アドベントリレー小説 総集編

2021年の12/1から始まり12/25に終わる、25名で紡ぐリレー小説企画です。企画詳細はこちらからご確認いただけます。
https://adventar.org/calendars/6460
 この記事は総集編記事となっています。作者の区切りを表記していますが、文章としての区切りではないことがあります。また、段落や空白などは記事の形態によって異なりますが、原作に準拠して記載しています。より正確な表記でお楽しみになりたい方は、上記サイトから各記事を順に読むことをおすすめいたします。


緋色のヒーロー


#1

「…から発達した…の影響で…東地方で…日未明より…年ぶりの…リスマスと…つづいてのニュー…」

ピロン。

スマホの通知で目を覚ました。寝惚け眼で正確な時刻がよく見えないが、仮眠に失敗したことは明らかだった。布団を頭まで被り、軽く絶望した。でも、

「でも、今日のバイトが終われば…!」

ひっそりとにやけた後、すっと起き上がり身支度を始めた。

「じゃあ、山下くんはこれを着てね。」

現場に着くと渡されたのはサンタの衣装。ドンキで買ったような安物なのだろうが、それにしてもひどく色落ちしている。なんと表現すればいいのだろう。小豆色?臙脂色?いずれにせよ今の自分にとても似合ってしまうのがなぜか悔しい。

でかすぎる帽子と髭で狭まっている視界で辺りを見渡す。ただでさえ目眩がするほどの電光掲示板の上にさらにイルミネーションが飾られている。渋谷のクリスマスはにぎやかで、騒がしくて、そして…毎年代わり映えがない。

俺は今年もこうしてティッシュを配りながら年越しを迎えるのだろう。真紅のドレスを身に纏った女性が歩いている。あの女性はこれからパーティーだろうか。

などと考えていると、その女性が俺の目の前で立ち止まった。

「ひろし…くん?」

「もしかして……ちひろ?」

#2

マスク越しにでも、ちひろだとすぐにわかった。きゅっと目を細めて笑う顔は、最初に出会ったあの日からずっと変わらない。

「バイト中?元気してた?いま何してるの?あ、バイトか」
冷たいプラスチックにこもる声。いっぺんにたくさん話すせいで、マスクの目のところが白く曇っている。
「今年もこうしてプレゼント配りだよ。それよりドレス、すごく似合ってる」
「やるねえ。キミのおひげもよく似合ってるぞ」
そう言いながらひげをもしゃもしゃさせる。させすぎだ。
「あとでゆっくり話しようよ。バイトが終わったら連絡する」
「オッケー、バイトがんばれ」羽織っていたショールを掴みわざとらしく肩をすくめ、じゃあね、と手を振って渋谷の街へと彼女は戻っていった。その後ろ姿を、見えなくなるまで目で追った。
ずっと息が上がっている。手のひらが汗をかいている。腕時計をみる。午前十時五十分。時間通りだ。ここで会うことは分かっていたけど、まさかドレス姿だとは思わなかった。
このバイトが終わったら、おれは──

誰もいない休憩室に戻る。すぐにOKされたけど、ドレスを着ていくほどの用事があるのに、俺なんかのために時間を作ってよかったんだろうか。
帽子とガスマスクとひげを取り、ロッカーにしまう。つけっぱなしのテレビが、今年一番の寒波の訪れを告げる。今日も、あの日と同じ、きれいな青い雪の日だ。

#3

あの日…忘れもしない。日本に初めて「青い雪」が降った日。人々は初めて見る幻想的な光景に心を踊らせた……《あの症状》が起きるまでは。

この青い雪には「██████」が含まれており、口にしたり吸い込んでしまった者は錯乱状態に陥ってしまい、日本中にパニックを引き起こした。日本政府は対策として全国民に高性能ガスマスクが支給し、外に出る際はそれをつけることが今の世で生き抜くために必要なこととなっていた。

ぼーっと考えながら、上がりの時間まで後どれぐらいか、早まる気持ちを抑えつつロッカーの中に置いた自分の手荷物を覗く。1秒、また1秒と減っていく赤いセグメントの表示を眺める。

このバイトが終わったら、俺は━━━

この世界を、やり直すんだ。

この何も変わらない、退屈な世界を、俺の手で。

「おーい、休憩終わってるぞ〜!」
バイトリーダーに呼びかけられ急いでサンタの格好、そしてガスマスクを身につける。

「今行きます〜!」

緋色のヒーローは今日、渋谷の街に見参する。

#4

「青い雪」に曝露した者は、永劫に囚われる。意識だけがループする。
ごく微量ならば、その周期は長く。大量に摂取すれば、その周期は短く。
曝露者に配布されるアズールカウンターは、「巻き戻ってしまう」タイミングまでの残り時間を表示するものだ。

そして――「緋色のヒーロー」は、この「青い雪」に対抗する現象である。
どこからともなく現れた彼ら・彼女らは、その身に秘めた緋色の炎で、曝露者を焼き焦がす。「雪」の成分を、完膚なきまでに、概念ごと消し飛ばす。時間のもつれを正常に戻してゆく。

ヒーローは慈善事業。不運にも時間の檻に囚われてしまった魂たちを浄化し、"ただしい"輪廻に戻すことが正義である――
そう信じているから、彼らは性質が悪い。非曝露人には作用しないからって、力任せに街を丸ごと焼き払うとか、あいつらは平気でやる。こっちの事情なんてお構いなしだ。

俺はまだ、焼かれるわけにはいかない。

だって俺は、あいつを――あいつを、助けないといけないから。

#5

 何も、あいつは昔からああだった訳ではない。いつだったか喋ったのを覚えている。確か、沈む陽がやたら眩しい午後だった。

 

「赤は主人公の色だと思ってたんだ。燃えるみたいな情熱とか信念を貫いた正義の色だって、だから必死でここまでやってきたよ。おれはみんなを救うヒーローになりたかった。主人公になりたかったんだ」

 

 あの時、俺は何も言えなかった。何か言えたとして、あいつの心を動かすことはできたんだろうか。

 

「でもさ、真っ赤な嘘って言葉があるじゃんか。だったら情熱とか正義って嘘なのかって思って。考えてみれば、ヒーローって、目に見える被害が出てからしか登場しないんだよ。おかしいよな、みんなを救うよりも別のことのほうが大事なんだ、きっと。じゃあ、おれが憧れていたのはただの嘘つきだったのかな。それとも」

 

——おれが嘘つきってことなのかな?

