走れメロスたち

私は困っていた。
「いや、多すぎるんだよな!!人数がッ!!」

教員生活3年目にして初の大仕事が回ってきた。演劇の脚本である。
私が勤める紅北市立湖北小学校の3学期一大イベント「紅北市立湖北小学校文化的祭典」通称「コホコホ祭」。いわゆる学芸会で、各学年が演劇に取り組み、それを保護者の前で発表するという行事である。私の担当している3年生の演目は「走れメロス」と伝えられた。
「君、大学時代文学部だったんだってね? 脚本・・・頼んでいいかな?」
もともと演劇が好きな私は二つ返事で引きけた。
しかしだ。この愛知県紅北市、日本を支える某・超大企業のお膝元。市内にある直営の工場2つは大量の社員を抱えており、彼らはまた幸せな家庭をそれぞれ築いている。つまり何が言いたいかというと、この少子化のご時世も何のその、うちの小学校には各学年35人学級×4クラス、合計140人が在籍しているのである。この規模の小学校が市内に5校あるというのだから驚きだ。
さて。
目下私が抱えている問題は、今回の「走れメロス」の脚本に、その1学年140人全員を登場させねばならないということである!

「今日は遅くまで残業なんですね」
声をかけてきたのは4年生担当の先生だ。
「いやあ、コホコホ祭の脚本作りですよ」
「ああ、私もですよ。まあ、私はさっきとりあえずは形になりましたが」
「何やるんですか?4年生は」
「ああ、『ごんぎつね』です」
「『ごんぎつね』に児童140名も登場させられるもんですかね?」
「いやー、相当大変でしたよ。設定は結構いじっちゃいましたね」
「参考までに聞かせてもらってもいいですか?」
「有名な不良狐グループ、通称『ゴン』が、『兵十』という10人組と村で抗争をしているというところからはじまるんですが・・・」
「初っぱなから飛ばしすぎじゃないですか?『兵十』が『F4』みたいになってるじゃないですか」
「このくらいやらないとあとあとキツいんですよ。最後は兵十10人が一斉に狐10匹を皆殺しにするんですけどね?」
「大分テイスト違いますね」
「そこでHey Judeが流れると」
「その演出はちょっとわかんないです」
「まあとりあえず、1人の登場人物には1人をあてがう、という固定観念を捨てることです」
「なるほど・・・」

●●

メロスAは激怒した。必ず、かの邪知暴虐の王を除かなければならぬと決意した。
その頃、メロスBも激怒していた。絶対に、あの傍若無人の村長は排除せねばならぬと心に誓った。
一方で、メロスCも激怒した。きっと、そんな厚顔無恥な神父には裁きをくだすべきだと心に決めた。
メロスAにも、メロスBにも、メロスCにも、父母はいない。みんな、内気な"三つ子"の妹たちとそれぞれ四人暮しだ。彼らは妹たちが近々花婿を迎えることになっていたため、その準備のためと、久しぶりに竹馬の友に会うために、メロスAは城下町に、メロスBは村に、メロスCは教会通りに繰り出していたところ、メロスAは王の、メロスBは村長の、メロスCは神父のよからぬ噂を聞き、たまらず王城、村役場、教会にはいっていったのだった。
メロスたちは、それぞれ王、村長、神父の前に引き出された。

---(舞台上手側)
邪知暴虐の王「磔になってから、泣いて詫びたって聞かぬぞ」
メロスA「命乞いなど決してない。ただー」
---(舞台中央)
傍若無人の村長「ただ?」
メロスB「処刑までに三日間の日限を与えてください。三人の妹たちに、亭主を与えてやりたいのです」
---(舞台下手側)
厚顔無恥の神父「逃がした小鳥が帰ってくるというのか?」
メロスC「そんなに私を信じられないのならば、私の無二の友人を人質としてここに置いて行こう」
---(舞台上手側)
邪知暴虐の王「願いを、聞いた。いのちが大事だったら、おくれて来い。おまえの心は、わかっているぞ」

