国語の先生

高校のとき、ものすごーく変わった先生がいた。

私の通っていた高校はちょっと特殊で、自分の興味のある科目を多く履修できる大学みたいなシステムだった。
ひとくちに国語科目と言っても現代文や国語総合のほかに近代文学やら児童文学やらもりだくさんで、私はその全部を履修していた。
そのため一日のうち半分くらいは国語のお
勉強ができたというわけだ。

件の先生は国語科目全般を受け持っていて、顔を合わせない日は無かった。

ダジャレ好きのおじいちゃん先生で、生徒の名前を文字ってつまらない洒落を飛ばしまくるので、みんなから失笑されていた。

私はその先生のことを特別慕っていたとか、大好きとかそういうわけでは無かったのだけれど、よく言う『おもしれー女』の『おもしれー先生』版のような感情を抱いていたように思う。

先生の授業は、毎回自分の好きな作品をコピーして生徒に配り、最後にその作品の感想を書かせるというものが多かった。わかれ道、少年の悲哀、小さき者へ…などなど日本文学の名作といわれるものを、先生チョイスで選んで私たちに読ませてくれた。

先生は生徒が感想文の中で『本当の愛とは●●なのだ』などと、本当の〜とは●●なのだと定義づける文章を書くと酷く機嫌を悪くしていた。
先生が気に入った感想文は名前を伏せてコピーしてみんなに配られるのであるが、気に入ったわりにはけちょんけちょんなのだ。

本当の〜なのだなどと断定する文章は生意気なのだと先生はよく言った。知ったような口を聞いてカッコつけるのではない!真実を軽々しく断定して語る文章など大嫌いだ!と机をトン!叩いて続きの文章を読み上げる姿は、うるさい親が見たらとやかく言いそうだけれど、私は先生のこういうところが“いいなあこの人”と思う理由だった。
私はいまだにネットで『本当のファンなら応援してあげるべきじゃないでしょうか』『それは本当の愛とは言えません』なんて文章を見ると、これは先生に怒られるぞ…とくすくすしてしまう。

私は当時から太宰治が好きだったのだが、先生はアンチ・太宰治だった。
太宰の文章はカッコつけだというのだ。洒落込んだ太宰の文章より、芥川の方がよほど気持ちが良いのだという。
太宰もたまには授業でやってくださいよ、と言ったら『私は太宰が好きじゃあない』と断られた。にべもない…!
一度だけ、太宰でこれだけは好きなのだと言って晩年の中の一作を取り上げてくれたのだが、なんで先生はその作品だけ許せたのだろう。聞けば良かったが、うっかり聞くのを忘れていた。

先生はそんなふうに文学にうるさいように見えて、先程記した通りダジャレなんかを好むユーモアあふれる人で(そのギャグが面白いかどうかは別として…)、私と友達は休み時間に先生を訪ねてはよくからかっていた。

スマホどころか携帯も持っていない先生はポケットに懐中時計を入れていて、わたしたちと話し込んでいるとふとポケットから時計を取り出して『いけない授業の時間です』などと言ってピューーっ!!!と走って行ってしまうのだった。
私と友達は、先生ってアリスのうさぎに似てるよねとよく言っていた。

先生は私たちがニ年生に進級するときにやってきて、そんなこんなで丸二年間お世話になったのだった。

高校の卒業式のあと、例の友達と廊下で話していたら先生が近寄ってきて、ちょっとここで待っていなさいと言ってまたウサギみたいに走って行ってしまった。
しばらくしてぜーぜー言いながら戻ってきた先生は、何やら色々手に抱えていた。
かぎ編みみたいな柄がついたへんてこなデザインの栞を私に手渡して、『これはパレスチナ人が作ったしおりです、あなたにあげます』と言った。
申し訳ないが本当にパレスチナだったかどうか記憶に自信がない。ウクライナだか、パレスチナだか…まあどこでもどうでもいいのだが、名前は聞いたことあるわりにどんな暮らしをしているか知らない謎の国の謎な人が作ったしおりを突然渡されたことは確かだ。

私の友人も謎の国(これまたどこの国だか忘れた。マニアックすぎるのだ)の土産だという文鎮を貰っていた。文鎮…いつ使えば良いのだろう。友人はデスクに置きます、と言っていた。精一杯絞り出した用途に拍手だ。


先日高校時代親しくしていた図書室の司書さんと私と例の友人で食事に行った。
司書さんは数年前学校を移動になってしまったらしいが、それまでの間私たちのかわりに先生をからかってくれていたらしい。
先生は意外と素直で自分を好いてくれている人によくなつく。
昼食を忘れた時なんて、司書室にカップラーメンを常備してあるのをよく知っていて、白々しく司書室に駆け込んで『お昼を忘れましたどうしましょう』と大騒ぎしたというのだから笑える。司書さんは『おじいちゃんいじめても仕方がないからひとつ譲ってあげたわよ』と言っていた。司書さんは後日ちゃんとお金を請求したらしいのでかなりしっかりしている。チチカカか何かで買ったような財布からモタモタ金を出してきてイライラしたと話していた。私はこのチチカカっぽい財布、どこぞの怪しげな国の住民が作った物なのではないか…と睨んでいる。

未だにあなたたちの話をしているよ、と司書さんは言っていた。先生ったら辛口のくせに意外と私たち生徒が大好きなのだ。
今思えば先生は定年後好き好んで働いていたのだ。好きな本でも読んでゆっくりしてりゃいいのに、意外と“先生”って仕事が好きだったんだろう。

そうして最近、ふと先生にはもう一生会わないのかもしれないと気が付いた。
卒業してすぐの頃は何度か遊びに行ったけど、大学生活が軌道に乗ってくると高校に顔を出すこともなくなった。
先生が私たちの母校にまだいるかわからないし、連絡先も知らないし、仮に母校にいたとしても平日にわざわざ学校を訪ねる機会なんてそうそうないし。
ひょっとしたら先生は私たちにもう会わないかもってとっくに気が付いていたのかもしれない。卒業する時なんて、私たちは若いからそんな先のことなんてちっとも見通していなかった。
そうか、もう会わないのかもしれないなあ…と最近気付いて、切ないような、でも先生のことを気にいる変わり者は年に一人、二人くらいは現れそうだからその生徒と案外仲良くやってるかもな、と思ったり。

この前引越しの片付けをしている時、卒業するときもらった栞が出てきた。
私は片付けをするなかで貰い物ボックスを作っていて、そこには誕生日に貰った写真をコラージュしたものだとか、寄せ書きとかそういうものを入れていたのだが、先生の栞も一応ここに値するのかな、と思ってその貰い物ボックスに入れた。
写真やら寄せ書きやらに紛れて不思議な栞が突然紛れていて異質だ。かなり先生っぽい。こんなところまで自己主張が強いなんて。

読書の秋だから、先生に教わった本でも久しぶりに読もうかな。樋口一葉も、島崎藤村も先生に教わらなきゃ一生読まなかった。
一生会わないのかもしれないけど会えないわけではなさそうだし、いつか私の仕事の話でもしてあげよう。
多分先生は結構喜ぶと思う。

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