 

 気を落ち着けるために目を閉じる。揺れるショールのラメが、いやに鮮明に浮かんだ。

#6

『このドレス綺麗だな。×××に似合いそう。お前もそう思うよな?』

『ほら。やっぱり似合ってる。流石俺!』

『ずっとこの時間が続けばいいんだけどなぁ……。」

『おいなんでこんなことしたんだよ!』

『俺のなにが悪いんだ!お前が……お前らがそう願ったんだろ!』

『お願い……お前だけでも逃げてくれ……。』

「――っ!」

街の喧騒が「早く元の世界に帰ってこい」と私の肩をゆすってきた。

私が今どんな顔をしているかなんて誰にも分からないから、みんな私を[異常なし]とみなして通り過ぎていく。
頭でっかちな仮面のせいで遠目で見ればもう誰かなんて分からない。
街行く人々は無個性の塊だ。

こうなったのも全部アイツのせいだ。
アイツのせいで関係ない人が巻き込まれ、死んでいった。
しかも自分は全部忘れたふりをして、被害者ぶっている。
それがずっとずっと許せなかった。

私は宣戦布告のヒールを高らかに鳴らし、目の前のくすんだ偽善者の名を呼んだ。

「ひろし…くん?」

思い出せ。お前が壊した世界を。
この世界なんてたった一人の我儘で簡単に崩れていくんだよ。

私は光がなくなったショールをぎゅっと握りしめた。

#7

アイツは私を“ちひろ”と呼んだ。


思い出させてやりたくて敢えて着た真紅のドレスは、私をちひろにより近づけただけだった。元より声は聞き分けられる人がいないほどそっくりで、表情や仕草まで私のほうから寄せたのだから、そう呼ぶのも無理はない。ただ私が、ほんの少し期待した、それだけ。


呼ばれた名に否定も訂正もせず、ちひろがしそうな行動をとった。忙しなく浮き上がる吹き出しが見えるかのようにぽんぽん喋ったり、ちょっと多めにどうでもいいイタズラをしたり、私の記憶の中の彼女が動くのに任せて演じた。


「あとでゆっくり話しようよ。バイトが終わったら連絡する」


アイツから誘ってきたのは予想外だった。褒める対象である他に、アイツにとって意味を持たなかったドレス。私がそれを身につけている理由に辿りついていないのなら、クリスマスにドレスを着た女性の行き先か用事くらい考えてほしいものだ。とは言え、今回に限っては好都合である。アイツを探しに、そして誘いにここへ来たのだから。


「オッケー、バイトがんばれ」


はやる気持ちを表に出さないよう、できるだけ軽く返答する。背を向けて離れていく間も、しばらくアイツの視線を感じていた。私ではなく、ちひろを追っているであろう視線を。

――ずっとこの時間が続けばいいんだけどなぁ……

当時の私は、他愛のない会話の中で放たれたその言葉に違和感を覚えることができなかった。隠された熱を拾い上げることができなかった。


時間はヒとたび過ぎれば戻らぬがゆえに貴重なのだ。白く、あるいは青く輝く雪のように溶けてゆくからこそ美しイのだ。循環を、さらには永遠を求めるとは、なんて愚かな思考だロうか。

#8

姉のちひろは、底抜けに明るく、社交的で、そしてよく笑う女の子だった。
アイツがちひろに惹かれていったのも、まあ無理もない話だと思う。ちひろの良さは私が1番知っていたし、そんなちひろのことが、私も大好きだったのだから。

高校生の時、3人でクリスマスを祝ったことがある。祝うといっても、折り紙で作ったオーナメントを飾り付けた教室で、近所のコンビニで買ったケーキを食べるくらいの簡単なものだ。思えば、アイツはこの時も浮かれた赤色のサンタ衣装を着ていたっけ。ちひろがアイツのひげをしきりにもしゃもしゃさせて、ずっと楽しそうにしていたことは覚えている。

そう、クリスマスは嫌な思い出ばかりではなかったはずなのだ。家族や友人と遊んだ思い出や、――苦い思い出も含めて、決して忘れてしまいたくなるようなものではなかった。

――あの日、日本に「青い雪」が降り注ぐまでは。

喧噪を掻き分け、ただひたむきに目的地へと向かう。

今日私は、私の――私だけの目的を果たすために、動く。

#9

19時48分。

『終わった!20時ハチ公前でいい?』

定刻通り。20時までのバイトなのに今連絡があるのは、クリスマスで人出が増え、さらに寒さで体調を崩す人が多くて早めにティッシュが捌けるから。知ってる。この後アイツはコンビニで150円のチョコレートを買って、20時ちょうどにハチ公前に現れる。くたびれた安いサンタ服で。

私は胸の内で燻る炎を抑える。

───────────────

19時48分。

20時上がりのバイトが早めに終わる。いつも通りに。

俺はちひろに連絡する。20時、ハチ公前。彼女はまだあのドレスを着ているだろうか。サンタ服の上からダウンジャケットを羽織り、ポケットの中の感触を確かめる。それを握りしめて、俺はまっすぐハチ公前に向かう。


ハチ公前で少し待っていれば、遠目に真紅のドレスが見える。積もった青い雪に、行きかう黒い群衆に、燃えるような赤がよく目立つ。その影が、ふと立ち止まったかと思うと、


渋谷の街にサイレンが鳴り響いた。

#10

時間干渉性青色物質散布事件(通称「青い雪」事件)対策本部
活動報告 ID:08051915 名:██████
情報隠匿処理 済

監視対象者:山下ひろし
日付:██回目の12月25日

9:45
布団が少し動いたのを確認。目を覚ましたようだ。
枕元に置かれている目覚まし時計に手を伸ばす。

9:55
10分経過したが、布団から出てくる気配はない。動きもほとんど見られない。

10:17
布団がまくられる。サイドボードに置かれたスマートフォンを手に取る。
どこかに連絡を取っている様子はない。
そのまま数分間、カレンダーアプリやチャットアプリを確認。
その後、再び布団をかぶる。

10:32
動きがない。眠ってしまったようだ。

14:18
起床。外出準備を整える。バイトに向かう模様。

16:40
例の女との1度目の接触。気が付いている様子は見られない。

19:48
いつも通りバイトが終了。何者かと通話をしている。
予定通りならば例の女に連絡を取っているはずだ。

19:59
寸分の狂いもなく時間通りに例の女が現れる。
山下ひろし、例の女、黒い███の群衆、青い雪、██████空。
条件はそろった。██████████を開始する。

