零式暫界~第2.5話「星寂の夜」

・シフルが起こした一連の事件から2週間が過ぎた。時は5月。つまりゴールデンウィークの時期に当たる。とは言え、何かイベントがあるわけでもない。多くの寮生は実家というものがないことが多いため帰省と言う概念もない。夏休みのようにただただ授業だけがない大型連休と言うだけだ。
しかし、全く変化がないわけでもない。
「弟さん、ですか?」
食堂。朝食を食べながら赤羽が問う。
「そうだ。まあ、同い年なんだがな。実家から暇だからってここに来るらしい」
「……同い年なんですか?」
「まあな。昔、孤児になった俺はクラスメイトだった奴の家に引き取られたんだ。ギリギリ誕生日の都合でこっちが義兄と言う立場になった。……まあだから俺の戸籍上の本名は甲州院廉と言うことになる」
「……こーしゅーいん……」
「……あっちも?」
退院したばかりの達真が食堂の端っこの方にいる和佐に軽く視線を向けた。
「いや、あっちは違う。うちら3兄妹は結構立場的に複雑だからな」
甲斐がそう言いながらパイナップル100倍ジュースを飲んでいると、
「あ、寮内放送」
「珍しいですね。門限や消灯時間以外で流れるのは」
「…………何となくイヤな予感がする」
甲斐がジュースを口に含めながら警戒していると、
「甲斐廉さん。弟さんが迷子になっています。管理人室に至急来てください。繰り返します……」
と言う放送が寮内全域に流れた。多くの寮生はいつもの光景だとして見向きもしなかった。
「……もしかして毎年?」
「……ああ。今年は受験だろうから来ない可能性はあったんだが来たみたいだな」
「……来れてないけどね」
最首が苦笑。ため息を付きながら甲斐が立ち上がる。食堂から管理人室へと向かうのだが最首や赤羽はもちろん何故か達真や火咲、逢坂なども付いてきた。皆暇なのと外からの刺激が欲しいと言うことなのだろう。
「あいつに貸したゲームそろそろ返して欲しいんだけどなぁ」
内一人が甲斐に聞こえるように愚痴を垂れた。
「……一年間借りパクされてたんですか」
「いや、3年」
「………………」
「……とにかくがさつな奴なんだ」
甲斐がまたため息を付いた。
そして歩くこと10分。管理人室にきたのだが。
「あの人ならトイレに行くとか行って戻ってこないんです」
と言う管理人の声を聞いて赤羽以外誰一人として驚かなかった。
「よ~し、誰が一番先にあいつ捕まえるか競争しようぜ」
と言う誰かの声を発端として野次馬達が一斉に散っていった。
「……私はちょっとトイレに行ってきます」
「え、男子トイレに?」
「……女子トイレに決まってるじゃないですか」
ため息を付いてから赤羽が女子トイレへと向かう。
「……会ったことないけど、どんな人なんだろう……」
疑問を口にしながら女子トイレの個室に入り、用を足す。そしてトイレットペーパーで拭こうとした瞬間。
「飛び出そうよ、Big my heart!!」
「!?」
隣の個室から謎の歌を歌いながら一人の男子が文字通り飛び出してきた。
「きゃああああああああ!!!」
絶叫。
「……赤羽の声がしたぞ」
廊下。スマホでメッセージを送ろうとしていた甲斐が反応する。
「……すごくイヤな予感がするよね」
ジト目の最首。
「まさかと思うが……」
斎藤が甲斐を見る。
「……最首。見てきてくれないか?もし最首まで戻ってこなければ俺たちがいく羽目になる」
「……すごく気が進まないけど。と言うか最上さんは?」
最首が少し離れたところにいる火咲をみた。
「……何?私にも珍種の相手をしろって言うの?」
「珍種って……まあ、間違ってないかもしれないけど」
「……最首。火咲ちゃんも様子を見に行ってきてくれないか?」
「…………はぁ、」
ため息。そして火咲は最首と一緒に女子トイレへと向かう。
「赤羽ちゃんどうしたの?Gでも出た?」
遠慮がちな声をかけながら最首が女子トイレの中に入ると、
「はあ……はあ……はあ……」
個室から下半身丸出し状態の赤羽が一人の男子を蹴り飛ばしながら出てきた。
「………………あー、」
「最首さん、痴漢です!」
「……いや、それ優樹君だから。廉君の弟」
「…………え!?」
「とにかくまだ拭いてもないそれ早く拭いてしまいなさいよ。遠回りに私の恥になるんだから」
「……うっ!」
赤面して赤羽が個室に戻った。やがて、下半身を元に戻した赤羽が出てきた。
「……で、そちらの人は」
赤羽が見ると、さっき自分がボコボコにした時よりもボコボコになっていた。
「制裁」
火咲が軽く手を払う。その足下に転がる姿は軽くスプラッターだった。
「死んでないから安心して」
笑顔で最首が足を掴んで廊下にまで引きずって歩く。
「はい。連れてきたよ」
「………………」
「よ、よう、廉。なんか物騒な子増えたな」
「何で女子トイレから出現するんだよお前は」
とりああえず甲斐からも適当にボコってから食堂に連れて行くことにした。
「…………………………う、」
「よう和佐ちゃん。久しぶり。本当にここ通ってたんだな」
一種の妖怪か何かみたいな顔をした両者。しかしこうして3人が一堂に会した。
「……3人が揃うのは結構珍しいよね」
最首が一番まずいと評判のところてんコーラを優樹に差し出した。
「新顔もいるみたいだから自己紹介な。俺は甲州院優樹。高校3年生だ。そこの同い年の兄貴がいつも世話になってるな」
「……完全に世話になってるのはお前の方だがな」
甲斐、優樹、和佐がいずれも三者三様の表情を見せる。とは言え真ん中以外は苦笑に近いが。
「……赤羽美咲です」
「ああ、さっきは悪かったな。トイレットペーパーなくて」
「…………え」
「はいはい」
甲斐が腹に一発ぶち込み、トイレへと連れて行った。やがて数分後にもっとボコボコになって戻ってきた。
「……自業自得というか何かですけど、あの人の周りの男の人ってああいうキャラ多いですよね」
「……俺をその類に含めないでくれ」
達真がため息を付いた。
「ふぅん、あんたが矢尻達真か」
優樹が達真の方に歩み寄る。やや引きながら達真は応える。
「俺を知ってるんですか?」
「まあな。廉の奴の前の同居人がらみで」
「…………そうですか」
「当然だがそいつは穂南にも会ったことはある。……今のそれよりボコボコにされてたが」
「……何したんですか?」
「いや、トイレとシャワーを間違えてな」
「……矢尻、死なない程度なら許可するぞ」
「……これ以上やったらちょっとその条件厳しそうなんでいいっす」
「……血は繋がってないのにこの兄弟ラッキースケベ要素多くないですか?」
「そうなんだよね。気になるよね」
「……色々申し訳ありません」
赤羽と最首の視線を受けて和佐が土下座した。
「で、では私はこの辺で……」
そして食堂から去ろうとする和佐の肩を甲斐が掴んだ。
「……逃がさぬわ」
「……人でなし」
「おいこの兄妹」
3人の視線が交差する。
「……そう言えば弟さんは空手やってるんですか?」
「いや、やってないと思うよ。代わりにサッカーとか剣道とかアーチェリーとかやってるんだって聞いたことあるけど」
