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えだゆき

木の枝に積もった雪って、というか雪が積もった枝かな、すごく好き。枝の細くて、でも折れない強い黒色が際立つから、心の輪郭までなぞられたような、切ない気持ちになる。そういう枝に、えだまめをリスペクトしてえだゆきという名前をつけたい。

今朝はそればかり目に入って、ひとりでどこかへ行ってしまいたくなったので、一山越えて落ち着くことにした。大学の裏の山。子どもの頃、某漫画の影響で、裏山っていうのは昭和の世界にしかないんだと思っていた。ドラム缶の寝転ぶ空き地がもうないように。でも違った。空き地は潰せても、住宅地に近い山を切り崩すことはそう簡単ではない。たぶん。

この山はひとりでばかり行っている。1回生の夏休みに、物語を書くきっかけが欲しくて行ったのもこの山だった。山を東側に越えると、そのとき見つけた、京都でいちばん好きな道がある。けれどもそちらへ行くともう帰れないので、仮にも受験生であるわたしは山を南から北に渡ることにする。北側に家がある。あとお気に入りのパン屋も、山を降りてすぐのところに店を開けているはず。今日はクロワッサンを朝食にしたい。

ぽたりと雫の落ちる音がする。朝9時をまわって、雪は溶け始めている。魔法が溶ける音がぴちゃぴちゃ響く。わたしは早足で山道へ入る。まだ雪の残る方へ。えだゆきが広がるほうへ。

誰もいないように感じられる山は、きれいで、静かで、少しあぶなっかしい。歩いているとかさりと擦れる音がして、びっくりして動きが止まる。動物を見たことはないけど、何か住んでいるのだろうか。

わたしは山道を駆け上がる。息が上がる。でも冷たく澄んだ空気を吸い込むのはぜんぜん苦しくない。お出かけ用の靴の裏で、溶けかけの雪が泥と混ざっている。何やってるんだろ、自分。そう思い始めると、楽しくて仕方がない。

頭の中ではセカオワの曲が流れている。純白の雪が降る、ってはじまるやつ。誰もいないし歌ってしまおうか、と思う。鼻歌くらいならいいんじゃないの。でも、万が一誰かがやってきたとき、相手にこの雪景色以上の何かを記憶してほしくないのでやめた。

ひとりとすれ違うと、しばらく次はないような気がする。どうしよう。雪がきれいとわらうのは、でもいいけどな。口ずさみかけて、曲がり道でやめる。繰り返すうちに、山を降りていた。

えだゆきはもうなかった。大学に止めっぱなしにしていた自転車を拾って、わたしは家に帰った。



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