編み物

母が最近編み物を始めた。楽しいらしく、いまはわたしのアームウォーマーを編んでくれている。

その話を昨日友人にしたら、彼女も編み物をするひとだった。高校の家庭科で2年間、かぎ針編みと棒針編みを1年ずつ習ったらしい。

家庭科の授業でミシンを壊し、居残りは常連、エプロンの縫い目につけられた点数が自分の過去最低点を記録していたわたしからすると、なんてハイレベルな学校だと思ったが、編み物をする時間の贅沢さについて語る彼女を見て、いいなと思った。

存外本気で勧めてくれていたらしく、何をつくるのかまで考えてくれていた彼女は、ふと何かを思いついた顔をして言った。

「あの、ゆずかさん、一気に仕上げようと思ってないですか。編み物っていうのはちょっとずつやるものなんです。1日でまとめて片付けるものではないんです」

わたしはまだ何も言っていなかったのに、心中見透かされた気がした。

「途中のままにしておくと気持ち悪いというか......やり終えられないんじゃないかって怖いんだよね」

言いながら、これでは宿題と同じような扱いになっているじゃないかと気づく。夏休みの宿題を、夏休みが始まる前に終わらせようとしていた小学生の頃に戻っている。ちなみに、大学生になってからは課題はだいたいぎりぎりにまとめて片付けている。

「なんでそんな......編み物は倒さなきゃいけない敵とかじゃないです」

笑いながら彼女は言った。編み物ができる側のひとは、きっと何かを毎日こつこつ続けることができるひとなのだろう。その時間を大事にできるひとなのだろう。わたしは心底うらやましいと思った。編み物、やってみようかな。

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