「……多趣味ですね」
にらみ合う3人を外野で見る最首と赤羽。
「ここではそこそこ有名なんですか?」
「まあ、廉君自体が蒼穹先輩のこともあってまあまあ有名だからね。和佐ちゃんも少しの間だけここにいたことあるし。優樹君も毎年来てるから基本退屈ばかりしてるここの人達にとってはいい刺激なんだよ。……ちょっと優樹君は刺激集まりすぎだけどね」
「……と言うかラッキースケベ兄妹揃うからこれだけ野次馬集まってるんじゃないんですか?」
赤羽の発言にどよめくギャラリー。
「……もしかして私も含まれてます?」
和佐もまたジト目で赤羽を見た。
「何を外野の振りをしているのかなぁ?」
「ほら今年の対戦内容を決めるぞ!」
そして甲斐と優樹の二人が和佐の肩を掴む。
「……えぇ~、私この色物兄弟と同じカテゴリなんですか……?」
「いやいや俺は血繋がってないし、お前達兄妹の方がエキセントリックだろ」
「いやいやいや、お前達の方がエキセントリックだろぉが。ストームブリンガーな弟妹持つと大変だぜ」
「……」
「……」
「……」
再びにらみ合う3人。
「……皆一様におかしいと思う私だけですか?」
「……大丈夫。寮生全員同じ意見だから」
最首の発言にギャラリー全員がうなずいた。
「……よし、大食い競争にしよう。ちょうど食堂だし無料だしな」
「こちとらさっき朝食ったばかりなんだが」
「俺は食ってない。だからちょうどいいんだ」
「一人で食ってろ。ここは大人しく空手で勝負と行こうじゃないのさ」
「誰があなたのようなゴリラと戦えるというのですか。それよりかはどうです?ヴァンガりませんか?」
「ゼロスドラゴン入り環境デッキ使うような奴にどう勝てっていうんだよ。じゃあサッカー」
「この足でサッカーやれと?もう普通に殴り合いでいいじゃん」
「だからあなたは一人でゴリラとでも殴り合いしていてくださいよ。ヴァンガで駄目ならデュエマはどうです?」
「環境デッキしか使わない妹がTCGでマウント狙ってくる件」
と、そこで3人がギャラリーの方を向いた。
「何か公平な勝負ない!?」
一気にざわめくギャラリー達。
「ダンス大会」
「野球拳」
「バトスピ」
「ポーカー」
「麻雀」
「ランス2TAS」
「しりとり」
「借り物競走」
「カバディ」
「……明らかやばいの混じってませんか?」
「まあ、この学校の生徒だからね」
とりあえず全部やってみることにした。
結果3勝ずつで引き分けてしまった。
「「「ラストは!?」」」
3人の視線が一斉に赤羽に向けられる。
「……え!?」
割と本気で焦る赤羽。
「指名されちゃったね」
「いや、私をあの3人と絡ませないでください!」
いつの間にかギャラリーすべての視線が赤羽に降り注いでいた。
「何ですかこのいじめは。……えぇ……?じゃスマブラで」
「よし!!俺の勝ちは見えたな!!」
「「くっ!!」」
突然ガッツポーズを見せる優樹。
「……どう言うことですか?」
「俺たち3兄妹でスマブラを持ってるのはあいつだけだ」
「昔家で一緒に遊んだことはありますけど経験値が……」
「……仕方がない。ここは組んであのバカ叩きのめすぞ」
「はい」
「……あれぇ?何かタッグが結成されてるんですけど……」
「あ、ソフトはXで」
「「「……え?」」」
それから、赤羽の部屋でスマブラXの勝負が行われた。
「……余所でやりなさいよ」
火咲がため息を付く。ちなみに何故かその膝にはリッツが座っていた。
「……あれって三船の……」
女子の部屋に入ってややドキマギしてる斎藤がリッツを見つけた。
「三船に回収されたんじゃなかったのか?」
「私のペットとして置くことにしたのよ」
「……相変わらずロリコンですねあなたは」
「あんたも人のこと言えるのかしら?」
にらみ合う赤羽と火咲。
「……もしかして空手やってるきょうだいって皆仲悪い?」
「いや、馬場家って例もあるし…………あそこもあんまし仲良くないか」
一人っ子な斎藤と最首が苦笑する。その視線の先。ブラウン管の中では3兄妹の戦いが行われているのだが
「げっ!また転んだ!!」
「くっ、こっちもか!」
「アイテムが……アイテムが~!!」
悪運が強い3人はまともな勝負にならなかった。
「じゃあ私からの提案で、人狼やるのはどう?」
「……人狼……」
最首の提案を受けて3人が顔を見合わせる。赤羽が勢いよく周囲を見渡す。
「……いない。よし!」
「何やってんのあんた」
「いえ、何でもありません」
「人狼をやるのはいいけど3人だぞ。勝利条件はどうすればいいんだ?」
「誰かが勝利者になるまで続ければいいんじゃない?」
「……ノープランか」
しかし、甲斐、優樹、和佐、最首、赤羽、火咲、リッツ、達真、斎藤の9人で人狼が開始された。
「……へえ、おもしろそうじゃん」
と、1回終えた頃にやってきたのは久遠だった。
「久遠。どうしてここに?」
「だってゴールデンウィークっていっても暇だし。家にいるとライくんうるさいし。遊びに来たの。で、何か知らない人いるよね。あれが死神さんの弟さん?」
「はい。甲州院優樹さんという方です」
「あれ?死神さんって甲斐って名字じゃなかったっけ?」
「甲斐さんも戸籍上は甲州院廉さんと言うそうです」
「へえ、もしかして死神さんいいところの人だったりする?」
久遠の視線が甲斐と優樹に注ぐ。
「まあうちの親父は自動車を扱う個人企業やってるけどそこまでいい生活はしてないぞ」
「お父さんだけでやってるの?」
「いや、父方の家族だな。じいちゃんとかおじさんとか」
「母方は?」
久遠の発言に甲斐と優樹が押し黙る。
「あれ、久遠ちゃん何か地雷踏んじゃった?」
「いや、いいぞ。母さんは俺が生まれてすぐにと言うか、生んだその日の内に交通事故で死んじまって……。それっきり母方とは縁も切れたらしいんだ」
「そうなんだ。死神さんは?」
「……地雷踏んだとかいいながら今度は狙って踏み抜くのか。っと、逃がしはしないぞ」
「くっ、」
甲斐が和佐の腕を掴んで引き寄せた。
「俺達の母親は俺の父親のあまりの多忙な生活に耐えかねて夜逃げしたんだ。事実上の離婚状態で、その先でこいつを生んだ。まあその後どうなったのかは知らないけどな」
「………………」
甲斐が一瞥すると和佐は目を逸らした。
「ってことは死神さんと和ちゃんはお父さんが違うんだ。で、弟さんとは両親全部違うと」
「そうなる。まあ、こいつの家系に関しては一切聞かされてないんだがな」
「…………」
甲斐からの視線を払いのける和佐。
「複雑なのは分かりますけど家庭の事情には深入りすべきではありませんよ、久遠さん」
「まあ死神さんに怒られたくないし、それもそうだね。で、何してるの?」
「実は、」
赤羽が軽く説明する。
「ふうん、兄妹喧嘩してるんだ。まあ久遠ちゃんのところも案外似たようなものだし心当たりはあるかな。じゃあインディアンポーカーでもする?」
「ほう、それは面白そうだな」
「それってポーカーと何か違うのか?」
優樹は知らない様子。対して和佐が思い出しながら口を開く。