#11

OP主題歌「プロミネンス」

青き日の約束 決して忘れない
君が忘れ 世界が忘れたとしても
赤き日の決断 決して間違えない
僕がたとえ 世界の敵になったとしても

緋色のヒーロー
(タイトルロゴ)

いつもの日常は 誰かに作られたもの
交わす言葉は 君とすれ違うばかり
(渋谷から見上げる青空のカットからスクランブル交差点にティルト)

灰色の街並み 君はどこに行く?
僕は追いかける 世界のウラに行くとしても
(曇り空の渋谷スクランブル交差点、チヒロの後ろ姿、ヒロシが手を伸ばすも視界がガラスのようにヒビが入る)

考えつづけろ 戦いつづけろ
たとえ世界が狂った<リセット>したとしても
(渋谷を走るヒロシは周りから睨まれる、ヒロシの所に駆けつけるタイチとカナコ、ヒロシから赤い炎が出て反時計回りに渦を巻きながら暗転へ)

青き日の約束 決して忘れない
君が忘れ 世界が忘れたとしても
赤き日の決断 決して間違えない
僕がたとえ 世界の敵になったとしても

ーーーーーーーー

「お待たせ!ちょっと遅れちゃったね……待った?」

「ううん!私も今きたところ」

「……じゃあ行こうか!」

#12

「……じゃあ行こうか!ちひろ、じゃなくてカナコちゃん!」
「!?きっ気付いていたの!?」
ちひろに扮していたカナコは、そう叫ぶや否や隠し持っていた青い粉を俺に投げつけてきた。
「おいおい。こんな危険物質を街中でぶちまけるなよ」
「え……!?な、なんでこの粉を被って錯乱しないのよ!?」
「なぜって、それは俺が既に曝露者だからさ」

そう、本来この青い雪の原因物質である粉、蒼時硝<ブルー サンド グラス> に曝露した者は通常錯乱状態に陥る。これは意識が永劫のループに捕らわれたことで精神崩壊をした結果である。
曝露者視点では、青い雪に曝露した時点では何も気付かず当然錯乱もせず、その摂取量に応じた周期が訪れたときに初めてループが発生する。このときループ、つまり過去に戻るのは意識のみで肉体は別である。そして肉体を動かすことも出来ない。つまり、ループ中は一度体験したことをただ見ることしかできず、時間軸に変化を与えることができない。唯一変化を与えることになるのが「錯乱」である。
「錯乱」とは、精神力・SAN値・MPと言い換えることもできる心に宿る炎、すなわち 炎心<ヒート オブ ハート> が燃え尽きた状態だ。この「錯乱」状態になって初めて時間軸に変化が生まれ、肉体も意識と同じく錯乱した状態となる。曝露者以外が観測できるのはこの錯乱した状態のみで、曝露者が錯乱せずに行動していた”一周目”の時間軸を観測することはできない。
また、ループ周期よりも先の時間において曝露者は錯乱状態から意識不明へとなる。これは錯乱していても意識は周期をループし続けるため、先の時間に意識が存在しないからだ。つまり、曝露者は一定期間錯乱した後に突然意識不明となり倒れる。そのときに周囲の人間が対応できるためにアズールカウンターが配布されている。

その曝露者の証であるアズールカウンターを取り出し、カナコに見せつける。
「どうして錯乱していないのかわからないけれど、曝露しているのなら関係ない。お姉ちゃんの仇!拳銃火<ガントレット ガンファイア>!」
カナコが銃の形にした手から炎を噴出してくる。「緋色のヒーロー」の能力だ。完全なる不意討ちではあるが、俺はそれを颯爽と躱す。『蒼時硝<ブルー サンド グラス> で曝露させた後、緋色の炎で概念ごと焼き尽くす』という彼女の作戦を、俺は5ループ前に聞きだしている。
「カナコちゃん、落ち着いて話を聞いてくれ。君の力が必要なんだ!」
「うるさい!お前さえいなければ!お姉ちゃんは!」
そう叫ぶと彼女の体は緋色の炎で包まれた。それは、まさに心から溢れ出た炎心<ヒート オブ ハート> そのものだ。

一般人より 炎心<ヒート オブ ハート> の力が強い者が「緋色のヒーロー」となるわけだが、俺もその該当者だった。むしろ誰よりも先に「緋色のヒーロー」として活動したと言える。そして一番最初に 蒼時硝<ブルー サンド グラス> に曝露した者でもある。
俺は曝露の影響に気付き、能力を発動した。恐炎中<インサイド レッド>。体内で増え続ける 蒼時硝<ブルー サンド グラス> を、炎心<ヒート オブ ハート> で燃やし続ける技だ。これにより、俺は曝露者でありながら、自由に曝露を帳消しすることが可能になった。本来ループ中に肉体を自由に動かせず時間軸に変化を与えることが出来ないが、俺はこの技でループをしながら肉体の操作権を取り戻し、時間軸を変化させている。「緋色のヒーロー」に燃やされそうになったら 恐炎中<インサイド レッド> を弱め即時ループを発動させて過去に逃げやり直したこともあった。何度だってやり直す。ちひろを救うまでは。そのためにも今回は…!

カナコちゃんは、炎を駆使して渋谷の空へと飛んでいく。俺は既に知っている。これは、俺一人を殺すのに失敗したときのバックアッププランにして自暴自棄の自爆技だ。前ループはこれが回避できず、緊急ループをせざるを得なかった。ただ、今回は対策を打ってある。
「ひろしくん、お前のことだけは、絶対に許せない。百九散火<ハンドレッド ナイン スプレッド>!!!!」
上空から無数に拡散された緋色の焔玉が、渋谷一体に降り注ぐ。俺はその絶望的な技を確認し、渋谷中に仕込んだ仕掛けを発動させる。
「洪砂天<スクランブル ブリザード>!!!!!」
青い砂を抑えるのが緋色の炎なら、緋色の炎を抑えるのもまた青い砂なのである。渋谷中に仕込んだ砂が一気に噴出し、カナコちゃんの炎を弱める。ついさっき自分で「危険物質をぶちまけるな」と言ったそばからこんな無差別テロを実行するのは気が引けたが、関係ない。どうせこのループはやり直すことが確定しているのだ。

