押し花便箋

Ghosts of Memory in Library -書架に棲む双子の幽霊-

あるところに、双子の少女がおりました。ふたりで向かい合うと、まるで鏡を覗きこんでいるようにそっくりでした。

小さな頃から、ふたりは互いのことにしか興味を持てません。
友達もいませんでした。人形にも、仔猫にも見向きしませんでした。恋もしたことがありません。
けれど、本だけは特別でした。ふたりは本を愛していました。古今東西の作家の物語。ディキンソンの詩の静謐さ。ディケンズの物語に出てくる美しいミス・ハヴィシャムの不幸には、何度読んでも夢中になりました。
お屋敷の図書室はささやかでしたが、それはそれはすばらしかったのです。
時には、誰も開かない退屈な書簡を束ねた分厚い記録簿の頁のあいだに、摘んできた小さな野の花をそっと挟んだりして…
ひとつのカウチに寄り添って座り、愛した本を抱えて、ふたりはとても幸せでした。
毎日が、とてもシンプルでした。

いつもより菫が咲くのが遅く、バラの蕾がいつまでも固い春の日でした。
双子は16歳になりました。
ふたりともとても美しかったので、彼女たちと結婚したいと考えるひとはたくさんいました。でも、双子は結婚なんてちっともしたくありませんでした。
他人が発する言葉は外国語みたいによそよそしく聴こえましたし、なにより、お互い以外の誰かと同じベッドで眠るなんて──ましてやそれ以上のことなんて、まっぴらごめんだったのです。

その年の冬、お父さまは娘たちにそれぞれ婚約者を決めました。
そのことを知った夜、図書室のカウチでいつものように肩を寄せ、双子は口ぐちにいいました。
「信じられないわ」
「まるで悪夢のよう」
暗い図書室の物書き机の上で、ふたりの怒りをあらわすように、金の燭台の蠟燭の火が大きく揺れます。

二人は、ふと見つめ合いました。

ひとりがいいます。
「ねえ、わたしの考えてること、わかる?」
もうひとりがいいます。
「あなたこそ、わたしの考えてること、わかる?」

その晩遅く、お屋敷は火事になりました。
あの図書室が燃えていました。なにもかも灰になりました。素晴らしい詩集の数々も、押し花を隠したあの帳簿の束も。
双子は、火事で死にました。
お父さまとお母さまは、その死を心底嘆きました。まあたしかに、時々は、理解に苦しむこともある娘たちでした。ですが、それでも我が子を愛していました。

涙を流す彼らのかたわらに、双子の幽霊が立っています。
かすかな、ヤコウタケのきらめきのような微細な光を肌に帯びて。
生きている時とおなじように、レースの寝間着の腕を相手の腕に絡めながら。

「仕方なかったの、お父さま」
「仕方なかったの、お母さま」
「わたしたち、自分の人生をあまり複雑にしたくないのよ」
「そう。いまのままで、とても安定しているの」
「いたの、というべき?わたしたち、もう死んだのだから」
「どうかしら。生と死の連続性の問題ね」
「それに関しては、ほら……想像以上に、なめらか」
「期待以上に、自然」
「断然、気に入ったわ」

こんなふうに、少女たちの会話は延々と続いていきました。
その声は、お父さまにもお母さまにも届きませんでした。

愛した本が灰になってしまったことだけが、双子のただひとつの後悔でした。
死んだあと、もしもふたりが離れ離れになっていたら、それこそが一番の後悔だったでしょうが、さいわいその点は問題なさそうです。
天井まで届く書架。
小鳥の羽のように柔らかいブラシで、よく手入れをした本たち。
虫喰いにならないよう、季節ごとに書架から出して、丁寧にお日様にあてたのも彼女たちです。

「ここにはもう、本がないのね」
「つまらないわ」
「ほかへいきましょう」
「そうね。どこか──居心地のいい図書室を、探しにいきましょう」

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New itemのご案内
『Ghosts of Memory in Library -書架に棲む双子の幽霊-』
新作のペーパードールセットを販売します。
双子の少女幽霊のペーパードールに、彼女たちにまつわるテーマを込めたペーパーアイテムをセットにしました。
あなたの本棚に双子を住まわせてくだされば、大切な本を蔭ながらそっとお守りします(ええと、多分)。

セット内容
・ペーパードール2体「書架に棲む双子の幽霊」
・少女幽霊のお取扱説明書(写真下中央の菫色のカードです)
・蔵書票風型抜きメッセージカード × 3枚
・押し花モチーフの栞メモ × 2種類を各4枚ずつ(計8枚)

※ペーパードールはプリントになります。直筆、水彩画のものではありませんので、予めご了承ください。

予定価格:4,500円(税抜)

最初の販売は、英国とアリスのCorona Rosarum様主催の期間限定ショップ『Weekend Salon in Library』にて行います。
◇ショップの詳細はこちら↓
http://aliceexhibition.blog.fc2.com/blog-entry-1041.html

初日3/27の冒頭2時間のみ、混雑を防ぐためご予約制となります。
◇初日のご予約についてはこちら↓
http://aliceexhibition.blog.fc2.com/blog-entry-1044.html

známkaのウェブショップでの販売は、サロン終了後の四月中旬を予定しています。
幽霊になった少女たちを、どうぞよろしくお願いいたします。


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