「確か、お互いに配られたカードを見ないまま自分の頭の上に載せて、相手のカードと比べるんですよね」
「?自分のカードを見ないならどうやって比べるんだ?」
「自分以外は自分のカードが見えるからその反応を吟味して自分のカードを予想する。特に今回は3人だ。自分以外の二人は見えるのだからまずその二人を比べることは出来るだろう」
「……何か俺そう言うの苦手だなぁ。でもやってみるか」
そうして久遠が用意したトランプを斎藤がシャッフルして最首が1枚ずつ3人に配る。ちなみに内容は赤羽が選んでいる。それにより全員が同じ数字またはジョーカーが含まれているという事はない。実際3人が一斉に自分のカードを見せるとそれらはすべて違う数字だった。
「これ、どうしたら勝ちなんだ?」
「まず相手二人のカードを見て自分のカードの方が数字が上って自信がなかったら降りていい。そうしておりなかった奴らだけで数字を比べる。けど、その後降りた奴のカードを見て降りなかった奴らと比べて数字が低ければ勝ちになる。今回絵札は使われてないから数字に関しては2~10のいずれかになるわけだな。10が使われている保証はないから9や8が最高と言う可能性もある。逆に2~4しか使われていない可能性もあるな」
「だから自分から見てほか二人が4~7と言った中間のような数字でもはっきりと自分の優勢や劣勢を伺い知ることは難しいのです」
「……これ、何したら有利なわけ?」
「普通にしていればあいこがないじゃんけんのようなものだ。が、さっきの人狼みたいに嘘の証言をしてもいい。このインディアンポーカーでの反則行為は自分のカードを見ることだけだからな」
「……これ、降りる必要あるのか?結局3枚全部比べるんだろ?」
「そうですね。でも、降りると言うことは自分が見えている2枚のカードがそこそこ高い数字だと言っているようなものです」
「結局ただのじゃんけんに心理戦を付け足しただけだ。やってることは本当にただあいこがないじゃんけんってだけだ」
「……ふうん、まあだいたい分かった。じゃあ、俺からは何も言わない。このまま勝負に出るぜ」
「……それもまた1つの手段だ」
優樹が鼻を鳴らして残った二人の駆け引きを見る。
「お前の数字はパンチで言えばこんなもんだ」
「そちらもパンチで言えばこんなものですね」
と、何故かシャドーを始めている。もちろんこの二人以外にはこの二人の勝敗は見えているためただ二人がふざけているようにしか見えない。当事者以外には勝敗というのは完全に目に見えているのだが当事者達がどう推理するのかがこのゲームの面白さと言うことになる。また、降りることで本来勝利出来たものが敗北することもあり、逆に敗北の運命だったものが勝利することもある。全員持ってるカードの数字が違うためいくらでも勝敗の結果が変わりうるゲームだ。
「あ、推理タイムは5分以内にしてね」
最首がスマホを出す。
「……これって3人全員が降りたらどうなるんですか?」
「数字が一番低い人が勝つんじゃない?」
「……ただ自分のカードが見えないってだけで決着がまるっきり変わってしまうんですね」
「……ふむふむ」
優樹が頷く。大体のルールは分かった。自分のカードが分からないのがもどかしいが勝てばいいのだ。甲斐のカードは7。和佐は5。和佐は降りない限りどうしても勝てないだろう。そして今回の手札が人為的に分けられたものだとすればこれは兄妹の順番で大きさが振り分けられている。つまり、一番上の甲斐が一番大きい数字で和佐が一番低い数字。なら自分はその真ん中の数字になる。つまり自分は6を持っている可能性が高い。だから自分が勝つには……。
「あれ?」
優樹は一瞬冷や汗をかいた。これは自分が勝つ場合、自分が降りなければいけないのではないだろうか。自分が降りてあの二人が降りずに勝負すれば甲斐が勝ち、その後降りた自分と甲斐が戦えば数字の低い自分が勝利となる。逆に自分がこのまま降りなかったら甲斐が降りない限り勝ち目がない。そしてあの超負けず嫌いな甲斐が降りるわけがない。このままただ数字で殴り合えば甲斐の一人勝ちだ。
「……やっぱ俺降りるわ」
優樹の発言。甲斐と和佐が目を合わせた後、最首達の方へと視線を送る。これは認めていいのかという事だろう。
最首達が首を傾げ、ひそひそ話で会議をする。数十秒後に
「勝負が行われるまでなら1度だけ変更が出来る事にしまーす」
とのことだった。
「ふう、」
優樹がため息を付く。これで自分が勝つパターンが決まった。しかし事件は起きた。
「なら、私も降ります」
和佐が降りる発言をした。優樹の目玉が飛び出る。
「…………俺はこのままでいい」
十分に考えてから甲斐は降りない事にした。尤も他二人が降りている以上、たとえ甲斐が降りようが降りまいが数字の低い順に比べるルールに変わりはないのだから甲斐に選択肢はないようなものだった。
「じゃあ、勝負に移行します。3人中2人が降りているため、勝負は数字の一番低い人が勝利となります。ではみなさん一斉に自分のカードを見てください」
最首のアナウンスで3人が一斉に自分のカードを見た。
「……やっぱ6だったか」
うなだれる優樹。ため息を付く甲斐。
「やった」
小さく喜ぶ和佐。
「……まあこの勝負和佐ちゃんが絶対に有利だったんだけどね」
最首がため息を付く。
「どう言うことですか?」
「多分優樹くんは3人の持ってるカードが兄妹の順番に高くなってるって気付いたと思うんだ。実際それは当たってるんだけど、そもそも和佐ちゃん目線だと廉君は7で優樹君は6。今回数字は10までしか使われてないから和佐ちゃんは降りずに勝負するなら8~10の3枚である必要があるんだよ。でも逆に降りるなら和佐ちゃんは2~5の4枚なら勝てる。3枚と4枚なら確率的に降りた方が勝ちやすい。逆に不利だったのは廉君だね。優樹君とタイマンだったらともかく降りた方が勝率が高い和佐ちゃんがいる以上、勝つことはほぼ不可能だったかも」
「な、なるほど」
最首の解説を受けて赤羽と久遠は目を回しそうになる。と言うかいつの間にか火咲はリッツを抱き枕にベッドの上で寝ていた。女子の寝顔にややドキマギしている斎藤は努めて冷静に3兄妹へと視線をやる。
「まあ今回中々公平じゃなかったし初めてだったし。もう一回やってみたらどうだ?」
「いいですけどまた私が勝ったらその時は二回分勝利者権限使いますからね」
「何だそのルールは。やってみるか?」
「こ、今度は間違いないようにしないとな」
やる気な三人。
「じゃあ今度は絵札も混ぜるね。J、Q、Kをそれぞれ11、12、13として扱うよ。で、Aは1として扱う上Kに勝てる。さらに同じ数字も出るようにして……で、今度はシャッフルしてカードを配るから」
そうして第二回戦が勃発した。
「……ふわ、まだやってたの?」
火咲が起きた。
「ああ。インディアンポーカーの二戦目だ」
達真が応える。
「と言うか私の部屋じゃなくて食堂ででもやって欲しいんだけど」
「もう止められないだろ、あの3人は」
「……本当、面倒な兄妹」
あくびをしてまた昼寝に戻った。
