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海上牧雲記〜Prologue

2017年の秋に放映された『海上牧雲記』。
この作品は2014年から準備され、新疆ウイグル自治区などの広大な自然のなかクランク・インし、お馴染みの横店、象山などのセットを経た後海を越えこの日本は彦根でクランク・アップ。
約260日をかけ撮影された。

最後の最後、彦根城での記念撮影

壮大な原作を壮大なコンセプトで壮大に描くーーー3人の主人公には黄軒、周一圍、竇驍という超実力派俳優が揃い、その他のキャスト陣も、キャスティングされた嬉しさを自身の微博(中国版Twitter)で伝えた。
その中でーーー

この世界の人族の中で
栄華を誇る瑞朝の皇帝の甥である牧雲徳の配役は
当初魏大勳だった
2015年11月の時点の話である。
ところが

「粧照」と呼ばれる、鬘、メイク、衣装に身を包み劇中の扮装を撮る過程があるが(これはしばしば宣伝ポスターにも使用される)、そこに牧雲徳として立っているのは
わが張暁晨ではないか!!

※中国ではその作品が正式に放送されるためには専門機関の査定を経ての許可が必要で、それを得る前の情報は殆どヒミツにしなければならない。俳優たちは宣伝したいキモチを抑え、そ知らぬふりをする。
許可を得て作品が放送されたとき、俳優たちはオフショットなどをここぞと公開する。
中には放映まで10年を要する作品もある。お国事情なのだ。暁晨の出した写真に顔以外モザイクがかけられているのはそうした理由から。

年を跨ぐあいだに何があったのか、どんなに調べてもはっきりしないが、とにかく、暁晨は千載一遇のチャンスを手にしたのだった。
というのは、彼が当初有名プロデューサーの手がけた伝説的な作品に出たり、今でも名作とされる『新水滸伝』などに出演できたものの

時代劇でのデビュー作『美人心計』
梁山泊第16位張清を演じた『新水滸伝』
初のタイトルロールを務めた『新西廂記』

『新西廂記』のその後はレギュラーや主役をやるもののどんどんマイナーでチープな世界となってゆき
一年のほとんどを撮影所で過ごし、ハードなアクションを鎧に身を包み馬を駆り、自身が馬車馬のようになって熟しているにも関わらず一向に良い作品に恵まれぬ日々で疲れ果て、もう辞めようかとまで思い詰め…、

しかしながら自身の芸能、俳優人生をもう一度見つめ直し、やはり自分は演技を愛していて、俳優として生きてゆくのだと決意し、崇拝する陳坤の芸能事務所に移籍した矢先のこのどこかから降ってきた幸運だったからである。

そして堂々発表されたその海報には、夢にまで見た一流のスタッフによる世界に生きる、絢爛豪華な衣装を纏った姿があった。

今まで彼がいた世界の作品では、このようなポスターすらない。
タイトルと共にコラージュした俳優陣のなかに顔があればいい方だったのだ。

『海上牧雲記』の劇中の登場人物たちは、その生きる環境によって様々な扮装をしているが、暁晨が演じることになったのは皇帝の兄であり王の称号を持つ父親の次男、つまり皇族であり、この王朝下で国庫の半分に匹敵する富を有する一大コンツェルンの会長を務める大商人でもあるという超絶富貴な公子だった。
ゆえにその纏う衣服は豪奢でありセンスも抜群なはずで

髷のてっぺんに被った玉や真珠の冠、精緻な刺繍が施された重厚な着物を幾重にも重ねて纏い、色目が落ち着いているため高級な香りに満ちている。金に糸目をつけずに製作される一流作品ならではの高級感と質ーーー

対してこれは同時期に撮られた作品『隋唐英雄』。役柄は同じ皇族(武則天の甥)だが、奇抜なデザイン、布地の珍妙さや質が著しく異う。

『神医安道全』

加えて調度のこのけばけばしいこと。花は大抵造花でまかなう

『絶命卦師』

牧雲記の直前、主役を務めた『絶命卦師』。抱いているのは公主(皇帝の娘)。既存の建物もそのまま使う。コンクリートの床、剥げた塗料など。
それに比べ

都いちの高級ホテルのスイート

『海上牧雲記』での彼の住処は愛する日本の香りが濃厚に漂う、風流な客桟(ホテル)。
畳に座り、障子があり、盆栽や雪洞が置かれている。
洗練された色調に、文鎮ひとつとっても拘り抜いたもの、『琅琊榜』の成功によって、中国時代劇は"作品の統一感"に注目するようになった。
"異世界"であるそこは、中国ふうでありながらどこか日本のような、そんなつくりとなった。

客桟の廊下
自室前の廊下で寛ぐ姿

牧雲徳、彼は一流の風流人でもある。
茶を淹れ香を立てるシーンが実に沢山あり、張暁晨の繊細な演技と優雅で美しい所作を堪能することができる。

セットや小道具が和風で、日本にまで実際にロケされたことは私たち日本人にとってとても嬉しいことだが、私にとってもう一つ嬉しいことがある。それは、張暁晨がとても日本のものに興味を抱いてくれていることだ。彼は日本を頻繁に訪れ、その文化やモノたちを愛してくれていることが見受けられる写真をたくさん撮ってくれている。

中国で日本の定食を食べるときもある

日本酒は中国でも愛飲し、日本へ恋人(現在の奥様)と来たさいには三味線や歌舞伎を鑑賞したり、神社仏閣を訪ねたり、日本食を食べたりしてくれている。

宝貝を膝に抱いて。後ろに浮世絵の壁掛けが飾られている
部屋には盆栽ふうの鉢植えが並ぶ。
伊豆にて
京都にて

普段着にはよく作務衣や甚平を持ち前のセンスで重ね着し通年愛用していたりもする。
観光目的で訪れる他の俳優とは明らかに異う。
のんびり和風を味わっている、そんな風情が写真から伝わってくる。
私が偶然愛した俳優は、偶然日本を愛してくれている人だったわけである。
これで愛が深まらない訳がない。

『海上牧雲記』は中国ではない異世界が舞台だ。
その異色性を出すために、和風のテイストが随所に取り入れられている。
皇宮の庭園や外構は、だから彦根城で撮影されたのだ。

彦根城でのロケシーン
畳、襖、欄間、床の間のある庵
朝堂は千畳敷、座布団と脇息が置かれる
玉座には寺院を思わせる屋根が

インタビューで、一流の脚本、美術、小道具、衣装、俳優たちに触れながらの撮影は、どんなに長丁場になろうとも胸踊る時間だった、と感動した様子で語った暁晨。
そんな彼が興奮したのは、そうした目に見えるものだけではない。
自分の演じる牧雲徳というキャラクターをとことんまで掘り下げ、解釈し表現してみせたその力量。
一流の俳優らに何ら引けを取らない、確かな演技で牧雲徳を非常な説得力を持って目の前に"生きたもの"として現したのだ。
牧雲徳は今まで演じたキャラクターのなかで一番好きだ、と言う。

これから張暁晨が魂を込めて演じ抜いたこの牧雲徳の全てのシーンを、私の持てる愛を存分に込めてご紹介してゆきたいと思う。

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