「カナコちゃん!聞いてくれ!忘れもしない、あの2019年。あの青い雪が降り、ちひろが炎に包まれ消えたあの日!俺とちひろは世界を救うはずだった。疫病が蔓延し人類が滅亡する世界を回避するためには必要だったんだ!」
「と、突然何の話ですか!疫病?そんなの知りません!」
「そう、実際に俺たちは回避することに成功したんだ。カナコちゃんが知らないこと自体がまさに成功した証なんだ。でも、想定外のことが起きて、代わりにちひろは炎に包まれ消えてしまった。俺はループの力を使って、何度もやり直して、何度も失敗している。成功させるには、カナコちゃん、君の力が要るんだ」
「ループ……?やりなおす……?」
「緋色のヒーローである君なら、俺と同じように曝露しても発狂せず自在にループできるはずなんだ。これを飲み込んでくれ!」
そういって俺は、カナコちゃんに宝石を投げる。火蒼玉<ザ ファイア>。本来ループは曝露した瞬間がループの最初になる。しかし、俺の中から抽出したこの宝石であれば、曝露よりもある程度前に戻れるはずだ。
「わかった。お姉ちゃんを助けられるなら、お前のことをもう一度だけ信じてやる」

カナコちゃんが 火蒼玉<ザ ファイア> を飲み込んだのを見届け、俺は 恐炎中<インサイド レッド> を調整する。体内の 蒼時硝<ブルー サンド グラス> 量に反応するアズールカウンターの表示が一気に進み、0を示すと同時にループが始まった。
俺は何度目かわからないあの始まりの日へと戻る。
1999年7月。恐怖の大王<テリブル- ロック クロック> と呼ばれた、 巨大な蒼時硝<ブルー サンド グラス> で出来た隕石が襲来した日へ。それを俺が一人で燃やし、燃やし尽くせなかった欠片を体内に取り込んで、世界を救ったあの日へ。

#13

トンネルを抜けても雪は降らない。「あの刻」はまだ訪れていないからだ。

一瞬の立ちくらみの後、急に右手に質量を感じる。あわてて落とさないようにバランスをとると、それは半分中身の入ったマグカップだった。
本来なら朝起きた瞬間にまで戻るはずなのだが、俺はコーヒーを飲みはじめてやっと覚醒度が閾値に達するらしい。こんな微妙なタイミングに戻されるたびに、自分が朝に弱いことを呪う。

ぬるいコーヒーを一気に飲み干して、マグをテーブルに置く。まだはっきりしない意識に、苦みが記憶の輪郭を描き出す。視界が鮮明になってきた。今俺がいるのは六畳一間の秘密基地……といえば聞こえがいいが、その実際はバカみたいに小さい窓とドアが1つずつついたコンクリート打ちっぱなしの立方体である。

今日は1999年、7月、31日。恐怖の大王は、締め切り直前に頑張るタイプだった。

壁に埋め込まれたブラウン管の前に立つと、ひとりでに電源が入り、対話型エージェントが起動する。音声認識・人工知能・音声合成ともに、当時の技術を完全に超えた代物だ。研究所はかなり予算をつぎ込んだと聞いている。

「おけぇりヒーロー!今回こんけぇで19931回目けぇめのループだな!で?進展はあったのか?」

予算を持て余したからといって、合成元の音声を大枚はたいてこの人野沢雅子に依頼するのは理解に苦しむが。上層部によっぽどのファンがいたのだろうか。

「ダメだ、また止められなかった。2019年での滅亡の回避まではうまくいったんだが……」
「ここ数回すうけぇはおんなじ失敗しっぺぇばっかりだなオメェ!ヒーロー失格だぞ!なんか対策てぇさくしねぇのか?」
「してるさ。今回はもう1人連れてきた」
「何いってんだオメェ?ここにはオメェ1人しかいねえじゃねえか」
「|火蒼玉<ザファイア>で無理やり連れ込んだもんでな。数時間くらい到着がズレていてもおかしくない」
「ひゃー!オメェが仲間を連れてくるなんて初めてじゃねぇか!そんなに強ぇやつなのか?」
「あいつの炎心<ヒートオブハート>は一級品だ、きっと未来を変えてくれるさ。到着したらロビーに案内してやってくれ、俺は先に出る」
「おめぇがアイツ以外のヒーローを信じるなんててぇしたもんだな!蒼時硝<ベレェセンデゲレセ>への暴露処理は要らねぇのか?」
「不要だ。まだその時じゃない」

エージェントに見送られながら部屋を出て、研究所のロビーへ続く廊下を歩く。カナコが来る前にやっておくべきことがある。

#14

篝火【トーチ】

そう名付けられたこの研究所は、俺が勤めていた場所だ。
政府によって設置されたこの研究所は云わば国家の暗部。公にできるような研究内容は何一つなく、それ故そこに勤める者全てにカバーストーリーが与えられ、俺も『しがないフリーター』役としての責務を全うしながら、日々研究に明け暮れていた。
運命を─それこそ俺の運命だけでなく全人類の運命すら─変えることとなったあの日も、俺はちひろと共に研究を続けていた。そう、あの日も──

俺は暗く朽ち果てそうな廊下を抜け、ロビーを通り過ぎ、その先にある中央情報集中室【セントラルドグマ】へと向かった。壁一面に広がるモニターに向き合い、手元の端末を操作する。

[認証  コード118032]
[Hiroshi Yamashita 確認]
[welcome to the Torch]

認証を終えた端末は、無数の情報をモニターに投影する。そこには、これまでのループで行われてきたあらゆる情報が記載されていた。


恐炎中<インサイド レッド>は形而上的な存在を、無理やり形而下的に取り扱うことに値する──意識下でループする己という概念を、あたかも実在のものと取り扱うかのように。
形而下的な情報であれば、それは”意識下での第三者の観測”によって記録を行うことができる。ということに気が付いたのが大体100回目くらいのループであったため、それ以降の記録しか残ってはいないのだが、それは些細なことだ。
 
ともかく、今はちひろを救うための一手を探す必要がある。
そもそも、ちひろを救えなかった原因は、まごうことなき青い粉、蒼時硝<ブルー サンド グラス>である。それならば、その元凶を取り除けさえすれば、あの事件には遭遇しないのではないか。そう思い至ったのが、約5000回前のループ。そこから数えきれない幾度の失敗を経て、ようやくたどり着いたもう一人のヒーロー。

