知人とのやり取りの中でActant Forestの活動を紹介したら、そういうことに興味があるなら、こんな活動があるよと教えてくれたのがきっかけだった。最初に教えてもらったのは英語で書かれた以下のウェブサイトだった。

いきなり、「変革のための私たちの理論』」(Our Theory of Change)で始まる熱のこもったテキストは、2060年までにオランダ全土がサステナブルで循環型、かつ社会的なつながりも大事にした食料生産システムをオランダ全土で作っていきたい、という大きなビジョンを表現したものだ。

想像してほしい。オランダに住む全ての人が毎日新鮮な農産物を食べている様子を。1700万人の人々が今よりも健康でアクティブで、その違いを全ての人が実感している。
想像してほしい。新鮮な空気、美しい農産物、楽しむことができて生命が生き生きとしているランドスケープを持っている国に住むことを。鳥たちの群れが飛び回っている様子を。ヘーレンブーレンでは、それをまざまざと想像することができる。なぜなら、それは可能なことだからだ。

いきなりの壮大な話に夢が大きすぎる感じもあったが、どうやらこの人たちは本気だと言うことが伝わってきた。

2060年のオランダにタイムスリップしたとして、私たちの国が長期的な展望のもとに、完全にサステナブルで、再生可能で、柔軟な食糧生産システムを持っていたとしたらどうだろう?私たちの目の前に広がるのは、カントリーサイドのほとんどの地域において農業と自然保護がうまく混ざり合っている幸せな国だ。700,000ヘクタールの農地では、プロフェッショナルな農業人たちとのパートナーシップのもと、コミュニティファームが食糧生産をサポートしている。その700,000ヘクタールの土地では、私たちとその子どもたちが耕作や収穫を手伝うことができ、友達と出会い、リラックし、楽しい会話をしている。つまり、土地と景観が自然なバランスで成り立っている。そこでは、人々と文化が景観を形づくる重要な役割を担っているのだ。

全ての地域にコミュニティファームとのつながりがあり、その恵みを多くの人たちが享受している。そんな未来を目指している。そのために、オランダ全土で35,000人から70,000の農業アントレプレナーたちが必要で、間接的にサプライヤーや機械関係、リサーチ、教育などが必要になり、ヘルスケアやホスピタリティ産業にも恩恵をもたらすことができる。と、そこまで計算をはじいている。繰り返しになるが、彼らは本気だ。森や自然と人、動植物とのより良い共生をデザインしたいというActant Forestのビジョンとも重なる。

しかし、どうやって実現させているのだろう?!そこが最も知りたいところだ。これが可能になるならば、Actant Forestでも実践しようとしている、森の共同活用=「コーポラティブフォレスト事業」にも大いに参考になりそうだ。

何か面白いものを見つけたかもしれないと言うドキドキと同時に、こんな壮大で美しいビジョンが本当に実現可能なのかという若干の疑念も持ちつつ、ヘーレンブーレン本家のサイトも読んだ。オランダ語で書かれているが、オランダ語はGoogle Translateの助けを借りれば実感値95%ぐらい正確に英語に訳されるのだ。すると、ちょうど来週の週末にガイドツアーを開催されることのがわかった。こういうタイミングは掴まなくてはならない。しかし、ガイドはオランダ語で行われるという(つまり、ほとんど自分は理解できない)。いや構わない、まずは行って自分の目で見てみることが肝心だ。

いざ、ヘーレンブーレンへ

当日、最寄駅のライデン中央駅から現地(2015年に始まったヘーレンブーレン発祥の地「Herenboeren Wilhelminapark」)までは、電車と自転車で2時間ほど。いまだに慣れない電車旅行で乗るべき電車を間違えたこともあり、最寄り駅の's-Hertogenbosch駅から10キロの自転車ロードはかなり頑張ってペダルを漕がなければならなくなった。汗だくになって、10分ほど遅れて現地に到着すると、すでにツアーは始まっていた。コロナ対応で、1組20名が2組でまわる。ツアーは盛況のようで2組とも人数制限いっぱいのようだった。

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ヘーレンブーレン Wilhelminaparkは、オランダの中南部に位置するBoxtelという街の郊外にある。ヘーレンブーレン発祥の地でもある。ちなみにHerenboerenは、英語にすると紳士の農園(Gentleman's Farm)という意味になる。ヘレンボーレンは、実際に使われていた古い言葉で、日本語で言うならば「荘園主の農園」といった感じでレトロ感を重視したネーミングのようだ。