「……俺もそろそろ飽きたから筋トレでもするかな」
達真が部屋を出ていった。
ちなみに結局勝負は付かずに三兄妹の戦いは夜まで続いた。
「ってわけで今日ここに泊まるから」
夕食時。優樹があっけらかんと言った。
「ん、食堂に?」
「違うわ!!お前の部屋だよ!」
「お断りです!反対です!!」
珍しく感情的な和佐。通常、高校生の男女3人が同じ部屋で寝泊まりはあまりいい目で見られない。しかし今日のあれだけの騒ぎで兄妹だと判明している以上、多少心配する目はあってもそこまで注意は引かなかった。
「まあ一日くらいいいけどお前もそろそろ進路考えたらどうだ?」
「と言っても俺の場合最悪親父の家業引き継げばいいしな。と言うかお前が引き継がない以上このままだとあの家業消滅するし」
「まあ、それもそうか」
「とりあえず自動車系の大学なら推薦来てるからそれでいいかなって。お前はどうするんだ?」
「……それなんだよな」
現状、進学と学校側には伝えてあるが実際どうするかは決めかねている。
「親父は別にお前が大学行きたいなら普通に学費出すって行ってるけど?」
「でもなあ、どうもそんな気にならないんだよなぁ」
「一応言っておきますけどニートはやめてくださいね。妹が恥ずかしいので」
「……そんな気もないから安心しろ」
3人の会話を聞きながら赤羽が押し黙る。
「どうかしたの?赤羽ちゃん」
「あ、いいえ。ただ、もう来年の春にはここにいないんだなって」
「……そうだね。廉君も高校3年生だし。でも多分赤羽ちゃんが望むなら来年になっても今まで通り空手の稽古は続けてくれると思うよ?」
「……だといいのですけど」
味噌汁を飲みながら赤羽は来るタイムリミットに向けて感慨深くなった。

・夜。夕食後優樹が夜の勝負として長湯対決を提案したが当然和佐によって反対された。
「そもそも甲斐さんとそれぞれの関係性はまあまあ分かりましたけど、弟さんと妹さんはどうなんですか?」
「どうって?」
「いや、そう言う……今ので思い浮かびましたけど小さい頃一緒にお風呂に入ったりとかあったんですか?」
赤羽の発言は3人の沈黙を誘った。
「えっと、そんなにおかしな話だったでしょうか?私は多分小さい頃兄さんや……最上火咲さんとお風呂に入ったと思いますが」
「ちょっと赤羽美咲。あなたは何を言い出すのかしら」
リッツを抱きながら火咲が赤羽を睨んだ。
「別におかしな話ではないでしょう?私とあなたは一応姉妹なのですから」
「……こいつ」
火咲の悪罵を無視して興味ある方に視線を戻す。
「で、どうなんですか?私あまりこういう兄妹の事詳しくないんで興味あります」
「……まず先に言っておくけどうちら3人普通の兄妹じゃないぞ?そもそもとして弟妹は血が繋がってないし。妹がひょっこり生えてきたのも小学校高学年くらいの頃だし」
「人をキノコか何かのように言わないでください。……まあ、私も兄がいると知ったのは小学校入った頃くらいですね」
「……まあ複雑だよな。クラスメイトと兄弟になったかと思えば後から全く血の繋がらない妹が出てきたんだから」
「それで?」
「……ありませんよ。優樹お兄さまは確かに義兄ですが全く血の繋がりはありません。それに一応戸籍に入ってる上の兄とは違って私は甲州院家に入っていません。今もまだ甲斐家のままです」
「……久遠じゃなくてもこんがらがりそうです」
「……赤羽美咲。意外とポンコツ?」
「……黒羽。何か言いましたか?」
「別に」
「……そこの三姉妹こそ戸籍どころか血縁関係すらあるのにとてもそうは思えないよな。顔以外は」
「まあ、色々あると思うけどね」
斎藤と最首が3きょうだい×2に挟まれながら顔を見合わせる。
それから風呂場で分かれてそれぞれ脱衣所に入った。
「お、今年も来たな!」
「よう、邪魔してるぜ!!」
脱衣所で会った寮生と意気投合する優樹。実際既に6回目ともなればそこそこ顔見知りがいるのも不思議ではない。
「……へえ、それが人工義足か」
かと思えば優樹が戻ってきて甲斐の右足を見た。
「普通の足と違いが分からないな」
「まあもう4ヶ月くらいになるしな。完全にって程じゃないが体に馴染んでる。また選手に戻るのは厳しいかもしれないがしばらくは空手をやりこむさ」
「……あれでかよ」
奥の方にいた達真が小さく呟いた。甲斐は睨んだが斎藤は苦笑した。
「ってか事前に泊まるなら連絡しろよ」
「何を今更。毎年のことじゃんか。……うわ、超でけぇ!!」
「ん?何だ」
「何でもないぞ権現堂後輩」
とりあえず愚弟を殴っておいた。
一方、女湯。
「やけにあの弟に興味津々じゃない」
リッツに体を洗わせながら火咲が赤羽を見やった。
「……そんなことはありません。ただ、妹さんがいることは事前に聞いていたので弟さんまでいるとは。と言うか里桜さんだけでなく弟さんにも厳しいんですね、あの人」
「そうね、無類の女好きだと思ってたけど存外男子同士でも知り合いが多いみたいじゃない。それが何か不満なわけ?」
「……」
髪をほどき、衣類もない今この二人の見分けがつくものは少ない。最首であっても一瞬迷う時があるほどだ。そんな姉妹がこんなギスギスしていれば余計に話しかけるものはいない。
「……あなたは知っていたとでも?」
「私があの人の何を知っていると?」
「知らない方がおかしいんじゃないんですか?」
「あんたが知っていることの方がおかしいわよ」
「……」
「……」
黙る二人。響く音はそれぞれ体を洗う音だけ。
「……どうでもいいですけど姉妹喧嘩に巻き込まないでください」
リッツがため息を付きながら言う。
「「姉妹じゃない」」
そして同時に、返事も帰ってきた。

午後9時。消灯にはまだ早いがしかしほとんどの寮生は自分の部屋で大人しく静かな時を待つ頃。
「と言うわけで今年もやってきたぜ。ミッドナイトピクニック」
仕切るのは優樹だった。それに続いて多くの男子が小さくオーッと叫びを上げる。
「……何だこれ」
甲斐と達真が呆然としている。
「いや、俺がここにいたら毎年やってることだ。毎年5月1日の夜は真夜中の寮を散歩するイベント日だぜ」
「……ツッコミどころが多いが、男子寮をだよな?」
「not!真夜中に野郎どもの巣窟を徘徊して何になる」
「……矢尻、寮長を」
「そうっすね」
「まあ待て待て待て待てこのリア充ども。密かな男子の楽しみを奪うことは許さないぞ」
優樹の妄言に頷く野郎ども。
「いやいや、だからってお前達新学期開始してまだ1ヶ月しか経っていないのに揃って退学するつもりか?つか毎年恒例ってお前去年までも実は泊まりに来てたのかよ」
「うむ。苦しゅうない」
とりあえず優樹の顔面に拳を打ち込んでおいた。
「で、次にお庭番の般若みたいになりたい奴は誰だ?」
煙が上る拳を見せる甲斐。後ずさる野郎ども。
「ふっふっふっふ、甘いな廉。今まで最低5年やっていたのにどうして一度も騒ぎになっていないと思う?」
「……女子に直接手出しをしていないからか?だが、寮内に監視カメラがないとは限らないぞ。夜中に男子が女子寮徘徊していれば翌日退学者がダース単位で出ないか?」
