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マサキと、マサオ。

なぁマサキ。

元気にしてるか?お前、いくつになった?

お前ごときに助けてもらおうとは思わないが、

今回ばかりは、俺もまいっちまったよ。

なぁ、マサキ。


もうずいぶん前のことだ。
その日の昼も、いつもように、いつもの喫茶店に
同僚の山崎と昼飯を食べに行った。

店員「いらっしゃいませ。ご注文はお決まりですか?」

山崎「俺、カツカレーね」

俺「うーん、、あぁ。決まったら、呼びます」

山崎「珍しいね。メニュー迷ったことないのに」

俺「あぁ、寝不足でね」

山崎「また夜中までゲーム?」

俺「いや、ゲームはその日のうちに切り上げたんだが、
寝た後にちょっと事件があってね」

山崎「事件?」

俺「そう、事件」

その晩は暴風雨で、さっさと仕事を終えてマンションに帰ってから、
いつものようにビールを飲みながらプレステをした。
調子があまり良くなく、何度やっても前日進んだステージを
クリアすることができなかった。
気がつけば間もなく日付がかわる時刻だった。
明日も仕事だし、今日はこのへんで切り上げ、寝ることにした。

「ピンポンピンポンピンポン!!」

連続で叩くように鳴らされたチャイムで飛び起きた。
時計の針は2:00をすこし過ぎたところを指していた。
俺の部屋は1階にあった。
週末の夜は飲んで帰った住人の声や靴音がうるさい時がある。
酔った住人が部屋を間違えてチャイムを押したのだと思った。

「ダンダンダン!ダン!ダン!」
「ぎゃぁぁぁぁっ!助けてぇっ!!」

俺「!!」

ドアを叩きながらの悲鳴、いったい何が。
ベッドから飛び起き、ドアスコープを覗いてみると、誰もいなかった。

(立ち去ったか?)

鍵を開け、ゆっくりと5センチぐらいドアを開けてみる。

(誰も、いない)

「お兄ちゃん、たしゅけて。」

その声に視線を落とすと、小さな男の子が俺の顔を見上げて立っていた。

俺「どうしたんだ!?入って!」

この深夜の小さな珍客に、俺は事態の異常さを感じた。

俺「お父さんかお母さんは?」

男の子「いないの」

俺「お家はどこ?」

男の子「おうちは、おうちは丸い窓のおうちなの」

俺「いじめられたの?」

男の子「うん。いじめられたの」

その幼い珍客に質問をしても、状況はわからなかったが、
嵐の真夜中に助けを求めてきたことから、
よほどのことがあったに違いない。
いじめられたとも言っているし、
虐待されて逃げてきたのかもしれない。
まずは警察に連絡することにした。

俺「ボク、名前は?」

男の子「マサキ。」

警察に連絡すると、保護のため迎えに来るとのこと。
この嵐の夜に、マサキと部屋にふたりきり。

(キャンディか何かなかったかな)

キッチンの引き出しを探したが、子どもが食べるようなものはなく、
ミントキャンディしかなかった。

俺「辛いかもしれないが、どうぞ」

マサキ「お兄ちゃん、ありがとう!」

喜んでお礼は言ってみたものの、マサキは初めて見るミントキャンディを
口に入れるのを躊躇していた。

俺「こんなのしかなくて、ごめんな」

俺は牛乳があったことを思い出し、
マサキにあたたかいミルクを飲ませてあげようと
ミルクパンを火にかけた。

その時、チャイムが鳴り、ドアを開けると
真っ白いカッパを着た警察官が6人立っていた。

警察官「ご苦労様です。警察です」

「マサキぃっ!!」

警察官をかき分け、男がマサキを抱きしめた。

警察官「連絡いただいた時刻に、
お子さんが行方不明になったとこちらの方から
110通報があったものでして」

その男はマサキの父親だった。
マサキはうちの裏にあるマンションに住んでいて、
その夜出先からマンションに戻ると、
寝ているマサキをひとり車に残し、
夫婦で荷物を部屋に運んでいる時にマサキは目を覚まし、
車から飛び出し俺の部屋に助けを求めてきたらしい。