今度こそ、全てが上手くいく。これが最後のループだ。
少しの興奮とともに手を走らせながら思いを巡らせ、ふと、ある一つの疑問が全ての思考を巻き込んだ。

青い雪が降らないのであれば。
そんな世界ができるのならば。
緋色のヒーローの存在そのものも、なくなってしまうのだろうか。
それは、とても───

思考の靄を振り払うように、俺は一度大きく伸びをし、あのすべての元凶、恐怖の大王<テリブル- ロック クロック>を完璧に燃やし尽くすための計算を始めた。
 

隕石の衝突まで、後6時間──

#15

------------------------------------------------------------
それは、本当にループなのか。
そのような考えはひろしには当然存在しないであろう。
しかし、それが本当はループではないことを知っている存在がいるとすれば誰だろうか。
そう、███である。
------------------------------------------------------------
それは、本当にループなのか。
そのような考えはひろしには当然存在しない。
しかし、それが本当はループではないことを知っている存在は誰だろうか。
そう、███である。
------------------------------------------------------------
本当にループなのか。
そのような考えはひろしには当然存在しない。
しかし、本当はループではないことを知っている存在は誰だろうか。
そう、███である。
------------------------------------------------------------
本当にループなのか。
そのような考えは当然存在しないであろう。
しかし、本当はループではないことを知っている存在は誰だろうか。
そう、███である。
------------------------------------------------------------
本当にループなのか。
そのような考えは当然存在しないであろう。
しかし、本当はループではないことを知っている存在は誰だろうか。
そう、である。
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#16

エンディングはどうする?

視線を感じて上を見る。
見慣れた研究所の天井があるだけで、他には何も無かった。

恐怖の大王<テリブル- ロック クロック>を完璧に燃やし尽くすための計算は順調だった。
今までは俺一人の力でギリギリ阻止できるレベルだったが、今回は心強い仲間、カナコちゃんがいる。
彼女の力があれば、燃やし尽くせなかった欠片を体内に取り込む必要もなさそうだ。

青い粉、蒼時硝<ブルー サンド グラス>で出来た巨大隕石。それを燃やし尽くすことが出来れば全てが上手くいく。ちひろの死が無かったことになる。

青い雪も消えるとしたら
緋色のヒーローの存在理由も。

タイムパラドックスとか?

ふと、歴史の修正力という言葉を思い出した。
過去改変のために様々な行動をしても
それがことごとく失敗するか、あるいは成功したとしてもその後に成功を打ち消す出来事が起こってしまう。
SF小説とかでよくある話だ。
だが現実では絶対に起こさせない。どんな手を使ってでも成功させてみせる。

全部が無事に終わったら、今回の経験を生かしてループものでも書いてみようか。
主人公はニートで大切な人を救うためにタイムリープする。過去で色々な人と出会い仲間を増やす……警察官とか心強いが、裏をかいてヤンキー集団を味方にするなんて手も

けたたましいブザー音で一気に現実に引き戻される。
どうやら計算が終わったようだ。下準備に掛ける時間を考えると、ゆっくりもしていられない。
早いとこカナコちゃんと合流して作戦の擦り合わせをした方が良さそうだ。
今頃、ちひろの姿を見て号泣しているかもしれない。俺も最初の頃は号泣していたが、いつからかもう泣かなくなっていた。

伸びをしながら上を見る。
19931回目の隕石が天井の向こう側から
ゆっくりと、しかし確実に近付いて来ている。

誰も居ない部屋で自然とつぶやきが漏れた。

1回くらい見逃してくれたっていいだろ?
神様。

そうすんなり仲間と合流しても面白くないよね。

#17

頭がガンガンする、直射日光が眩しい。
気がつくと私は路上に横たわっていた。
街の人々は私の姿を気にする素振りも無く、急ぎ足で行き交う。
「ここは……渋谷?」
夜に私とアイツで大暴れしたしたはずなのに、その痕跡はどこにも残っていなかった。ようやく意識がはっきりしてきたところで、私は街の様子よりもっとおかしな点に気がつく。
「みんなマスクしてない!」
いつの間にかガスマスクをつける日常に慣れてしまったが、こっちの方が普通なんだよね。
「本当にループできたんだ……」
あの時、渡された宝石を飲み込んだのは別にアイツを信じたわけじゃない。
決死の作戦が失敗して自棄になっていたからだ。お姉ちゃんのいない世界なんてもうどうでも良かった。

そうだ、お姉ちゃん。
お姉ちゃんに会える。
お姉ちゃんに会いたい。

私は急いで自宅に向かった。


「お姉ちゃん!」
家につくなり叫ぶ私の声に反応せず、お姉ちゃんは淡々と出かける準備をしていた。クローゼットから取り出したのはあのドレスだった。あの忌々しい真紅のドレス。
「あ、それはダメ!」
姉の体に触れようとした私の腕は、虚しくも空気しかつかめなかった。

準備が終わった姉は私の部屋に向かって声をかけた。
「じゃ行ってくるね、カナコ。今日は遅くなるからご飯先に食べてて」
そうだ、これが私の聞いた姉の最後の言葉なんだ。
「あれ、カナコまだ寝てるのかな?まぁいっか」

私はここにいるよ!気づいてよ!
「お姉ちゃん、行かないで……」

姿も見えない、声も聞こえない、それならば私がループした意味はなんだ?
これから世界が狂っていくのをもう一度見つめることしか、私にはできないのか?

#18

「……おかしいな」
ぽつりと呟いた言葉は、マグカップのコーヒーの中へと吸い込まれた。
ただ一人、研究所の中でカナコを待つ。
しかし、待てども待てども、一向に到着する気配がない。

「また乱暴なことしたねえ」
突然発せられたその声の元を見ると、そこにはタイチが立っていた。
「無茶のしすぎは良くないよ——自分にも、他人にも」
俺の方に歩みを寄せ、机に書類を置きながら言う。
彼が机に置いた書類に目を落とす。
もう見飽きるほどに見てきた"活動報告"の4文字が見え、俺はすぐにタイチへと視線を移した。
「……またこんな報告書なんか作りやがって」
ふっと微笑みながら、彼は俺が投げた紙を片手でキャッチする。

俺と同じように恐炎中<インサイド レッド>の使い手であり、形而下に置かれた俺のループを観測する、特殊な存在。それがタイチだ。しかし、どうやら隕石衝突時には大事な用事があるらしく、毎回タイチの協力は得られていない。

「さて」
彼は真剣な顔になり言う。
「カナコちゃんと合流できていないみたいだけれど」
「……ああ。いくらなんでもおかしい。どうなってるんだ、クソ……」
タイチは少し間を置く。
「……それなんだけどね、僕はカナコちゃんが本当は緋色のヒーローではなかったんじゃないか、と思っているんだ」

