騎士団長の足音 アレクサンドル・ブローク

Тяжкий, плотный занавес у входа,
За ночным окном - туман.
Что' теперь твоя постылая свобода,
Страх познавший Дон-Жуан?

たっぷりとした幕が入口に重く垂れさがっている
夜の窓の外には、霧
恐れを知りたるドン・ジュアンよ、
お前が自由と呼ぶ傍若無人さは一体どこへやった?

Холодно и пусто в пышной спальне,
Слуги спят, и ночь глуха.
Из страны блаженной, незнакомой, дальней
Слышно пенье петуха.

豪奢な寝室は、寒く誰もいない
召使たちは眠りこけている。夜のしじまを破り、
どこか遠くの福音の国より、雄鶏の唄が聞こえる。

Что' изменнику блаженства звуки?
Миги жизни сочтены.
Донна Анна спит, скрестив на сердце руки,
Донна Анна видит сны...

お前のような浮気者に福音が何になる。
命が尽きる瞬間(とき)がやってきた。
ドンナ・アンナは手を胸の前で交差させ眠る
ドンナ・アンナは夢を見ている。

Чьи черты жестокие застыли,
В зеркалах отражены?
Анна, Анна, сладко ль спать в могиле?
Сладко ль видеть неземные сны?

誰かの顔が鏡の中に浮かんだ
死人のように凍りついた表情をしているお前は誰だ?
アンナよ、アンナ、君は墓石の下で安らかな眠りについているのか。
この世ならぬ甘やかな夢をみているのだろうか。

Жизнь пуста, безумна и бездонна!
Выходи на битву, старый рок!
И в ответ - победно и влюбленно -
В снежной мгле поет рожок...

生きることなど空虚な上に底抜けに下らない
老いぼれた宿敵よ、お前と決着をつけてやる!
挑戦者への返答に、カークラクションが勝利を確信した恋する騎士が吹く角笛の音のように
雪靄のなかで鳴り響いた。

Пролетает, брызнув в ночь огнями,
Черный, тихий, как сова, мотор,
Тихими, тяжелыми шагами
В дом вступает Командор...

黒い車が梟のように目をギラつかせ
音もなく闇夜を切り裂き
羽にのってやってくる。
音もなく重苦しい足取りで
騎士団長が家にやってくる。

Настежь дверь. Из непомерной стужи,
Словно хриплый бой ночных часов -
Бой часов: "Ты звал меня на ужин.
Я пришел. А ты готов?.."

扉が大きく開き、凍てつく冷気が屋内に入り込む
冷気の向こうから深夜の柱時計のようなしわがれ声が聞こえる
「晩餐への招待を受け、私は来た。用意はできたか?」

На вопрос жестокий нет ответа,
Нет ответа - тишина.
В пышной спальне страшно в час рассвета,
Слуги спят, и ночь бледна.

残酷な問いに返答はない
返答がなければ、あるのは静寂のみ
豪奢な寝室は夜明け前が恐ろしい
召使いたちは眠りこけ、夜は白んでゆく。

В час рассвета холодно и странно,
В час рассвета - ночь мутна.
Дева Света! Где ты, донна Анна?
Анна! Анна! - Тишина.

夜明け前は、寒くて奇妙だ
夜明け前とは、濁った夜だ
光の乙女よ!君は、どこにいる?ドンナ・アンナ。
アンナ!アンナ!     静寂

Только в грозном утреннем тумане
Бьют часы в последний раз:
Донна Анна в смертный час твой встанет.
Анна встанет в смертный час.

恐るべき朝靄の中で柱時計の最後の音が聞こえる
ドン・ジュアンよ。お前の息が絶える時、ドンナ・アンナは眼を覚ます。
アンナが起き上がるのは、お前の命が尽きる時。

Сентябрь 1910 - 16 февраля 1912
1910年9月から1912年

コメント
 ものすごく意訳してますが、色んな研究論文を読み私なりの解釈を訳に反映させてます。
何度読んでもつかみどころのない詩ですが、ペテルブルクの冬の夜の禍々しさがよく出ていてすごく好きです。
   この詩に出てくるドン・ジュアンはモーツァルトのオペラのドン・ジョバンニではなく、当然プーシキンの「石の客」のドン・グアンがモデルになっていると考えるべきです。数多くの女性遍歴の中で初めて心底恋した最後の女性となるべきドンナ・アンナとすれ違ったまま死出の途に赴くドン・グアンの物語。
   私は、ドンナ・アンナが目を覚ましたとき、隣にドン・ジュアンの骸を発見するというシーンが頭に浮かんで、ロミオとジュリエットぽくていいなと思いましたが、ブロークとしては死してもなお妻のドンナ・アンナを愛し続ける騎士団長に思い入れがあるそうです。まー。この人のNTR属性がある人だから。そういえば、ここに出てくる騎士団長も当時としては最新の自動車を使いこなしてるので、ジジイぽくないし、本当に素敵な妻を愛するナイトだなーとは思います。この詩では、ドン・ジュアンが雄鶏→光、騎士団長が梟→闇のモチーフを使って描写され、二人が対決するのが夜明け前という闇と光の境界地点となってるのが、グノーシス主義ぽくてなかなか興味深いです。でも、まあロシアの冬は夜が圧勝なんだけどね。しかも、多分、この対決って夜明けを告げる柱時計が鳴る間というすごく短い間に起きた出来事だと思うんですよ。ロシアの研究も指摘してましたが、現実の時間と心理的時間が矛盾している。そこなんか、ドグラマグラぽくてすごくいいなと思います。

しかし、前半で死人のように描かれているドンナ・アンナがドン・ジュアンの死と引き換えに目覚めるというのが、寂しいけど感動的です。私には、ドン・ジュアンが自分の命と引き換えに彼女を蘇らせたような気がするのですよ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?