男「マサキ。お前ってやつは。」

男は泣いていた。

男「本当に、本当にどうもありがとうございました」

俺「よかったです。今度は、どんな時も目を離さず、
一緒にいてあげてください」

山崎「それは珍客だ」

山崎「でもまぁ、マサキが大きくなったら、きっとどこかで
さいあきさんと出会って、今度はマサキが助けてくれるんですよ」

俺「え?!だってすげぇ赤ん坊みたいなヤツだったぜ。」

そんな珍事件のあったそのマンションも
その後2年ほど住み、引っ越しをした。


「兄ちゃん、ガンなんだって」

蝉の声も鳴きやまぬ、去年のバイクの日(8月19日)から
1週間経った頃、久しぶりに弟からメールが来た。

3つ上の兄、マサオは中学侯の教諭をしていた。
数か月前から微熱が続いており、本人はカゼだと思っていたが、
糖尿病の食事教育入院の際にたまたまガンが見つかった。

弟「相当悪いらしいよ」

俺はすぐに病院に駆け付けた。

マサオ「ああ、この病院では専門的な治療ができないらしく
すぐに大学病院に転院になるよ」

その表情はとても不安げであった。
それもそうだ。
そんな重い病気であればまず家族を病院に呼んで
話すべき事だが、その病院のドクターはズケズケと
厳しい状況に置かれたガンの説明をしたらしい。

その後マサオは大学病院に転院した。

「治療をしなければ半年から1年の余命、それぐらい進行しているガンです」

腎臓をすっぽり覆ったそのガンは、
手術で取り除くことは極めて困難であり、
抗がん剤での治療をするしか方法はなかった。
抗がん剤での治療中は、それはそれは苦しい毎日だった。
日に日に痩せ細っていった。

抗がん剤治療の1クールが終わり、
検査結果を説明したいとドクターから連絡があった。

「まったく効き目がなく、治療前よりガンは大きくなっています」

浸潤といわれるガンと密着している臓器が次から次へとガンに
侵されて大きくなっていた。

弟「家族に連絡してくれって!」

弟からすぐ病院に来て欲しいと連絡があった。
危篤の連絡は今までもあったが
様態が悪くなる頻度が増してきた。

親父は病院には呼ばなかった。
呼ばないどころか、回復に向かっていて
春には一時家に帰れるかもしれないと言ったほどだ。
自分の息子が亡くなるその時を、見たい親などいるわけがない。
そんな残酷なことは、俺にはできなかった。

ベッドの脇に置かれた心電図のモニターが映し出す波は
あきらかに今までとは違っていた。

弟「ねぇ。そろそろ、だよ」

交代で病室で仮眠をとっていた俺は、起こされた。
心電図の波は、ただの小さな起伏のある線になっていた。
俺たち兄弟は、兄貴の左右の手を握り、声をかける。

「兄ちゃん!どうもありがとう!何も心配する事ないよ!」

「兄ちゃん、ありがとう!」

「兄ちゃん!」

「兄ちゃん」

こんなにも悲しい事が起こるなんて、夢にも思わなかった。

葬儀の喪主は次男の俺がやることになった。
葬儀社に寺との打ち合わせ、あちこちの連絡と、
悲しむ間がないほどやることがたくさんあった。

火葬場から戻るマイクロバスの中で
親戚の子供が泣き叫ぶ。

どの座席からもすすり泣く声がする。

(悪い夢なら、どうか早く覚めてくれ)

バスは信号で停まった。

白木の位牌を両手で握りしめ
声を上げ震え泣く親父の窓越しに
丸い窓のマンションが見えた。

(マサキの、マンションだ)

俺はあの時の山崎の言葉を思い出した。

(マサキが大きくなったら、きっとどこかで
さいあきさんと出会って、今度はマサキが助けてくれるんですよ)



なぁマサキ。

元気にしてるか?お前、いくつになった?

お前ごときに助けてもらおうとは思わないが、

今回ばかりは、俺もまいっちまったよ。

なぁ、マサキ。

あの日、あの夜、俺とマサキ。

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