【薬屋のクレオール】試し読み

※この記事は、そらとぶさかなのファンタジー小説『薬屋のクレオール』の試し読みです。本の詳しい情報はこちらをご覧ください。

■採光師の話

 麦色の道はどこまでも草原に伸びていて、ただ青く広がる空の下、山のふもとの街まで続いていた。看板も無く、歩く人もいない一本道である。
 山は北の土地に連なっているが、今は単にぼんやりした影のようにしか見えない。草原を照らす空はあんまりにも青すぎるため今にも青が溢れて落ちてきそうだ。
 空には、鳥のように飛び交う影がある。それが鳥ではなく、空集め達である事はすぐにわかる。空集めは背中に翼のある人間で、袋や籠を持って空を集めている。
 クレオールは椅子に座って、そんな景色を眺めていた。
 彼は少し大きめの服を着ている。元は白であった服は、紫やら橙やらのカラフルな染みによる模様でいっぱいになっている。
 彼の後方には一軒の木造の建物がある。草原に建つ建物はこの一軒だけ。その玄関扉のすぐそばで、クレオールは椅子にじっとして動かない。近くの壁には立てかけられた一本の箒。
「おうい、クレオール」
 声が降ってきた。若い男の声だ。
 だが、クレオールは視線を空に上げたまま身動き一つしない。
「またボーッとしてやがる。おうい」
 その声は建物の屋上からである。屋上に立っている声の主は、柵を乗り越えて空中に飛び出す。すぐさま、背中に持つ翼をはばたかせて、ふわりとクレオールのそばに着地した。
 クレオールは物音で気づいて、ようやく我に返って言う。
「何だ、君か。来てたのかあ」
「ボーッとしてるから気づかねえんだよ。何してるんだ」
「掃除をね。玄関先を掃除しようと思ったんだけど、空がとても綺麗だから、見てたんだ」
 静かに話すクレオールに、空集めはため息をついた。呆れたような表情である。
「確かに今日の空は綺麗だし、集めるのにもちょうど良いけれどよ……。お前の事だから、店が火事になってても気づかずボーッとし続けてそうだな」
「それは無いよ……無いと思いたいよ」
「まあ、ここが火事なら空からすぐわかるからな……。それはそうと、今日の分持ってきたぜ」
「ありがとう。いつも助かるよ」
 クレオールは空集めを見上げて礼を言った。そして、視線を道の先へと向ける。
「今日は、お客さんが来そうな気がするんだ」
「へえ? 何でまた」
「いや、僕が来てほしいだけかな。今日は調子が良いんだ、良い薬が作れそうだから」
「いつもと変わりないように見えるけどな」
「君は心が見れないからね」
「悪いかよ。俺は薬屋じゃない、空集めだぞ。見えるのは空だけだ。……まあ、お前の勘は当たるから、きっと来るだろうよ」
 空集めが言った矢先である。道のずっとずっと先に影が現れた。あ、と呟くクレオール。
 空集めが道を見やると、不明瞭な影ははっきりした人影に変わっていた。
 それはあまりにも黒く、はっきりした、人の影であった。
「あの影は……もしかして、採光師か」
 呟いた後、空集めはギョッとする。クレオールが前触れも無く立ち上がったからである。つい今しがたのぼうっとした雰囲気は消えて、重大な使命を負った戦士のよう。
 彼は言った。
「しまった、掃除がまだ途中だ!」

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