……突拍子のないその言葉に、俺は思わず呆れ顔になる。
「何を言ってるんだ? カナコが炎の技を使ってたのは見ただろ」
「いやそうなんだけどね、どうやら今の彼女の意識は肉体と分離してしまっているみたいなんだ」
「……どういうことだ?」
「つまり、意識上では自由に動けるんだけども、肉体はそれとは別に通常の曝露者と同じようにループ前の行動を行うから、意識にいる彼女は誰にも干渉できないし、同時に誰からも認知されない。そんな危険な状態になってしまったんだ」

……なんと。果たしてそんなことがあるのだろうか。いや、しかしタイチが言うのだから間違いないのだろう。

「僕はあの真紅のドレス——ちひろさんが着ていたあのドレスに、なんらかの効果があったと思っているんだ。その服にちひろさんの能力が、さながら磁化のように移っていたのかもしれないし、もともとあのドレスが特殊だったのかもしれないし。とにかく、服になんらかの効果があった。そう考えるのが今は妥当だと思うんだ」

……これでは計画が大頓挫だ。こんなの、俺がまた新しく犠牲者を出しただけじゃないか。

……俺は。

俺は……また同じ過ちを繰り返したのか?
もう時間は殆ど残されていないのに……

ちらりと時計に目をやり現在時刻を確認する。

隕石の衝突まで、後4時間——

#19

…いや、まだだ。まだ、諦めるに早すぎる。

決めたじゃないか、今回でループを必ず終わらせるのだと。あの恐怖の大王<テリブル- ロック クロック>を完璧に燃やし尽くすのだと。そして、たとえ皆から忘れられるとしても、今度こそちひろを救うのだと。もう何度目の『今回』かわからないかなんて、知ったことか。考えるんだ、今できる最善の方策を。

俺の記憶が正しければ、ちひろはあの日、深紅のドレスをまとった状態で炎に包まれて消えた。俺はそれをてっきり、ちひろの炎心<ヒートオブハート>が何らかの理由で暴走してしまっただけなのだと勘違いしてしまっていた。だが、あのドレスに緋色のヒーローとしての力を増幅させる機能があるのだとしたら、彼女が炎に包まれて消えたことの筋も通る。そして、カナコちゃんと戦った『前回のループ』での2019年のあの時。カナコちゃんの炎心<ヒートオブハート>は俺の眼から見ても、他のヒーローと比べても遜色のない、最上級のものだった。緋色のヒーローではない一般人がまとった状態であの出力なのだ。能力者であるちひろがドレスをまとっている「今」なら、あいつの炎心<ヒートオブハート>は最高潮になっているはずだ。そんなブーストアイテムを使用した状態で、炎心<ヒートオブハート>を使えばどうなるか。つまり、ちひろはあのドレスのオーバーヒート現象で自らの肉体を焼き尽くしてしまった、と考えるのが妥当だろう。

ふと、あることを思いついた。

「おいタイチ、お前はたしか錯乱現象中の意識と肉体について調べていたはずだよな。」

「ん?そうだね。」

「なら、意識を肉体じゃない物質に縫い付けることだってできるんじゃないか?」

突拍子もない思い付きだった。でも、それ以上ないぐらいいいアイデアに思えた。きょとん、とした表情になったタイチはすぐに破顔して昔からよく見た悪い顔をする。

「はは、ひろし、今回のきみは結構勘がさえてるんじゃない?」

俺はそういう知識に関してはまだ素人だが、昔研究所の論文で目にしたことがある。量子脳理論、という学説だ。脳で生まれる意識は素粒子より小さい物質であり、重力・空間・時間にとわれない性質を持っている。その物質は普段は肉体に括り付けられているが、肉体が死を迎えるととどまることができなくなり宇宙世界に拡散してしまう。そして「青い砂」での錯乱現象でも同じようなことが起こるのだと言う。通常、錯乱してループし続ける意識を拾い集めることは不可能に等しいが、今回のループでのカナコちゃんは火蒼玉<ザ ファイア>を飲み込んだ状態で、なおかつ飲み込んでも発狂していなかった。普通の暴露者とはいくらか状況が異なるはずだ。

「カナコちゃんの飲み込んだ火蒼玉<ザ ファイア>はまだカナコちゃんの中にある。よりどころを失って漂っている意識は、その青い砂のおかげでまだ肉体の近くに拡散した状態になっているはずだ。意識を肉体に縫い付けるためには器を与えてやればいい。ちひろさんがまとっているドレスが炎心<ヒートオブハート>の疑似的な炉心となりうるならば、きっと彼女の意識を縫い付けるための『器』たりえるだろうし、ドレスに縫い付けられた量子的な意識が肉体に入る可能性だってゼロではないだろうね。」

専門家のタイチの言うことだ、勝算はかなりある。つまり、これから俺はちひろを探し出し、ちひろの持っている深紅のドレスをどうにかしてカナコちゃんに着させることで、カナコちゃんの意識をドレスへととどめ置く。カナコの意識がある状態なら、恐怖の大王<テリブル- ロック クロック>を燃やしつくすことだってできるし、ちひろのドレスによるオーバーヒートだって防げるはず。

きっと、ちひろもカナコちゃんも救うことができるはずだ。

「時間がない!出かけてくる!一刻も早くちひろを探し出して、カナコちゃんと”合流”しないと!」

時計を見る。衝突まで残り4時間を切っている。急がなければ、と思い俺はカバンをひっつかんで研究所を飛び出した。

「………ほんとうに、きみは毎度毎度無茶をする。」

誰もいなくなった研究所の片隅で、残されたタイチは報告書を片手にひとりごちた。

「…………おれの苦労も知らないで、さ。」

#20

.....うぅっ......

頭に鈍い痛みが走り、目が覚める。

......気が付くと、俺は狭い牢のような場所に閉じ込められていた。

一体何が....?

........そうだ、思い出した........

ちひろを探していて......
渋谷を走り回って、ようやく見つけて.......
彼女は......この時は俺を知らないから......
仕方ないから.....蒼時硝を......
でも......何故か効かなくて.........


