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内木の憂鬱<チンプイ後日談>



エリが苦手とする教科(ほぼ全部だが)の勉強を終えて帰宅。
模試でどこまで成績を伸ばしてくれるだろうか。一緒の大学に合格するのは叶わないが、近くの女子大を目指している彼女を応援したい。
内木自身は志望校のA判定もらっている。もう少し英会話に慣れれば海外の大学も・・とは思うが、エリと離れてしまうのは避けたい。宇宙飛行士を目指すのならば海外という選択肢がマストではあるのだが・・1年ほど海外留学も計画しているが、どうなることやら。

「ただいまー」
「おかえりなさーい。夕飯出来てるわよー」
いつも通り自分の部屋の扉を開ける。なにげない毎日だが、今日はベッドに腰かけている人物にギョッとする。
『お帰り、待ちくたびれたよ。』『んもォ!殿下をお待たせするとはァ!』
マール星の連中と付き合って何年も経つ。突然の訪問には慣れっこではあったが、今回は大物だ。
「・・・ルルロフ」「お越しの際は連絡していただければ、部屋も片付けておいたのですが」
旧知の仲となった二人であったが、立場上直接会うのはこれが初めてかもしれない。
『気にしないでくれ、僕たちの仲ではないか。ワン大夫、下がっていいぞ』
『ハハッ。内木様、くれぐれも粗相のないようにお願いしますゾ』主へ深々と一礼し、フワッと窓から出てゆく老犬。肉視できないが屋根の上ではマール星の親衛隊が待機しているのだろう。
「本日はどのようなご用件で?パートナーを決めるのはエリくん次第だと何度も話し合ったではないですか。無論ボクは自ら引く気は毛頭ありませんがね」
正直、自分の存在自体無かったことぐらい朝飯前にできるマール星の技術力は判っていた。だが、ルルロフは対話にて解決を望んでいる。今までは・・
『そう緊張するな。エリさまが、キミに心を寄せているのは把握しているし、マール星の力を知りながら一歩も引かないキミの胆力は素晴らしいと思ってるよ。よきライバルであり、よき友としてこれからも付き合っていきたい。』
取り急ぎ、命を奪われるわけではないと内心ホッとする。
『だが友よ。そろそろ我が妃を本格的に迎え入れたいのだよ。国民の期待に応えねばならない。』
「ですから殿下・・・ルルロフ、キミほどの名君であればエリくんでなくとも、マール星の人々は納得してくれるだろう・・この話はもう飽きるほどしてきた・・なにをする気だ?」
『星の決まり事ではあるが、僕もエリさまを愛しているのはこれからも変わらない。ここで1つ提案をしに来たんだよ。キミにも悪い提案ではないと思うんだがな』
「・・・脅しなのか?」
『そうとっても構わないよ。ただ、臣民を統べるものとしては敬意を忘れたくない』
ルルロフの器の大きさは長い付き合いで親友と呼べるほどに感じていた。
『キミはキミであれば良い。』
「?どういうことだ?」諦めるというわけでは無さそうだ。
『因果律を操作する。なに、少々予算がかかるらしいが、エリさまが快く我が元へ嫁いでくれるのであれば国民も納得してくれるだろう』
「・・なんだって?先走るなよ!因果律・・もしかして・・」
『ふふふ、察しが良くて助かるよ。キミの人生は僕の一部になる。安心したまえ、キミという人格になんら変化も無い。僕がキミになるという方が正しいかな?大がかりな科法になるからもうしばらくかかるけどね』
途方もない話だが、事実だろう・・執念なのか?責務なのか・・だけど・・
「ま、まってくれルルロフ、ボクは・・納得できない・」
『ほほう?最大限に譲歩しているんだよ?こちらとしても?はっきり言ってしまえば、エリさまの気持ちは3割程度僕の方にも向いていると確信している。物騒な話、因果律でキミの存在を消してしまえば僕が幸せにする自信がある。』
「そこなんだルルロフ・・」
『?そこ?いったい何が問題なんだね?』
「・・マール星での倫理観についてはこの際置いておく・・ボクは男で、キミは親友だ。」
『ほう?聞こうか』
「勝手に因果律を操作すれば済むことを・・ボクの了承を得るために説明するのは、この申し出を断る理由もなく、キミの勝ちだ」
『フムン・・勝ち負けは気にしていないがそうなるかな?』『エリさまの幸せを優先した提案なんだが』
「キミと比べれば、ボクなんてのはちっぽけな存在だ。宇宙飛行士になれないかもしれない、エリくんを幸せにできないかもしれない・・それでも男だ。ライバルである、ルルロフ、キミの提案を受け入れられないプライドもある。キミがボクになる?冗談じゃない!完全にボクの負けじゃないか?」
『なるほど、その視点では考えていなかった。』
「・・そう、キミに勝てるわけがない。でも並んでいたい・・身勝手なんだよボクは。」
『だからこそ、受け入れてくれないかな?友よ』
「・・ダメだ、それだけは・・そこでボクから提案だ・・」
『引き下がれ・・・では無いのだな?面白い。』
「この案は不確定な未来、お互いが努力を重ねる必要がある・・ボクも、キミも、そしてエリくんもだ。」
『なんと!エリさまも巻き込むとは。興味深いな』
「ルルロフ・・キミはボクとなれ・・ボクもキミになる」
『?それはこちらの提案を受け入れるということかな?』
「いや、ひとつになろう。それは許される道では無いかもしれない・・エリくんが受け入れてくれないかもしれない・・痛みを共有しよう。マール星の技術ならできるはずだ」
『二心同体ということか?・・・面白い提案だが、いずれ精神が同化することになるのは判っているんだろうね?』
「ああ、そのぐらいの覚悟を持たないとキミと並ぶことはできない」
『少々こちらに不利な提案ではあるが・・受け入れなければ、キミは納得しなさそうだな』
技術的には因果律を操作することに比べれはなんてことは無い・・内木の真剣な顔を見つめるルルロフ。
しばし静寂の末、マール星の王子が口を開く。
『わかった、分かち合おう。上手く事が進めば幸せは三倍だろうし。』
まさか・・受け入れるとは思わなかった。
「ボ、ボクは平凡な地球人なんだぞ?」
『それがどうしたというのだ?数多の星系を統治する長になる余が、一人の友を受け入れれないほど了見は狭くないぞ?それとも臆したか?』『それにキミだって宇宙に出たいのだろう?渡りに船ではないか』
倫理観がズレているのか・・いや、絶対的な自信だろう。ここで引くわけにいかない。
「まず、話し合おうじゃないか。こんな途方もない話だけど、ボクらはもう離れられない運命なんじゃないかと思うんだ。エリくんは納得してくれるか不安だが・・」
『そこは根気よく説得しようではないか。なにせ融合まで100年はかかるであろうし。』
「・・・はは、殿下の粘り強さは骨身に染みておりますよ」

模試が終わるまでエリくんには黙っておこう。どっと疲れが押し寄せてきた内木は殿下の座っていたベッドに倒れこんだ。



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