「だから甘いと言っているのだよ!俺達が無策で深夜の女子寮を徘徊すると思っているのか?……これだよ!」
そうして優樹が見せたのは、
「……幽霊のコスプレ?」
「そう。俺達はただ挑戦者のいない肝試しをやっているだけに過ぎない。これの何が問題なのかな?ぬはははははは!!」
「ぱーんち!」
再び愚弟の顔面にクレーターが出来た。

3時間後。甲斐三兄妹の部屋。普段使われることのない二段ベッドの上側を優樹が使用している。最初は文句ばかり言っていた和佐も観念して今は普通に熟睡している。これだけ見れば懐かしい頃を思い出させるかもしれない。しかし、
「……やられた」
甲斐がトイレから戻ってくると優樹の姿はなかった。
「…………さて、」
一人で行こうとして、しかし少し考えてから
「おい、和佐。和佐。起きろ。揉むぞ」
「…………あんっ!……れんく…………何してますの?」
「そうだな。午前0時過ぎに熟睡している妹に跨がって胸を揉んでいる?」
「…………もう、その気になったのなら普通に言ってくださればいいのに。しかも優樹お兄さまがいる時に限ってだなんていつの間にそんな趣味を」
「そんな妄言を聞きたいんじゃない。いいからついてこい」
「場所を変えるんですか?え、真ん中の優樹お兄さまに上下のいけない関係をコソコソするのが主目的じゃないんですか?」
「ぱーんち」
「きゃん!」
顔面ではなくげんこつにしておいた。
とりあえず軽く説明をしてから二人は部屋を後にする。
「なぁんだ、そんなことですか。私、てっきりついにその気になったのかと」
「ならんならん。世界を滅ぼしたくはないからな」
「え、別の世界の記憶でもあるんですか?」
「そんなものはない。とりあえず奴らが何か企んでいる以上一人で女子側のエリアをうろつくのはあまりに危険だからな」
「……面白そうな、面白くなさそうな……」
ため息をつきながら夜の廊下を歩く。歩き慣れた道のりだがしかし真夜中ともなれば若干雰囲気が異なり、まあまあ不気味だ。
「女子寮って2階ですよね。食堂挟んで」
「ああ。……友達とかいないのか?」
「少しはいますよ。どこかの誰かさんじゃないんですから」
「誰の話だ。またがつんとされたいのか?」
「妹のたわわをまた自由に弄びたいのならいいですよ?」
「……真夜中に弟が女子寮へと忍び寄り、妹が男子寮でセクハラ発言をしようとしている件。……ちゃんと3月に卒業できるのかな、これ」
甲斐が遠い目をしながら歩き、食堂への扉を前にした。
「……ん、鍵が閉まっているぞ」
「妙ですね、これ外側からしか開閉が出来ないタイプですよ。もしここを通って2階に行ったのなら開いてないとおかしいです」
「……いや、分担しているのかもしれない。開いていたら怪しまれるから先行した連中が通った後に閉めたとか」
「……だとしても女子側はどうするんです?女子の誰かに開けてもらわないと入れませんよ?それとも女子側に協力者がいるとでも?」
「…………いや、男子だな。日中なら入れないこともない。だから消灯時間前に向こう側にいて時間になったら出てきて鍵を開ける」
「……それだと朝は取り残されることになりますね。いや、日中は出入りしていてもそこまで不思議じゃないから問題ないと……」
「だな。で、そうなるとどうやってうちらが女子側に行くか、だが」
「赤羽さんや最首さんに連絡するとか?」
「…………あまり大事にはしたくない」
「……行く方法はなくても優樹お兄さまを取り締まりたいだけならここで待っておけばいいんじゃないんですか?鍵を開ける役目の人もここに来るでしょうし」
「……それもそうだな…………ん、」
「どうしました?」
「……中入るぞ」
「え?」
言うや否や甲斐は鍵を開けてドアを開き、食堂に入った。
「……どうし…………音楽?」
和佐の耳にもわずかに聞こえた。食堂のどこかからかすかに音楽が聞こえるのだ。当然真夜中だから誰かいるとも思えない。いるとすれば優樹が連れている男子の一部が何らかの役割のために潜んでいるという可能性だけだ。しかし音漏れがするほどの音を出して聞いているとは思えない。
「……えっと何かホラーになってません?」
「なってほしくはないがな。ただ、優樹の仲間だったら話が早い」
二人が音のする方へ向かう。学校の体育館程の広さを持つ上、100席を遙かに越える座席故に中々奥の方は見えない。しかも真夜中で当然電気はついていない。
「……念のために女子側の方に行ってほしい。逃げないように」
「は、はい」
和佐が女子側のドアへと近づく。それを確認してから甲斐がスイッチを押して食堂内の電気をつける。
「誰だ!?」
間髪入れずに声を上げる。しかし、
「…………誰もいない……?」
やや暗いが、それでも先ほどとは比べものにならない明るさだ。それで見渡してみても人影はない。自分達以外に人の気配もない。
「……どういう……」
甲斐は言葉を終えた。
「……どうしたんですか?」
和佐が歩み寄ってくる。壁の方を見て硬直する兄。のぞき込むようにして兄の視線の先を見る。
「……え、」
スイッチの横。そこに照明を切ってはいけないと書かれたメモが貼られていた。
「……こんなのいつもありました?」
「……いつもどころかさっき電気をつけた時にもなかったぞ」
戦慄と恐怖。甲斐は冷や汗を感じる。さらに衝動的に男子寮側に向かい、ドアノブを握る。
「……鍵がかかっている」
「……それって……」
「俺達がここに来てから誰かが閉めたって事だな。これが優樹達のいたずらならいいが、」
「……ホラーですよね……これ」
「そう思いたくはないがな」
甲斐は冷や汗を拭いながら照明のスイッチを見やる。メモは貼られたままだ。
「…………切ってみるか?」
「……すごくイヤな予感しかしないんですけど」
「…………全くだ」
いいながら甲斐は照明を切らずに女子側へと向かう。
「……鍵が開いている。さっきはどうだった?」
「……確かめてません」
「……進めって事かもな」
ドアを開けて甲斐と和佐が廊下に出てドアを閉めた瞬間、
「!?」
「きゃ!」
背後の食堂から光が消えた。
「鍵を閉めろ!!早く!!」
「は、はい!!」
和佐がドアノブを握り、鍵を閉める。直後にガチャガチャとドアノブが動く。
「ひいいっぃ!!!」
恐怖だけで和佐が飛び退き、甲斐の腕にしがみつく。
「…………とんでもないオカルトが息を潜めていたようだな」
「……毎日あの食堂使ってますよね……?」
「…………これからも卒業までは使うことになるだろうな」
「……あの、」
新たな声。二人が背筋をピンと張りながらあわてて振り向く。と、背後には寝間着姿の女子が眠たい目をこすりながら立っていた。
「どうしてここに男子が……?何をしていたんですか?」
「……ホラー」
「はい?」
「……確証はない。君、食堂に入って来てもらえるかな?」
「ちょっと!?」
甲斐の提案に和佐が奇声を上げる。
「?こんな時間にですか?肝試しでもやってるんですか?」