久々のサイクリングで乱れた息を整えながら周りを見まわしてみると、ツアー参加者は、50代から60代ぐらいと思わしき人たちが多い。ご夫婦で参加されている方も多い。いち消費者として、このファームの仕組みに関心がある人たちのようだ。ガイドの参加費は無料だったが、ガイドそのものはオランダ語。話している内容は全く掴めない。オランダ語初学者には厳しい。

僕はファームの雰囲気だけでもつかめたら良いと思いながら(元々そのつもりだ)、集団の外側について歩いていると、すっと黄色いジャケットのおばさまが寄ってきた。「どこからいらしたの?へえ、日本から。私、説明してあげるわよ。私はここにいつもきてるし。」とありがたい申し出。世話を焼いてくれる心優しい人が世界のどこに行ってもいるものだ。身の上話も混ぜながら、おばさまとおしゃべりしながら歩いた。彼女は、今まさに新しいHerenboerenを立ち上げようとしているグループのコアメンバーだそうだ。どうしてこの活動を知ったのかと聞くと、ある日、街の案内版で知ったヘーレンブーレンについてのイベントに参加して、「これこそ私がやりたかったことだわ!」と関わり始め、そこからこの活動に首ったけのようだった。今では、取り組みについてプレゼンをすることもあるという。

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ガイドツアーは、農場の仕組みや概要から始まり、豚のケージ(結構広い。ジュースにもできない傷がついたリンゴが与えられていた)、エディブルフォレスト(食べれる森)、ビニールハウス、野菜畑、りんご園、ニワトリ小屋などを見てまわった。ガイドの彼は、とても熱心に話をしている。元農業ジャーナリストという言葉の人だけあって、とても饒舌だ(が僕には理残念ながら理解できない)。ところどころおばさんに通訳や説明してもらいながら歩く。どうやら通訳はあまりしてくれておらず、独自の解説や意見を話してくれているようだ。

地域で責任を持ち、地域で支える共同ファーム

ここで、簡単にヘーレンブーレンの仕組みを紹介したい。ヘーレンブーレンの仕組みを簡単に要約すると、ファームの参加メンバーが組織の経営に関わり、ファーマーを雇い、野菜やフルーツ、豚や鶏(つまり卵も)などを地域のファームで生産し、メンバーで分け合うというものだ。共同組合的な組織であるが、ローカルな地域で、生産から消費までを一貫して自分たちで責任を持ち、自律的に行っているところに大きな特徴がある。現在(2020年秋現在)、オランダ国内に8箇所ほどのファームがあり、少しずつその数を増やしていっているそうだ。これから毎年4カ所から8カ所くらい増えていくと見積もっているという。つまり、誰でもやりたいと思った人が始められる仕組みを作っているところも、もう一つの特徴だ。繰り返しになるが、ビジョンが大きい。

基本的な特徴は以下の4点に集約できる。(ウェブサイトの説明を拝借&意訳させていただいた)

・1回、2000ユーロ のデポジット (One-time deposit)
今回僕が訪ねたHerenboeren ---は、200のメンバー(家族)の出資によって成り立っているコミュニティだ。メンバーになるにあたって、各家族は2000ユーロのデポジットを払う。これは農園を立ち上げるために使われる。デポジットなので、メンバーを辞めるときは戻ってくる計算だ。

・毎週の支払い(Weekly contribution)
ファームの経営を回していくために、1人あたり約10ユーロの支払い(コントリビューション=貢献と表現されている)が求められる。この額は、メンバーで話し合って決める。

・収穫を分け合う(Dividing harvests)
ファームで生産されたものはメンバーの間で分け合う。なので、十数種類の野菜やフルーツ、卵、お肉・肉製品(必要な人のみ)などを得ることができる。

・共同経営(Owner together)
メンバーは、会社を共同経営する。それぞれの担当ファーマーと話し合って、何を生産するのかなどの運営方針を決める。

自分たちがオーナーとなり、自分たちで経営する、とても自律的なコミュニティだ。補助金や銀行からの借入れなどもしていないと言う。あくまで、参加メンバーが出資して、組織の一員となり、その果実とリスクを共有している。収穫が多い時はたくさん作物を分けられるし、少ない時は少ない分を分け合あう。

と言っても、全てがうまく言っているわけではなく、自分たちの理想の状態を実現するために、国の法律や規制の問題(例えば、農業と自然保全では規制が異なる)、土地に関する問題、お金の問題、組織のあり方の問題など、クリアーするべき問題は多いようだ。特に、オランダは土地の値段が高く、新しく農業をやろうとするとコストが高騰してしまうのが問題のようだ。

