距離感

―あの、どちら様ですか?勝手に人の家あがられてますけど。警察呼びますよ?

―神? Godってことですか?

―a god? 何で私が言ったGodに勝手に不定冠詞つけるんですか、多神教なんですか、そんな唯一神みたいなイキリ方して。というかそもそも神が私に何の用なんですか?

―権利侵害?私が神権を犯したっていうんですか?こんなに慎ましく暮らしているの、見たらわかるでしょう?

―仕事? 大学の研究者ですけど。

―生体工学…まあ、そうですね。生物模倣(バイオミメティクス)といった方が正確でしょうが。ハトの目と首の動きとを模して、広角でブレの少ない監視カメラの開発を…。ああ、そうか、そういうことですか…。わかりました。ハトの首の動きのメカニズムを勝手に利用したのが特許権の侵害だって言いたいんですね?

―なるほど。まあまず、あなたは、――汝?は一つ勘違いをしています。それは、「特許権は自然に発生する権利ではない」ということです。だってそうでしょう? 自然発生する権利ならば、出願の手続きなんて不要なはずですし、先に生み出した方ではなく、先に出願した方に権利が与えられていることの説明がつかなくなるじゃあありませんか。特許権は、秘密を公開した「代償」であり、発明に対する「モチベーション」であるとするのが妥当です。あくまで一般に支持されている説ですが。あなた――汝は、権利を出願してもいなければ秘密を公開してもいませんよね。そして何より、「発明に対するモチベーションについてはもはや皆無だと言っていい。」
んー…。神という存在を目の前にして、進化というものをどう捉えるかは悩ましいところですが、ここは「進化の過程を経て神の意志が反映されてゆく」という有神論的進化論を採用するとしましょうか。もしくは、「生物の自然生殖において、神の創造した”肉体”と”霊魂”が受け継がれてゆく」という伝達説の、「自然生殖」の部分を「進化」と換えても同じことです。あなたは、一番最初の創造以降は何も生み出していない。
たとえば、あなたがハトを創造する。私がそれを見て監視カメラを作る。それに触発されてあなたがもっと複雑な動きのメカニズムを持った生物を生み出した。だとすれば、汝と私の関係性は健全です。しかしながら、汝にとって果たして私は、いや私にとって汝は健全な競争相手と言えるんですかね?

―……。もういいや。



(銃声)



―ややこしくするなら信仰も捨てるよ?

―せめて距離感守れよな。

#小説 #短編

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