女子がドアの鍵を開けてドアノブをひねり、真っ暗闇の食堂へと足を踏み入れる。やがてすぐにその姿は見えなくなった。
「………………どうする?」
「助けに行かないんですか……?」
「………………予感が正しければ彼女はもう食堂にいないぞ」
「な、な、な、何て事言うんですか!?」
「……もう10秒しても戻ってこなかったら助けに行く。全速力でスイッチのところまで行って電気をつけて彼女を帰してうちらも部屋に戻る。いいな?そのためなら気の解放もやむを得ない」
「……わ、分かりました」
顔を見合わせ、キスをするくらいの距離まで近づき、小さくカウントダウンを始めた。そして10秒が経過した瞬間。
「「コォォォォォォォォォ・…………………………」」
気を解放してから二人が食堂へと飛び込む。何も考えずに一目散にスイッチのところへと走り込む。……食堂の奥の方で暖炉でもとっているかのようなわずかな灯火をも無視して。
甲斐の手がスイッチに触れそうになった瞬間。その手が何者かに掴まれた。
「っっ!!!」
ほとんど反射的に甲斐は拳を振るう。その拳は間違いなく何かに命中した。そして掴んでいた手は離れ、今度こそ電気をつける。
「誰だ!!」
再び明るくなった食堂。しかし自分以外には誰もいなかった。
「…………和佐……?おい、和佐!?どこだ!和佐!!」
自分がその手で殴った相手はおろか併走していたはずの和佐までいなくなっていた。明らかに動転しているがそれでも集中して周囲の気配を探る。やはり自分以外には誰もいない。
「…………落ち着け」
なるだけ呼吸を整える。明らかに恐怖で支配され掛かっている心を無理矢理にでも落ち着かせる。
ピロン
「ん、」
メールの着信音だ。すぐにメールを開く。
「……発動、悪魔の居城……?」
文面を読み上げたその瞬間。厨房の方から大きな音が聞こえた。
「!」
急いで向かう。音がしているのは2メートルほどの大きさの冷蔵庫だった。もはや恐怖すら感じない無のままで甲斐が冷蔵庫を開ける。
「ぷはっ!!」
そこから出てきたのは和佐だった。
「和佐!?どうしてこんなところに!?」
「わ、分かりません。さっき暗闇を走っていたらいつの間にか体が動かなくなって……」
「……それは?」
「え?」
見れば和佐は一冊の本を持っていた。どこにでも売ってるようなノートだ。しかしボロボロであり、明らか10年以上は経過していそうだ。
「……開けて見ろ」
「は、はい」
和佐がノートを開く。そこには、
「ひっ!!」
「…………」
幼稚園児くらいの子供が描いたであろう落書きがクレヨンか何かで描かれていた。率直に言うなら狂気を感じるような絵だ。下手とかそう言う次元ではない。それに、1ページ目がそれで2ページ以降は糊か何かで張り付けられていてめくることが出来ない。
「……」
「え、それ写メとるんですか?」
「一応な」
狂気の落書きをスマホで撮影する。次の瞬間、
「え!?」
そのノートが急に発火した。和佐があわてて炊事場に投げて甲斐が蛇口をひねる。勢いよく出た水は火を打ち消すが、
「…………ノートまでなくなってる」
燃え滓すら残っていなかった。
「…………」
おそるおそる甲斐がスマホの写真を見る。こちらは残っていた。しかし、
「……あずさやまみか……」
まるで殴り書きにしたかのように乱暴にそのひらがなが描かれていた。これはさっき直接見た時にはなかったように思える。
「…………この落書きを描いた人でしょうか?」
「…………………………さてな」
「で、これからどうします?さっきの女の子もいませんよ?」
「…………優樹には繋がらないな」
電話をかけてみるが返事はない。一度男子寮側のドアノブを捻ると今度は開いた。流石にもうこれを優樹の仲間が男子寮側から開けたとは微塵とも思っていない。もはや恐怖が一周回って二人揃ってどこまでも冷静になっていた。
「……ちなみにさっきの女子、誰だか知っているか?」
「いえ、少なくとも同じクラスの子ではありませんね」
「……」
甲斐は少し考えてからスイッチを切る。和佐が一瞬だけ息を吐くが、食堂は何事もなく暗闇に戻った。
「……………………………………」
甲斐は今度こそ閉口した。先ほど一瞬だけ暖炉のような灯火が見えた方向。そこに明らかな気配を感じたからだ。一歩前に出ようとして、すぐに和佐の手を握った。
「え、」
「離れるな」
「は、はい」
そして二人揃って気配のある方へと歩く。
「…………あの、どこに行ってるんですか?」
「……気配が分からないのか?」
「気配ですか?二人分しか感じませんけど……」
「……」
恐怖に打ち勝つというよりかはもはやどうにでもなれという気持ちで二人が先に進む。
「……ここってこんな広かったでしたっけ?」
「…………いや、倍くらい広いな」
しかし足は先を急ぐ。やがて、二人は足を止めた。先に暗闇は続いている。だが、それ以上先に進めないと本能が感じていた。右を見る。そこは本来ただの壁だ。だが今はエレベーターの扉らしきものが見える。ボタンは上しかない。そのボタンに手を伸ばして、しかし今度もやはりその手を何者かが止めた。
「……誰だ」
暗闇に向かって声を放つ。しかし返事も気配もない。だが確かにその手は誰かに掴んで止められている。
「……発動、悪魔の居城……!!」
届いたメールの文言を唱えてみせると、
「~~~~!!!!」
明らかな気配が右方から突然出てくる。掴まれていた腕が放されて気配がまた消えていく。さらにエレベーターの扉もまた遠く小さく消えていく
「……いったい何だったんでしょうか……?」
「……もう考えるのも面倒になってきた」
それから、女子寮側へと向かい、2階にやってきた。いよいよここからは本格的に男子が夜に来ては行けないゾーンだ。とは言えもはやそんなざわついた軽い調子はない。作業的に物陰などを見ながら優樹達がいないことを確認して先に進むだけ。
「……ん、」
やがて物陰から1つの気配が飛び出してきた。それはリッツだった。
「あなた、拳の死神……どうしてここに……?」
「弟が夜中女子寮に行くって行ってたんでな。姿を消したんで本当に行ったのかと思って来たんだ。見かけなかったか?」
「いえ、消灯時間から先誰も2階にはあがってきていません」
「…………下にも降りてないか?」
「はい。一方通行なんてないでしょう」
「………………そうか。ところでどうして君は寝てないんだ?」
「私は三船のクローンです。一日一時間だけ専用カプセルの中で休眠をとれば十分なのです。……あなたもまさか弟さんを理由にして夜這いを仕掛けに来たんじゃないんですか?」
「妹を連れて夜這いに来る奴がいると思うか?」
「妹さん?どこにいるんですか?」
「……またか」
振り向けば確かに一本道の廊下に和佐の姿はなかった。
「……どうかしたんですか?」
「……科学の結晶である君に説明するのは憚れるが実はさっきから心霊現象に襲われていてな」
「何ですかそれ。心霊がないとは言いませんけど女子寮に忍び込む理由にしては突飛すぎませんか?」
「……何か初めて会った頃の赤羽に似てるな。流石クローン姉妹」