メロスAはその夜、城下町から急ぎに急いで村に着いた。
メロスBもその夜、村から急ぎに急いで教会に着いた。
メロスCもその夜、教会から急ぎに急いで城下町に着いた。

メロスABC「「「あす、おまえたちの結婚式をあげる」」」

メロスAの妹①・メロスAの妹②・メロスAの妹③
メロスAの妹①の花婿・メロスAの妹②の花婿・メロスAの妹③の花婿
メロスBの妹①・メロスBの妹②・メロスBの妹③
メロスBの妹①の花婿・メロスBの妹②の花婿・メロスBの妹③の花婿
メロスCの妹①・メロスCの妹②・メロスCの妹③
メロスCの妹①の花婿・メロスCの妹②の花婿・メロスCの妹③の花婿
以上18名+メロス3名+村人たちで、舞台上にて祝宴を行う。

●●

とりあえず登場人物をそれぞれ3倍にしたみたところ、だいぶ人数が稼げた。ただ、舞台を「城下町」「村」「教会のある街」に3分割して、3人のメロスを同時進行させることにしたせいで、メロスABCの舞台上の動線はメチャクチャだし、祝宴のシーンは舞台がギチギチになりそうだ。全然物語の山場でも何でもない祝宴のシーンだけでほぼ1クラス分出てくる計算じゃないか。最早何の演劇をやっているんだかわかったもんじゃない。
いやそれにしてもだ。このペースでやっても既存のキャラ数じゃ賄えそうにない。

●●

メロスAは村から城下町に戻る途中で、茫然と立ちすくんだ。きのうの豪雨による激流で、橋桁を木っ端微塵に跳ね飛ばしていたのだ。
メロスA「ああ、ゼウスよ!鎮めたまえ、荒れ狂う流れを!」
メロスAは、濁流にざんぶと飛び込み、満身の力を腕にこめて、渦巻く流れをなんのこれしきと掻き分けた。
メロスA「さあ、神々もご照覧あれ!」
神①「これが濁流にも負けぬ愛と誠の力か!」
神②「恐れ入った」
神③「憐愍を垂れてやろう」
メロスAは見事対岸の樹木の幹にすがりついた。

一方メロスB、教会から城下町に戻る途中、目の前に一隊の山賊たちが躍り出た。
山賊①「待て」
山賊②「放さぬぞ」
山賊③「持ちものを全部置け」
山賊④「その命が欲しいのだ」
メロスB「気の毒だが、正義のためだ!」
メロスBは猛然一撃、三人を殴り倒し、残る一人のひるむうちに、さっさと走って坂をくだった。

一方メロスC、勇者には不似合いな不貞腐れた根性が、心の中に巣喰っていた。
メロスC「やんぬる哉」
ふと耳に水の流れる音。何か小さく囁きながら清水が湧き出ている。
泉の精①「水を飲みなさい」
泉の精②「悪い夢から覚めなさい」
泉の精③「あなたは義務を遂行しなければなりません」
泉の精④「我が身を殺して、名誉を守るのです」
泉の精⑤「日没まではまだ、時間があります。走れ、メロスC!」

●●

メロスABC「「「ありがとう、友よ」」」
邪知暴虐の王「おまえらの望みは叶ったぞ」
傍若無人の村長「わしの心に勝ったのだ」
厚顔無恥の神父「どうかわしも、おまえらの仲間に入れて欲しい」
市民たち「王様万歳」
村人たち「村長、よく言った!」
信者たち「神父様万歳」

少女Aが緋色のマントを、少女Bが紅色の腰巻きを、少女Cが朱色の靴をメロスAに、
少女Dが丹色のシャツを、少女Eが橙色のズボンを、少女Fが海老色の手袋をメロスBに、
少女Gが臙脂色の帽子を、少女Hが茜色の首飾りを、少女Iが桃色の靴下をメロスCに捧げた。

セリヌンティウスA「気をきかせて教えてやるが、メロスよ」
セリヌンティウスB「可愛い娘さんたちからもらったそれらを、はやく身につけるといい」
セリヌンティウスC「メロス、君は、まっぱだかじゃないか」

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「メロスCだけアイテム運悪すぎるだろ」
私はひどく赤面した。

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