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1人何役もこなすファーマー

訪れたヘーレンブーレンのファームでは、20ヘクタールの土地で200世帯のメンバー(全員で約500人)のお腹を満たす農産物を生産している。驚いたのは、それをなんと1人のファーマーが全ての面倒を見ていると言うのだ。他のヘーレンブーレンでも、基本的には1人のファーマーが200世帯のために作物を作るというのが基本サイズだ。

前述のように、農園ガイドツアーでも、野菜づくり、りんごづくり、養鶏、養豚、飼料用作物づくり、などファームの中で様々なものが育てられているのを見て回った。素人の目にも、これを1人でまわすのは大変なことなのだろうなと感じる。もちろんボードメンバーや参加メンバーも手伝ってくれるが、基本的にはボランティアとして手伝うだけで、生産の責任はファーマーにあると言う。参加メンバーは、毎週1回に収穫物を取りに来るだけでよい。この1人のファーマーが、多様な農産物・畜産物の生産をしているところも、この仕組みの大事なポイントだろう。

「ファーマーは、コミュニケーション力もないといけないんです。」

ガイドツアーの後で雑談していたときに聞いた発言だ。様々な農業・酪農生産に加えて、200世帯のコミュニティとの付き合いもしなくてはならない。200世帯の人たちと日頃から付き合い(毎週、野菜や果物を取りに来る)、そのニーズをまとめ上げて生産計画に落とし込むのも簡単なことではないはずだ。様々な意見に耳を傾け、話し合い、決断できるスキルを持った人が求められる。彼ら・彼女らの能力がそのまま参加メンバーとその家族たちの食料の質や量に関わってくるのだから重大だ。

もちろん、ファーマーは1人であっても孤独ではない。メンバーが助けてくれるし、他のHerenboerenファームで働くファーマーたちとは頻繁に連絡を取り合い、それぞれの強みを生かしつつ助け合っているそうだ。例えば、野菜づくりには強いが、養豚の経験が浅い場合は、養豚に強いファーマーに相談する。その逆もしかり、という具合だ。夏休みだってある。

しかし、こう言う環境再生型の農業(Regenerative Agriculture)をやるための学びの場は、まだまだ少ない。そこで、ヘーレンブーレンのファーマーになるための1年間(月に2日)の研修と3日間の合宿という研修プログラムがあるそうだ。そこで絆を深め、ファーマーのコミュニティも成長していくようだ。最近のニュース投稿を見ると、サステイナブルな家畜の飼育を推進する機関と提携して専門的なアドバイスがもらえるような体制づくりをしている。自分たちの知識やノウハウを継続的に向上させていこうとしていることもうかがえる。

また、気になるマルチタレントが求められるファーマーの給料もしっかりしている。ポッドキャスト番組で紹介されていた額は、平均45,000ユーロ。1ユーロ120円換算で計算すると540万円。物価の高いヨーロッパでも十分な給料だ。

攻める農業?

ファームを見てまわっていると、そこそこ実験的な農法ややり方を試しているように感じた。ここ数年自然農法を家庭菜園で実践しているActant Forestメンバーが見ても、そんな雰囲気があるという。

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黄色いジャケットのおばさまが、畑を指差しながらこんなことを言っていた。

「こんな感じで雑草をそのままにするやり方なのよね。普通に農業を学んできた人からは、こんな雑草を放置してって言われちゃうらしいのよ。でもね、虫が付きにくい組み合わせがあったりするらしいのよ。」
かつて大学時代の友人が自然農生活実践場というところで暮らしていたことがあり、自然農法なるものについて聞いたことがあったが、あれに近いものかもしれない。少なくともヘーレンブーレンでは、慣行農業とは異なる有機農業に近い生産をしている。しかし、彼らは特に有機農業の認定を取ったりすることはしないので、オフィシャルに有機農業だとは言えないそうだ。

ある種、攻めた農業をしているのかもと言う傾向は、養鶏小屋の横でのおばさまとの会話からも感じられた。

「ニワトリはね、250羽までは趣味の範囲ということになって、生産者としての法律の制限がないのよ。だから、薬を使ったりもしてないの。でも、そうするともし鳥インフルとかがあった場合に近くの養鶏農家とかに迷惑がかかっちゃうでしょ。実際に、ちょっとどうなっているんだという意見もあったらしいの。だから、そういうことが起きたらすぐに殺処分しますという約束を交わしているそうよ。」