「赤と比べないでください。一応私のマスターはシフルだけです」
言いながらリッツが歩み寄る。
「で、何がどう心霊現象なんですか?」
「これ」
甲斐がスマホを見せる。さっきのノートの落書きの写真だ。
「……何ですかこの2~4歳児くらいが描いた落書きは」
「隣を歩いていた妹が突然消えて冷蔵庫から発見された時に手で持っていた謎のノートだ。それ自体は写メとった瞬間に燃えて消えた」
「……本当なら本物のホラーですね、それ。とりあえずセンサーマックスで歩きますか」
「手伝ってくれるのか?」
「弟さんはここには来ていません。ですが妹さんがいなくなったというのならせめて探す手伝いくらいはします。暇ですし、この辺いると最上火咲からまたぬいぐるみにされるので」
「……心強いぜ、りっちゃん」
「……その呼び名禁止です」
二人が真夜中の廊下を歩く。当然皆寝静まっていて他に廊下に出ているものは誰もいない。
「女子トイレを見てくれないか?いるかもしれない」
「……いや、一切物音はしませんね。みんな自分の部屋のを使っているんじゃないですか?」
「……ちなみにその辺ってりっちゃんはするのか?」
「…………私はメンテナンスカプセルだけあれば飲食も睡眠も排泄も不要です。ちなみに行為自体は出来ますが妊娠などもしないので」
「……別に君をどうにかするってわけじゃない。……何だか火咲ちゃんに殺されそうだしな」
「ご心配なく。十中八九あなたの方が強いから大丈夫ですよ」
真夜中の廊下を歩く。しかし数分で1階へ続く階段まで到着してしまった。当然その間に和佐の姿はない。
「……電話が繋がらないな」
「……妙ですね。今の電波を解析したところ相手方が電波の届かない状況のようです。ですがこの建物……男子寮含めてですが電波が届かないエリアは存在しません。もちろん寮の外でもここから7キロ先までは必ず電波が届きます。電源を切っているわけでもないようですし、これは本当に怪奇現象かもしれませんね」
「……そんなのさっきからずっと分かってるよ」
「男子寮に戻ってみてはどうですか?」
「…………いや、何となく結果は出ないと思う」
「どうして?」
「さっきまで食堂で死闘を繰り広げていたんだ。それをクリアしたってことは先に進めって事だ。だから今更食堂より前に戻っても何かあるとは思えない」
「ゲームのつもりですか?しかし、女子寮側にはもう探せる場所なんてありませんよ?まさか一つ一つ部屋に潜入しますか?気付かれたらあなた、連休明けにはここからいなくなっていますよ?」
「……それでも手段の一つとしては入れておかないと。さっきまで出来ることは何でもやってきたわけだしな。和佐が消えたのもこの2階の廊下だ。やっぱりこの2階の廊下に何かあるんじゃないかと思う」
「……いつもなら下心しか感じませんが、今のあなたはシリアスなようですね。分かりました。最上火咲と赤を呼んできます。誰にも見つからないようにしていてください」
「…………ちょっと気が進まないけど分かった」
そう言ってリッツが廊下の奥の方に消えていく。再び一人になったことで甲斐は状況を整理する。恐らく和佐はまた冷蔵庫に入っていた時のようにどこか異次元空間を使って幽閉されているか移動させられたかしているのだろう。必要ならまた先ほどの謎のキーワードを唱えるしかない。
「……ん、」
振り向く。と、階段から誰かが上がってきた。慌てて隠れようとしたが隠れる場所はない。それに妙な気配だった。よって覚悟を決めて待ちかまえていると、
「…………」
一人の少女が姿を見せた。先ほど消えた女子ではない。そして彼女同様この学校でその姿を見た覚えはない。
「こんな真夜中なのに制服か。どこの学校に行ってたんだい?」
「…………」
少女は答えない。甲斐の脇を通って廊下の暗闇に向かっていく……かと思えば突然襲いかかってきた。
「ふっ、いくらホラーだからって肉弾戦で勝てると思うな!!」
飛びかかってきた少女の腹を殴りつけ、少女はピンポン球のように吹っ飛んでいく。意外と脆いなと思いつつもし普通の女子生徒だったらいろいろ危ないなと危惧していると少女は無表情のまま立ち上がった。そしてまた襲いかかってくる。
「……ホラー確定」
少女の突進を受け止め、一瞬で両足の関節を外し、一応胸を揉んでからその体を持ち上げて壁にたたきつけた。
「…………体温がない」
胸の感触を思い出す。しかし温もりの類は感じられなかった。そしてふと見れば少女は姿を消していた。
「……あの、」
声。しかし聞き慣れた声だ。振り向けば赤羽、火咲、リッツがいた。
「あんた、女子寮で何してんの?」
「ホラー退治」
「はぁ?」
「…………事情は少し黒から聞きました。妹さんと弟さんを捜すのですね?」
「ああ。割とマジなレベルのホラーに襲われてるから特に精神的に気をつけた方がいい」
「……何でゴールデンウィークの一日目の真夜中からこんなことしないといけないのよ」
火咲がため息をつく。
「……で、どうしますか?まさか本当に女子の部屋を1つ1つ探していくのですか?」
「…………手段の1つには入れておこうと思うが最終手段の1つだ。これまでもそうだったが大抵ホラーは向こうの方からやってくる。……少なくとも優樹の奴がこのあたりで肝試しやってるって事はなかった。一度部屋に戻ろうと思う。行くぞ」
「……この時間に男子寮ですか」
「まあ、私達が怒られることは少ないんじゃないの?」
「……夜中に女子寮に男子が潜入しても、男子寮に女子を連れてきても悪いのは男子の方ですかそうですか」
ブツクサ言いながら甲斐を先頭にした4人が階段を下りようとする。だが、
「……………………そうきたか」
本来、下に続く階段だけがあるそこには上へ続く階段だけが存在していた。当然この建物は2階建だ。
「……どうだ、りっちゃん。ホラーが見えないか?」
「……確かに物理的にあり得ませんね。なるほど。異常事態だと言うことは認めます」
「……上、行きますか?」
「それしかないだろうな」
4人は覚悟を決めて謎の3階へと進んだ。
「……さて、ここは何寮になるんだろうな」
上った先。長い一本の廊下が続くそこは男子寮にも女子寮にも見える。
「……こうなったら1つずつ部屋を見ていった方が早いかもね」
火咲が一番近くの部屋にやってきて、リッツに目配せ。するとリッツがドアノブを捻り……
「……閉まっています」
「……無理矢理突破は?」
「……するんですか?」
「しなさい」
「……分かりました。…………はい、開きました」
「……三船を味方に付けると心強いな」
「三船なら誰でもああいう事するわけではありませんので」
開いたドアに4人が入る。
「……え、」
入った部屋は明らか普通の部屋ではなかった。まるでオーシャンビューの高級ホテルの一室だった。窓の外に見えるのは夜の海。当然学生寮の近くに海などは存在しない。
「りっちゃん、一番近い海は?」
「100キロ以上はあります。まあ普通に考えてあり得ないかと」
「……でしょうね。はあ、本物ってわけね」
「……だけじゃないぜ」
甲斐が振り向く。
