拝啓 清少納言様

私は清少納言が好きだ。
おそらく大抵の人は、清少納言に好きも嫌いもないと思う。それもそうだろう、授業で扱うのはせいぜい春はあけぼの〜のくだりで、彼女の内面の熱さ・繊細さ・ギャグセンスには触れられることがないからだ。

はじめに言っておくが、彼女はなかなかのキレキレオタクだ。紫式部が私のような陰湿なオタクだとすれば、清少納言はバリキャリで宝塚に足繁く通う高飛車オタクと言ったところか。現代でも強気なオタクの話は面白い。
私は専門的に古典を学んだわけではなく、独学で趣味程度に嗜んだだけなので、今から私が言う知識には間違いがあると思う。なので、話半分に、あまり信頼せずに聞いて欲しい。有識者に見られたら怒られそうなのでね…

清少納言は、当時中宮(天皇の奥さん)であった定子様の女房として働いていた。
女房とは噛み砕いて言えば世話係なのだが、それだけには留まらない。
中宮様の世話係に何人もの才女や美女を雇って、場を華やかにするという意味合いもあった。
華やかであれば男性貴族が通いその場はさらに賑わうわけで、輝かしい場にいる中宮様のお株も上がるということだ。青学の美女サークルの上位互換のようなものか。
清少納言は知っての通り感受性豊かで頭が良く、切り返しも優れた人であったから、中宮様の周りを盛り上げる人物として就職したわけだ。

周囲の女房より年上で就職した彼女は、私なんてババアですし…と、彼女にしては珍しく弱気な気持ちで初出勤を終えたことが枕草子には描かれている(読めばわかるが、弱気な彼女は非常に珍しい)


と、清少納言はそのような経緯で定子様の女房として働いた人物なのであるが、この枕草子の内容がなかなか面白いのだ。

春はあけぼの、などのみずみずしい感性で描かれたものは見事なもので、『牛車が水溜りの上を走ると、水滴が弾けたものが月明かりに照らされてまるで水晶が割れてるみたい』などと目の覚めるような文章を書くのだ。
一方で、彼女は少し、いや、かなり性格が悪いことが伺える昇段もある。

清少納言はブスが嫌いだ。ただし、やみくもにブスが嫌いというわけではない。大人しくしてるブスには何も言わないのが彼女のずるいところだ。
『ブスなカップルが夏の暑い日の昼間からイチャイチャしてるのはみっともない。せめて夜やれ』という趣旨のことを書いている。嘘ではない。本当に書いているのだ。わたしも初めに見た時は目を疑った。
都で流行の書物であるから、多くの人の目に触れるにも関わらずこんなことを書くとはなかなか度胸がある。これはわたしの憶測なのだが、絶対この悪口にはモデルがいる。お前それ特定の誰かのこと言っているだろ、というツイートを見かけることは現代でもよくある。悪口とはそういうものだ。

『歳のいった女が妊娠しているでかい腹を突き出して歩いてるのはみっともない』
『下衆(田舎者)の家に雪が降ったり、月明かりがさしたりするのは似合わん。なのに雪も降るし月明かりも差込む。はぁ。』
『この前わたしのとこに来た男をこんなふうに言い負かした。どう?』

少しも盛っていない。本当にこう書いてあるのだ。どういうことかと思う。

また、清少納言は定子様のことが大好きで、『わたしこんなこと定子様に言ってもらっちゃったの!』『定子様ってほんとすごいの』というエピソードが山ほど出てくる。
定子様がこれまた素晴らしい女性で、清少納言が初めて出勤した日、ガチガチに緊張している清少納言に神対応をしたりしている。清少納言が頭の良いことをよく知っていて、あえて理知的な振りをして見事清少納言が切り返したことで、周りの女房たちが『あの新入りすげえ』となったりしているのだ。
こういう風に、高貴な身分であるにも関わらず何気なく気遣いしたり人を立てたりできる人なのだ。これも読めばわかるが、マジでものすごくいい女なのである。