「.........全く、寝坊助なのは相変わらずね.....」
俺の思考は、牢の外から聞こえてきた聞き覚えのある声に、全て吹き飛ばされた。

「.....ちひろ!?」

そこにはちひろと.....タイチが並んで立っていた。
「おい、何だこれは...!?お前ら、一体......!?」
何が起こっているんだ。まるで初めてループした時のような焦りを覚える。
「君は、“気付いて”しまったんだ。
彼女が蒼時硝の被曝者であるということに......」
そう淡々と喋るタイチの表情は、既に失われていた。
.......そうだ。確かに彼女は......蒼時硝を吸収しても、何事も無かったようにしていた。
「ま、待て!だから何だって言うんだ?ちひろが被曝者だったからって......」
俺は、混乱する思考と破裂しそうな心臓を無理やり鎮め、そう尋ねる。
「.....あの“運命の日”から、色々あったのよ。」
ちひろはそう言うと、置いてあった椅子にそっと腰掛けて喋り始めた。


「ー1999年7月31日。
忘れもしない、この運命の日。
あなたは“緋色のヒーロー”として、空中で『炎洞圧縮《ファイアホール・コンプレッション》』で隕石を極限まで収縮させ、人々にそれを認知させないまま隕石を燃やし、跡形もなく吸収した。
でも、運命の神様が悪戯したのでしょうね.....ほんの一欠片だけ、蒼時硝が地上に落ちていた.....偶然にも、篝火から自宅に帰っている途中だった、私の目の前に。
それを偶然拾って吸収してしまった私は、“被曝者”となった。
そして私はそのまま引き返し、篝火の科学室にこの物質の欠片を持ち込んだ。

私が事情を話すと、科学室の連中はこの物質を警戒して重装備に着替えた。
何があるか分からないから、と......
私は意味の無いことを、と思っていたけど.....今思えば正しい選択だったようね。
彼らに誘導され、部屋に入った。
........そのタイミングだったわね。
そして、そこで初めて....『ループ』を経験したのよ。」


「......ループを?」
「えぇ。私の意識は、そこから石を拾った瞬間.....その時まで巻き戻った。」
彼女は頭を抑える。
当時のことを思い出しているようだ。


「最初は何が起きたか....まるで理解できなかったわ。
でも、意識だけ置いていかれて.....肉体は過去と同じように運動をし、再びループが始まる。
原因も分からなかった私は、“錯乱”し.....意識を失った。
でもね.....その後の時間軸で、科学室の連中が私の体内から蒼時硝を取り出してくれたの。
.......それでなんとか私は、ループから抜け出すことが出来たの。
今では“恐炎中”を覚えて、自在にループを操れるようになったわ。」


.......まさか。
あの“恐怖の大王”は、俺が間違いなく一欠片足りとも残さずに燃やし、吸収しきったはずだった。
......地上に欠片が残っていたなんて。

「まぁ、そういうことだ。.....悪いな、これは篝火の最高機密.....お前にも伝えられないことだったんだ。」
タイチはぼやくように言う。
「そんな.......でも、何のためにそれを隠していたんだ?隠す理由なんか無いじゃないか!?」
そう俺が訴えると、タイチがゆっくりと口を開いた。
「..........ヒロシ、お前は賢い。実は、もう気付いているんじゃないか?」

「何を.......」


そう言いかけた瞬間、俺の脳裏に一筋の閃光が走った。

青い雪......あの“青い雪”は、2019年に地上に降り注いだ。
蒼時硝はもう全て俺が吸収して地球上に存在しないはずなのに.....
それは、俺が隕石を消滅させ切れなかったからだと思っていた。
確かにそれは正しかった......
しかし、“蒼時硝”そのものに自己増幅機能は存在しない.....
なのに雪は降り注いだ......
それは何故か?

ちひろは......1999年7月31日から、自身の炎心に焼き尽くされた......いや、俺達がそうだと思い込んでいた、2019年の“あの日”までの20年もの間......ずっと俺達の前に姿を表さなかった。
それは何故か?

あの真紅のドレスを作ったのは誰だったのか?

そして、突如として現れたちひろと、俺が2人で食い止めたあの“疫病”の正体とは何だったのか?

何故、タイチは篝火の“最高機密”を知っていたのか?

最後に........篝火には、俺の知らない“深層”があった。

そこには、俺のまだ知らない“真相”がある.........

これら全ての謎を結ぶ、たった一つの真相が........

《.....主人公になりたかったんだ.....》

アイツの声が、ふと過ぎった。

#21

「俺は、主人公になりたかったんだ。こんな平凡でつまらない人生なんか……」

そう呟くのは、どこにでもいる、気弱そうなサラリーマン。髪はボサッとしていて、服装はだらしなくて、歩き方にも無力さが滲み出ている。
そして、そんな彼を街中の人は存在ごと消してしまっているかのように通り過ぎていく。

いつの日かの夜、上司にこっ酷く叱られて自宅へ帰る途中、彼は目の前の電子広告板を眺めていた。

──いつか小説の主人公になりたい、と思ったこと、ありませんか? そんなあなたに朗報です! 『緋色のヒーロープロジェクト』では、主人公としての体験を五感を通して二日間味わうことが出来ます! 現在ベータ版のテストプレイヤーを募集しています。興味のある方はこちらの……

心の中で炎が燃えるようだった。

……

「……ヒロシ。もう気付いているんじゃないか?」

タイチはそう言って俺を睨みつける。口調は嘲笑っているかのようで腹立たしい。

「気付いているって何がだよ。俺にはさっぱり分かんねえよ」

「そうか。なら俺から教えてあげようか」

おかしかった。タイチの声が、全身から聞こえるような感覚だった。

お前はループなんかしていない。妄想なんだよ。

そんなわけ……だって実際俺は19931回も繰り返して……

それじゃあ質問。ちひろが炎に包まれて消えたのはいつだっけ?

1999年だろ? 青い雪が降って、ちひろが炎に包まれたあの日……は2019年。いや、違う。違う!

