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海上牧雲記〜Part I

宛州牧雲氏の世子

物語の中心は中州
徳のパパ、牧雲欒(らん)

牧雲欒
人族の中で唯所ある血統牧雲氏。
瑞朝の今上皇帝の兄であり、かつての皇太子だったが、"陰謀に遭い"太子の位を剥奪され、鄴(ぎょう)王に封じられ当時は僻地だった宛州に追い払われた。

徳の実家、宛州にある鄴王府

パパは帝位を全く諦めていず、赴任当時は疫病がはびこり貧しかったこの宛州を九州のうちの4州に匹敵する富を蓄えるほどまで豊かにし、遠く瀚州まで物資や人脈を作り、武器などを密造、密輸し来るべき時に備えている。

いつでもどんと来い謀反状態

ただしそんなパパの野望の前には厄介な存在がそばにいる

それが徳のママ、穆如屏(へい)だ。
ママは牧雲氏と同じくらい由緒ある家柄、穆如氏の出で、現大将軍の妹。
つまりパパがヘンな気持ちを起こさないようつけられた監視役だ。

あからさまに冗談めかして言うパパ
ママも負けていない。しおしおと泣いたりなどしない

しゃあしゃあと悪びれもせず嘘を言い、腹を探り合う夫婦。屏ママはもちろん正室だ。パパには側室との間にまだ二人息子がいる。
徳の兄と弟だ。
兄の方は王の称号を与えられ地方にいる。
では徳はというとーーー

珪璃谷からやってきた若者

宛州の"辺鄙な谷"へ向かう一艘の舟ーーー
14歳の徳は家から出され
珪璃谷という場所で"商売をしている"叔父(恐らくパパの母方の筋)の元へ送られる。

そこで商売を学び、いずれパパをサポートするためにーーー
それから約四年後
ついにパパから都にゆけと言われたとき
徳は立派な宛州商会という組織の会長となっていたーーー

第10話

魅族とのハーフである牧雲笙皇子を倒し、最高の呪術者の名を得たいという野望を持つ辰月教の長老、墨禹辰にパパはよい助手をつけよう、と言う。
"天啓の都に来て墨先生を助けよ"
ーーーそれが、14歳のとき珪璃谷に『捨てられた』と思いながら過ごしていた徳が四年ぶりに受け取ったパパからの言葉だった。

叔父の元に置き去りにされた徳は、腹を括って商売を一から学んだ

天啓の都の入り口、殤陽関。一台の質素な馬車がそのまま都いちの高級ホテル、九州客桟の門を潜り門扉の前で停まる。

ステップが置かれ
徐に旅装束の青年が降りてくる。
長旅だったのだろうか、その髪は乱れている。
私の愛しい腰を見紛うはずはない、そう、いよいよ10話にして宛州牧雲氏の若様の登場だ。

長かった4年間ーーー否、18年間だ。
父に認められよう、好かれようと生まれてまもなくから弛まず努力してきた日々。
ここで、この天啓で、この客桟を舞台にしてその夢を叶えてみせる。
そんな感慨で門を見つめていたろうか…

この客桟の総取締役である秦玉豊を従業員が連れてくる。この秦はここの客桟で丁稚のころから叩き上げで今のポストに就いた筋金入り。
自分がこの九州客桟をこの天啓で一番のホテルにしたという矜持がある。
着くなりスイートを所望し、家具まで総入れ替えせよとかいう高飛車な客とは?
印象最悪で応対する相手はーーー

自分で注いだ茶を口元まで持って行くものの
フッとその香りに何かを思ったかーーー


茶托に戻してしまうその横柄な客を何様だと思いながら
"宛州産の高級茶ですよ"
と応酬する。本物の味を知らぬ素人め、と言わんばかり
"そうではない。茶葉の味は知っている。水が悪いのであろう"
とその若造は涼しげな様子で言うのだ

当店はここ天啓でも指折りの洗練された客桟で
サービスも一流なのでございますが
更に特別の計らいを、とご所望でしたら余分に手当をいただきませんとーーー
匂わす秦に

ざらあッと袋から無造作に卓にぶち撒けられた様々な手形に秦の目の色が変わる
それもそのはずで

金頂銭荘(銀行)、唐氏海塩(塩問屋)、翠記宮花(小間物屋)、花家漕運(廻船問屋)ーーー
九州中の大店の手形ばかり、これらを見せれば自分たちと同じ扱いを受けられる?
この若者の叔父夫婦とはいったい?
果たして、秦はその中からある手形を見つける。

何とそれはこの九州客桟の総元締めの手形ーーーつまりこの九州をまたにかけ、国庫の半分の総資産を誇る一大コンツェルン、宛州商会のオーナーだということが判明。

秦は10年前会長ご夫妻のご尊顔を拝し奉るという栄誉に与ったあの感激を再び、とばかり興奮しながら若者の名を尋ねる。

"宛州より参った牧雲徳だ"
ーーー笠の下から、端正な貌が現れた。

紙を火鉢に入れるところからもう張暁晨の演技は始まっている
豪快に鉾や剣を振るい
馬を駆けワイヤーで吊るされながら激しいアクションをこなしてきたが
静かな静かな
全く台詞のない佇むだけの芝居も絶品
暁晨はどこでこの優雅で美しい所作を身につけたのだろう

鉄瓶を五徳に置き
熱い湯を茶壷に注ぐ手元は映らないが、それをしながら芝居をしている

"あなたの望みを私は叶えることができますぞ"
知ったかぶりでそう言った墨の言葉を涼しげに流す。
"私はこの世の富を全て手にしている宛州商会の会長だ。欲しいものなどない"
ーーーそう、徳の欲しいものは決して墨から受け取ることはできない
"天下を手にする器だとお見受けするが?"

卓に書かれた"天下"の文字
合戈殿下なら鼻息荒く目を輝かせるだろうが
徳はちがう
墨の言う天下とはこの瑞朝の皇帝の座のことだ
それを得んとして全てのものを擲ち費やし
徳の人生さえめちゃめちゃにしたのは
他でもない
パパだ
こんなちっぽけなもののために自分の血の滲むような努力と
涙も涸れ果てた、と思うほどの真心はいつも踏躪られるのだ
徳の前で"天下"とか"玉座"とかは禁句と言っていい

茶杯を温めるために入れてあった湯に墨が指を突っ込んだんで
徳はそれを棄て
つまらない言葉は布巾できれいに消し去ってしまう
墨は度胸がないのだ、と勘違いしなァんだ、ガッカリ、と言う
違うのだ
徳は瑞朝などというちっぽけなものなど目じゃないと思っている
そしてそれとても欲しいなどと思っていない
徳の欲しいもの
徳がなりたいもの
それはーーー

まず手始めに何をすれば?
"牧雲笙に近づきお友達になってほしい"
"難しいことか?"
首を悪戯っぽく傾けてみせ
不敵に笑う
他の俳優ではやらない仕草

せりふを言い切ったあとの柔らかな微笑
最後の最後まで引っ張る
これがたまらなく素晴らしい

このわずか五分ほどのシーンでも
何度見ても決して飽きない素晴らしさ
演出とカメラワークだけではこうはならない
張暁晨だからだ
彼でなければーーー同じシーンを他の俳優が演じたら、と想像してほしい
墨が天下と書いたとき
その文字を見つめるその芝居だけ取っても
徳が何を思っているか
その間にも徳の18年の悲しい日々が襲ってくる
それを出せるのは彼だけだ

私の書いたものを読んで下さったあと
ぜひもう一度このシーンをご覧になっていただきたい
張暁晨の
牧雲徳をこの後もお送りしますーーー

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