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Mircea Săucan『Meanders』ルーマニア、鉛筆の宮殿を建てましょう

超絶大傑作。戦後ルーマニア映画の黎明期に活動を開始したものの、長編劇映画を四本しか残せなかった偉大なる映画作家ミルチャ・サウカン(Mircea Săucan)の代表作、長編三作目。彼は1928年、ルーマニア移民の子供としてパリに生まれ、幼少期はフランスのユダヤ移民のコミュニティで過ごした。1934年にトランシルヴァニアのカレイに移り住むが、1940年にハンガリーに移管されるとシビウに逃れる。その後、1948年から1952年にかけて、全ロシア映画大学(VGIK)で学び、エイゼンシュテインやドヴジェンコ、ドンスコイ、ゲラシモフの指導を受けたようだ。同じ生徒にパラジャーノフがいたという情報もある。ブカレストに戻ってからは幾つかの短編ドキュメンタリーを製作して好評を博した。1960年に発表した初長編『When Spring Is Hot (Când primăvara e fierbinte)』は、ソ連映画の伝統に触発された革新的映像スタイルで脚光を浴びたが、ルーマニアの村のイメージを歪めているとして共産党に批判されてしまう。その後も長編映画を作り続けるも、1961年の二作目『The Endless Shore (Țrmul n-are sfârşit)』は上映禁止、1967年の三作目『Meanders (Meandre)』は厳しい監視下での編集を余儀なくされ、1971年の四作目『The Hundred Lei Bill (Suta de lei)』はオリジナルネガが焼却された上で当局によって再編集されてしまった(ブカレストとテルアビブで秘密裏に保管されていたポジが1993年に発見されている)。その後は産業や医療に関するドキュメンタリーを細々と製作していた。1987年にはイスラエルに移住し、短編映画を一本だけ監督した他、散文詩を幾つか発表している。1994年にはフランス外務省の下でこれまでの集大成のような短編『The Return (Le Retour)』を発表。2003年にイスラエルで亡くなる。

本作品は実に奇妙な作品だ。まず登場するのは頭にスカーフを巻いて物憂げにタバコを吸う女性アンダの横顔。彼女は歩きながら奥にいる男と話しているが、会話は消されていて聞こえない。続いてアンダが部屋の中で、別の男と共にTVに映される謎の映像を観ている。その男コンスタンチンに愛想を尽かしたという彼の息子ジェルが出ていったという会話をするが、後にアンダとコンスタンチンの子供ではなくコンスタンチンの連れ子と判明する。すると今度は馬の映像を流すTVに近付いていき、出ていった息子らしき人物が浜辺で馬と戯れるシーンに切り替わる。そんな感じで視点人物も時間も恐らく虚実すら入り乱れながら、四人の物語が紡がれていく。正に『去年マリエンバートで』の直系子孫といった具合の混乱具合だ。なんとなく掴んだ関係性を書けば、二人の男ペトルとコンスタンチンは建築家仲間だが、理想を追い求めるペトルに対して、コンスタンチンは実利を追い求めるタイプで、共産政権下で成功するのは後者であり、アンダも最初はペトルと結婚していたが、今では結婚生活も破綻してコンスタンチンと暮らしている、そんなところか。

アンダを除く三人の男たち全員が建築家ということもあってか、本作品の空間造形には目を見張るものがある。奥行きの広い空間を用意しながら、カメラの目の前に人を置き、彼らの隙間から奥行きをチラ見せしたり、或いは体で奥行きすら消し去ったりすることで閉塞感を出しているのだ。また、屋外のシーンでは殆どの場合、空の色が異様なほど真っ暗或いは真っ白で、ここでも屋外なのに屋内のような"制限付きの奥行き=自由さ"みたいなものを感じさせる。それら全てが集まった"鉛筆の神殿"のシーンは流石にイカれてるとしか言いようがないほど優れている。ちなみに、夢破れた建築家という設定はビンカ・ジェリャズコヴァ『The Swimming Pool』とも繋がる部分があって中々興味深い。やはり、画一的で味気ない建物を作らされることが"目に見える芸術性の敗北"という形で採用されたのだろうか。また、ジェルの反抗を若さによるものだとしつつも、ニューウェーブと音楽という二つの側面からバックアップすることで、ある種の希望を若い世代に託すテーマ性も似通っている。

前作『The Endless Shore』でも砂浜が登場し、砂の建物を空襲の音に合わせて破壊するなどバカンス映画とは思えない暗黒描写が目立っていた。あまり良い思い出がないのかもしれない。それにしても"終わりなき浜辺"と"蛇行"とか地獄じみてますね。

・作品データ

原題:Meandre
上映時間:91分
監督:Mircea Săucan
製作:1966年(ルーマニア)

・評価:99点

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