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広がるヘーレンブーレンの輪

ツアーが終わると、黄色いジャケットのおばさまの仲間がクッキーとインスタントコーヒーを簡易テーブルの上に広げてお茶会を始めていた。ほとんどのツアー参加者はすぐに帰ってしまったが、戻りのサイクリングと電車旅が残っている僕はせっかくなので参加させていただいた。中華系の血も入ったおばさま(おそらく2世か3世でオランダ育ち)の手作りお菓子が美味しくて何個も頬張って、インスタントコーヒーをいただく。外で飲むネスカフェは美味しい。

聞くと、彼女も黄色いジャケットのおばさまと同じ新たなヘーレンブーレン立ち上げメンバーだそう。どうやら僕の住んでいる地域に近いところで土地を探しているようだ。初期投資のお金もまだまだ足りていないそう。「あなたとか、そのActant Forestという会社?そこが出資してくれても全然いいのよ。」なんて冗談も言っていただきながら、こういう人たちがオランダ全国に何グループも生まれてきているのだなと感じられる。実際に、全国放送のテレビ番組で取り上げられたりしたこともあって、ヘレンボーレンに向けられる眼差しの数も熱さも高まっているようだ。行政からもお尋ねの連絡が入ったりしているらしい。

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このマップは、ヘーレンブーレンのサイトで公開されているマップのキャプチャーだ(2020年9月現在)。すでに稼働しているファーム、立ち上げ準備をしているファーム、地域でどのくらいの人たちが関心を持っているのかがマッピングされている。結構な人たちの関心を集めていることが見受けられる。この勢いを見ていると、2060年までにオランダ全土でサステナブルなコミュニティファームを作るというビジョンもあながち夢ではないかもしれないと思えてくる。

自分たちでやること、ビジョンを持つこと

以上が簡単なレポートとなる。ヘーレンブーレンの哲学と実践を少しでも伝えられているだろうか。今回の取材で学んだ(再確認した)ことの一つは、自分たちでやろうと思えばやれることが増えていくということだ。それは至極当たり前のことなのだけど、農業にしても何にしても、油断すると僕たちは「専門家に全てお任せ状態」になってしまう。(「専門家にお任せ」問題はオランダだからとか日本だからとか関係なく、どこでもある問題)

もちろん、専門家の知識やノウハウはすごいものがある。一朝一夕では身につかないものだからだ。しかし、専門家も全ての面でプロフェッショナルなわけではない。今回取材したファームの例で言えば、200世帯とコミュニケーションをとり、意見をとりまとめていく対人スキルや野菜と果実と豚と鶏を同時に管理していくマルチファーミングスキルなどは、普通の農業の専門家には求められていないものだ。

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慣れない分野でも、自ら主体的に関わることで、もっとこうした方がいいのではないか、こんな知識やノウハウと組み合わせると面白いのではないか、と言うアイデアも生まれてくる。ヘーレンブーレンの様子(現地で出会った人やウェブサイト)からは、まさに新しいアイデアを尊重し、成功も失敗もしながら活動を進めている雰囲気が伝わってくる。

そして、もう一つは仕組みとビジョンをしっかり持ち、伝えていくことの大切さだ。あくまで彼らの目標は、オランダ全土にコミュニティファームを作り、自律的かつサステイナブルな農業と環境保全を進めていくことだ。以下が3つのプリンシプル(信条)をまとめた図になる。

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HPより引用

Nature-driven(自然の摂理をベースに)、Socially connected(社会的なつながりを大事にして)、Economically supported(経済的にもやっていけるように助け合う)ことを基本的な信条としている。つまり、農産物という果実を得られるだけでなく(一般的な農業はそれだけが目標になる)、土や水、動植物などの自然の再生にも寄与し、人々のつながりをつくり、経済的価値だけでない多様な価値を生み出していくことを目指している。同時に、それを関わる人たちが理解・共有している状態を作ることにも意識されている。とかく合理的な考え方を持つことで知られるオランダ人だが、そこにビジョンと情熱が加わることで、良い相乗効果が生まれている好事例だと思う。

もちろん、まだまだ乗り越えるべき問題や障壁は多いだろう。しかし、やっていることと目指していることがしっかりかみ合っている。国内で拠点がどんどん増え、ムーブメントが大きくなっていくことと良いなと思う。また、Actant Forestのコーポラティブフォレスト事業にも参考にしていきたい。

ヘーレンブーレンの活動からは、まだまだ学べることがたくさんありそうだ。今回出会い、仲良くしていただいたおばさまたちのヘーレンブーレンファームが実現したら(そう遠くないところに出来そうなところまできていると話していた)、仲間に入れてもらうのも良いかもしれない。引き続き、連絡を取っていこうと思う。

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