そして実は定子様の幸せは長くは続かない。
身分の高かった彼女の父親が亡くなったり、兄弟が不祥事を起こしたりと不幸が重なり、身が危うくなっていくのだ。
おまけに、藤原道長が自分の娘の彰子を天皇に嫁がせたことで、中宮が2人になってしまった。(形だけ定子様が皇后に昇格という扱いになったのだが、実質ただ奥さんが2人になったというだけだ)そのおかげで、唯一の居場所だった天皇の后というポジションまで揺らいでいくのだ。
当然、都の人間もだんだんと彰子様に靡くようになり、彼女は孤独になっていく。

清少納言は活発で男の人ともよく交流のある人だったから、道長側の人間とも親しくしていた。そのおかげで、あいつは定子様の側についておきながら道長にもいい顔をする、スパイだなんだとあることないこと悪口を言われたようだ。

定子様のことが大好きで、都の人間と理知的なやりとりをすることも大好きだったから、苦しかっただろうと思う。

実際清少納言は、この時期に里帰りをして休職している。そんな中、定子様から手紙が届くのだ。大量の紙と、『早く戻ってきなさいね』という手紙。
清少納言は書くことが大好きで、もうなにもかも嫌になって全部辞めてしまいたいと思った時でも、白い紙と筆さえあれば、もう少し生きようと思える…というようなことを記している。おそらく、定子様の前でもそんな話をしたことがあったのだろう。清少納言が紙があれば希望が見えると言っていたから、そっと贈り物をしたのだ。なんていい女なんだ…!!

私はこのくだりを読むたびに絶対泣いてしまう。清少納言お前めっちゃ嬉しいだろ!!推しからそんなことされて!!と肩をバンバン叩きたくなるのだ。

実は枕草子が書かれたのはこのあたりの時期だと言われている。悪口やら華々しい都の話やら、陽キャのインスタグラムみたいな枕草子は、実は清少納言と定子様が一番不幸だった時期に描かれたものだったのだ。

枕草子に陰気な話が出てこず、思わず読み手がニヤリと笑ってしまうようなブラックジョークや、目をキラキラさせてしまいそうな華やかな話ばかりが出てくるのは、清少納言が“あえて”楽しい話だけを選んで書いたからなのだと思う。

清少納言が書いたものは、都の人間とともに定子様も読むことになる。たぶん清少納言は、たった1人のお姫様を笑顔にさせたくて、明るい話ばかりの枕草子を綴ったのだろうなあ…と感じてならない。

さらに悲しい事実を記しておくと、定子様はこのあとほどなくして亡くなる。
バリキャリの清少納言であったから、新しく彰子様の女房として働くこともできたであろうに、そうはしなかった。
その後の清少納言の人生について詳しく残されていないが、都から退いたことは事実のようだ。

政治的に見れば、定子様も清少納言も負けなのかもしれない。でも私は、一千年先のこんなちっぽけなオタクにまで定子様愛を届けることのできた清少納言が負けだとはどうしても思えない。
長い時間をかけて、彼女は精神的に勝利したんだろうな、と思う。政治的権力も使わず、武器も使わず、紙と筆だけ使って長期戦で勝つとはなんとカッコいいことか。

ここに話が終着するのか、と思われそうだが、オタクが日頃書いているファンレターやらこのようなブログやらも、決して無駄ではないと私は思う。
愛を持って書いたものが、もしかしたら千年先のオタクの心にも巡り巡って届くのかもしれないのだ。どんなにくだらなくても、愛を記す行為は尊い。

私はこのまま行くといつか死ぬ予定だが、もし死後の世界があり、そこにまだ定子様と清少納言がいるのなら絶対に会いたいと思う。これは、死んだらしたいことリストに殿堂入りしているものの一つだ。
発狂しながら2人に愛を伝えて、清少納言に『下衆が定子様に近付くなんて、不快』などと言われた日には、きっと嬉しくてオシッコ漏れちゃうと思う。

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