無理もないね。違う記憶同士をパッチワークのように繋ぎ合わせているのだから。

俺は山下ひろし緋色のヒーローで隕石の落下を防いだ結果青い雪に曝露してしまってそしてちひろが消えてしまって助けるために繰り返して繰り返して繰り返してやっとカナコを仲間に入れてそしてドレスがカナコで燃えるのがガスマスクでちひろがちひろで俺が主人公で主人公で主人公で主人公で……

主人公だよな……

#22

「……って設定、どう?」
「いくらなんでも複雑すぎないか?」

「頑張れば理解できると思うんだよね。」
「いやいや、世界を救おうとした結果ループ構造に陥ったと思い込んでいる主人公が、実はループしていなくて、しかも物語の外側から干渉されていた……ってメタ構造はさすがに追いきれないだろ。おまけに固有名詞が多すぎる。」
「理解できてるじゃん。」
「それは我々が『緋色のヒーロープロジェクト』を作る側だからであってだな……ユーザーが山下ひろしの視点から全てを理解するのは不可能じゃないか?」
「どうして?」
「考えてみろ。物語世界の中に存在する登場人物が、物語世界の外側を知覚することってあるか?」
「劇とかゲームとかだったら、第四の壁に干渉することはあるんじゃない?」
「それは登場人物が本来物語世界の外側にいる観客を知覚できないはず、という共通認識を利用した表現技法だ。この共通認識を崩すのは難しいと思うぞ。」

「うーん……じゃあメタ構造を知っている登場人物を用意する?本来知り得ない情報を知っているキャラクターを登場させて、彼には物語の外側の世界と物語の中の世界を橋渡ししてもらう。二人ぐらい入れる?一人は特殊な研究員みたいな黒幕にして、でもう一人は……どんな人がいいかな?主人公の恋人とか?物語世界の外側に行った恋人を主人公が世界の裏まで追いかけに行ったら面白そうだよね。」

「それで主人公が構造を理解できるかは分からないな。試してみてもいいけど。ところで、仮に理解したとして、気づいたところでどうするんだ?」
「この真相を理解したら、恋人も世界も救えるってことにすればいいんじゃない?詳細は詰めてないけど。その辺りはアルファテストの様子を見ながら作ればいいかな、って。上手くいかなかったら設定変えればいいし。」
「はあ……ただでさえ見せかけのループの時点で設定が多いのに、どうやってこれを収束させるんだ?デウス・エクス・マキナでも使うのか?」

---

どうやら、まだ気づけていないようだな。

タイチの声が全身に響く。

俺は、主人公なのか?
俺が見ているこの世界は、なんだ?
タイチとちひろは何を知っている?

考えつづけろ、戦いつづけろ。
たとえ世界が狂ったとしても。

#23

その時、俺は一つの単語を思い出した。――『疫病』。

そうだ、カナコちゃんは『疫病』のことを知らなかった。それは俺とちひろが世界を救って「無かったこと」にしたからで…… いや違う! 2019年12月25日を境に、「疫病の蔓延している世界」が「青い雪が降り積もる世界」に改変させられているんだ! そもそも「疫病の蔓延している世界」の1999年の7月に、隕石なんてやってこなかった! でもどうして俺は隕石の欠片を取り込んだ記憶も持っているんだ? 「疫病の世界」と「青い雪の世界」、どうして俺は2種類の記憶を持っているんだ……?

――「この世界」は現実ではない……?

「疫病の世界」で、ガスマスクではない普通のマスクを着けた、疲れた姿の俺が電子広告板の液晶パネルに反射していた。記憶の中の俺と一緒に、その言葉を呟いた。

「「緋色のヒーロープロジェクト……」」

そうだ、ようやく気づいたようだね。
さて、時間も惜しいし本題に入ろう。「この世界」で最後に君がやらなければならないことは、
「カナコを救い、恐怖の大王<テリブル- ロック クロック>を燃やしつくすこと」。
そのための方法は分かっているね? ちひろ、例のものをひろしに。

「ひろしくん、これがカナコの意識を固定するための"真紅のドレス"。あの子ね、とってもいい子なの。いつもひたむきで一生懸命。ただちょっと前のめり過ぎるところがあるかしら。でもね、そんな"いい子"にはプレゼントが必要でしょう?」

「だってキミは、おひげの似合う、『緋色のヒーロー』なんだから!」

その言葉を聞いた俺は、心が熱く燃え上がるのを感じた。

今ここがどこだって構わない。
何万回目かのループ後の世界だろうが、フルダイブ型VRアドベンチャーの世界だろうが。

あいつを、カナコを救えるのは、”主人公”である俺だけだ!

その信念は、理解を超えた情報の氾濫に溺れそうになっていた俺自身に力を与えてくれた。このドレスを渡すこと、今はそれだけを考えればいい!

さあ、もう時間はないぞ。隕石衝突まで残り60分。

その言葉を背に、俺は走り出した。本物のヒーローになるために!

#24

「……さて。本当にこれでよかったのかい、ちひろは」

 ひろしが研究所を出てからしばらくして、タイチが確認する。

「うん。これでいいの。だってひろしくんは全部気付いたと思うから。真紅のドレスの正体もね」

 ちひろが消滅していないのであれば、過去のループで彼女はどこにいたのか。なぜ、緋色のヒーローではないカナコが炎心<ヒート オブ ハート>を発現できたのか。二つの疑問は、ある一つの解で収束していた。

 物体への意識固定化。

 『疫病』へと立ち向かう際、ちひろは自身の肉体を焼き尽くした訳ではない。自身の肉体を捨てて真紅のドレスへと、意識の器を移動させていたのだ。

「ひろしくんより後に被曝した私じゃ、恐怖の大王<テリブル- ロック クロック>の破壊に干渉することはできない。でも、原初の蒼時硝<ブルー サンド グラス> ─── 火蒼玉<ザファイア>で被曝すれば、ひろしくんと同じタイミングで被曝したことになる」

「そうすれば、ひろしと一緒に恐怖の大王<テリブル- ロック クロック>に立ち向かえる人材を用意できるって訳だ。その瞬間のために、一般人のカナコが炎心<ヒート オブ ハート>を発現できるよう、ドレスの中から影響を与え続けてきた」

「うん。そして、ひろしくんはさっき分かったはず。恐炎中<インサイドレッド>の本当の力についても……このループでやるべきことも」

 そう、恐炎中<インサイドレッド>は、本質的には世界をループする能力ではない。
 蒼時硝<ブルー サンド グラス>が燃え尽きる際に生じる陽炎の歪み<フレイムレート>。これによって、「意識通りに動くことができた」と、世界の観測を捻じ曲げて誤認させる、次元干渉能力である。

 観測者に見せる陽炎の歪み<フレイムレート>が大きいほど、観測に対して多大な影響をもたらす。それが恐怖の大王<テリブル- ロック クロック>を燃やし尽くして生まれるサイズならば……望むままに世界を書き換えることだってできるはずだ。

「となれば、あとは祈るしかないね。ひろしが世界のすべてを書き換えて、ハッピーエンドに辿り着くことを……」

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渋谷、20時、ハチ公前。
空の果てに恐怖をもたらす流星が瞬く中。

渋谷が青で塗りつぶされていた、あの日と同じように。

カナコの意識は、そこにいた。

#25

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