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恋とは光の速さで感じとるもの

紫陽花が色づき始めています。梅雨に入りましたが意外に雨が少ないので、道端で見かけるどの花も少し残念そうに空を見上げています。
紫の小さな花が密集して咲く花には魅力があると思います。ヒヤシンス、紫陽花、そしてライラック。
ライラックという花からは異国の匂いを感じます。香水の原料にもなるという、香りのよい花ですね。白、赤紫、紫と、グラデーションも美しいです。
そこで、新作のペーパードールのために、初夏に始まるこんな物語を想像しました。

リラの恋画像1

 お母さまに連れられて、大きなお屋敷のガーデンパーティーに連れてこられた少女は、ほんの少し居心地の悪さを感じています。
 着慣れないよそゆきのワンピースとボンネットが窮屈です。
 知らない人とたくさん会って、お行儀よくご挨拶をして、「機嫌の良いお顔を心がけなさい」なんてお母さまから耳打ちされる…そんな場所は、心底苦手なのです。

 知らず知らずのうちに、少女はひとけのないお庭の裏手の道をひとりで歩いていました。
 手にはバスネットと、「お屋敷のご主人に会ったら、お礼を言ってお渡しなさい」と言いつけられているライラックの花束。さっき、遠目にその“ご主人”を見かけたけれど、物怖じして渡せずに、まだ手の中に持っています。
 見知らぬ場所で、馴染みのあるものは胸に抱いた紫の花の香りだけ。今朝まで、自宅のお庭に咲いていたものです。
「ごめんなさいね。ほんとうは、切りたくなんかなかったのよ」
 初夏の風が少女の靴下の脚のあいだを抜けてゆきました。足元に目を落とすと、午後の光に自分の姿が影となって地面に落ち、一歩先を歩いていくようでした。

 ふと顔を上げると、道の向こうから一人の少女がこちらへ向かって歩いてくるのが見えました。
 会ったことのない、知らない少女でした。
(あの子も、パーティーから抜け出したのかしら)
 彼女のよそゆきのボンネットとワンピースも、窮屈そうにみえます。

 すれ違う時、彼女と目が合いました。
(あら。なんだか鏡を見てるみたい)
 だってバスケットも、その中から顔を覗かせているくまちゃんも、腕の中のライラックの花束までがおそろいです。
 新鮮な花の香りがしました。嗅ぎ慣れた自分の家の庭の花とはどこか違う香りです。
 うっとりするような、清々しさ。
 その時、視界のすみっこで少女の髪のリボンが風に揺れました。

「ねえ」

 呼び止められて、少女はびっくり立ち止まりました。
 振り返ると、知らない彼女は少し首を傾げながらこちらを見ていました。
「それ、貴女のお庭で咲いた花?」
 とっさに頷くと、相手もなぜか頷きます。
「ベル・ドゥ・ナンシーよ」
「あら、うちも。でも不思議ね。わたし、そちらの匂いのほうが好き。うちの庭のよりも素直な香りがするわ。よかったら、わたしの花と交換しない?」

 眩暈がしそうになって、少女は目を閉じました。
 なぜって、まったくおなじことを、その時少女も考えていたからです。

 少女たちは花束を交換しました。そして、お屋敷のご主人には渡しませんでした。
 いまからずっとのちに、ふたりは自分たちのこの出会いのことをこう呼びます。

 “リラの恋” と。

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新作の箱入りペーパードールのご紹介です。
どちらも直筆水彩画を切り出して作っており、手製の箱に入った一点ものとなります。画像2

7/1からの英国とアリスにて委託販売をします。
※二体セットではありません。それぞれ一体ずつ、箱に入れて別々に販売いたします。
サイズ(身長)はボンネット込でどちらも14.5センチ前後です。

ドールの付属品
・ライラックの花束
・バスケット
・テディベア

『リラの恋・I』画像3

『リラの恋・II』画像4

紫のライラックの花言葉は “The first impressions of love”。
つまり、初恋です。良い出会いをした少女たちに祝福を。

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