「……ドアがなくなってる。ここに閉じこめられているみたいだ。おまけにスマホは完全に電波が届いていない」
「……この空間に利用可能な電波がないようですね。明らか異次元空間かと」
「……発動、悪魔の居城」
甲斐が唱える。すると、突然テレビがつく。4人が視線を向けると画面にはこの部屋らしき映像が流れていた。それだけではない。画面には赤羽と火咲、そして同じ顔の少女たちがたくさん映っていた。しかもいずれも生気はなく、死んでいるように見える。
「…………これは、」
「………………不愉快ね」
赤羽と火咲が同時に表情をゆがめる。
「…………妙ですね。あれ全部クローンではありませんよ」
リッツが冷静に言う。
「どう言うことだ?」
「クローンならたとえ映像でも相手がクローンかどうかは分かります。と言うかそもそも全クローンの情報は入っています。ですがあそこまで最上火咲や赤に瓜二つなクローンは存在しません。私達は本物に成り代わるためのクローンではないのですから、顔などどうしても似てしまうような部分を除いてなるべく本物には似せないように作られています」
リッツの説明。赤羽や火咲は驚かず甲斐もまたこれまで遭遇した赤羽クローン達を思い返してみると確かに顔はいずれも似ていたが体格や外見年齢などは微妙に差異があった。唯一の例外はシフルとリッツだが、そもそもリッツはクローンのクローンなのだから例外なのも仕方ないだろう。
「……じゃああれは少なくとも三船は関係していないのか」
甲斐が他3人を見る。リッツには答えがなく赤羽と火咲を見るが二人は何も答えない。
「…………心当たりはあるのか?」
「ないわけではありませんが、とても言えるものではありませんね」
「そうね。こればかりはとても言えないわ」
「………………そうか」
実際予想も出来ない。意味不明なホラーだと思えば思考停止で済むが、この姉妹が心当たりあると言っているのが困る。とは言え何か触れてはいけなさそうだからホラーと同じ扱いにしておこう。
「で、これどうすればいいんだ?」
「破壊するわ」
火咲がテレビに向かっていく。すると、画面から一人ホラー映画のように出てきた。
「…………本当に出てきたわよ」
後ずさる火咲。テレビから出てきたのもまた火咲にも赤羽にも見える謎の少女だった。
「……あんた、いつのよ」
「………………」
火咲の問い。しかし少女は答えずに火咲へと突進する。
「っ!」
迎撃の膝蹴り。しかし少女はそれを足場に跳躍して火咲の背後に回り込む。
「……あなたはもういらない」
「勝手に決めるな!!」
振り向くと同時に二人の後ろ回し蹴りが激突する。
「……妙だな」
甲斐が疑問する。
「どうしました?」
「あのホラーガールの動き、空手だぞ。しかも赤羽そっくりだ」
「………………」
赤羽は返事をしない。代わりに少女へと歩み寄り、回し蹴りの一撃で少女の右足を破壊する。
「あ、あっさりだな……」
「……自分の動きですからね」
赤羽は動けなくなった少女を起こし上げて顔をじっくりと見る。本人でさえもそれが赤羽の顔なのか火咲の顔なのかが見分けがつかない。
「……まさか、これが最果ての……」
「赤羽?」
「…………いえ、何でもありません。それよりどうやってここから出ましょう」
「…………そのテレビの向こうは?」
「やめた方がいいです。ここからならともかくあそこからは絶対に抜け出せません」
「……たった今例外が見えたような気がするが……」
「……こうなりたいのならどうぞ」
赤羽が少女を見せる。少女は言葉を喋れない様子でしかし、甲斐の顔を見ると突然泣き出し始めた。
「……えっと、そんな怖い顔してたかな?」
「近付かない方がいいと思うわ。他の誰かならともかくあんたなら間違いなく呪い殺されるわよ」
「……殺意か」
せっかく可愛くて胸の大きい女の子がいるのだが甲斐は諦めて周囲を見渡す。しかし出入り口になりそうな部分は見あたらない。さっきはそれであの呪文を唱えたのだが初めて何も解決しなかった。
「……」
ちらりと少女を見やる。まるで長年会ってなかった家族と念願の再会を果たしたかのようなうれし涙と、長時間探した末にやっとメタルスライムを発見した時のような殺意の表情とが融合していた。確かに何か呪い殺されそうだった。けど、どこか懐かしいようなそんな気もしている。
「……出入り口、教えてくれないか?」
ぼそっと呟く。しかし少女は何も答えなかった。だが今まで通りなら間違いなくこの子かあのテレビの映像が鍵となって先に進めるようになるはずだった。それとももう同じ手段では先に進めないと言うことだろうか?
「……」
もう一度さっきのメールを見る。送り主が自分になっている。もちろん甲斐はこんなメールを自分に対して送ったりなどしていない。
「発動、悪魔の居城」
再び唱える。が、今度は何も起きない。やはり今起きていることのどこかに解決策があるのだろう。
「……○○しないと出られない部屋的な?」
「……最低ですね」
「本当ね。こんな時によく言えるわね」
「ホラーな時じゃないと性欲が沸かない難儀なタイプですか?」
ひどい反応だった。
「…………ん?」
ふとオーシャンビューの窓を見る。日中ならさぞいい景色なのだろうそこには今半魚人のような謎の怪物が張り付いていた。
「ああ、窓に!窓に!!」
「何の真似ですか?……何かいますね」
4人が窓を見ればゴキブリのように怪物が窓に張り付いていた。しかもガンガン窓を殴りまくっている。少しずつ亀裂が走っていく。
「赤羽。その子を盾に」
「……えぐいことばかり考えますね」
言いながらも赤羽は足を破壊して動けなくなっている少女を持ち上げる。直後、窓を破壊して怪物が押し寄せてきた。同時に赤羽は少女を怪物に向けて投げ飛ばす。
「~~!!」
少女は最後に甲斐の方を向くとその直後には怪物の攻撃を受けてバラバラになった。
「走れ!!タイミングを合わせろ!!」
甲斐の号令で4人同時に走り、怪物に向けて4人同時に跳び蹴りを打ち込む。そして共に窓の外へと落ちていく。
「……くっ、思った以上にきついな」
着地した場所は砂浜だった。4人とも無事でいつの間にか怪物の姿はどこにもなかった。
「……甲斐さん、足大丈夫ですか……?」
「いや、まあまあきつい……。探索しなくちゃいけないのにどうやらしばらくほとんど動けなさそうだ」
「……無茶するからよ」
「ああでもしないと生き残れなかった。……さて、今度はどうしようか」
甲斐は正面を見る。そこには夜明け前の瑠璃色の海が見えた。
「……もう夜明けが近いのか」
「……私の体内時間だとまだ午前3時頃なので夜明けにはまだ遠いです。尤もここまで意味不明な展開が続いてしまえば私のような科学の塊は意味がないかもしれませんが」
「ちなみにりっちゃん、パワーはどれくらいあるんだ?いざって時に俺を運べるか?」
「100キロくらいまでならいけますよ。…………新たな生体反応を感知。何かいますよ」
「……今度はどんなモンスターとエンカウントするんだ?」
「……どうでしょうね。……あ、足場が……!」
4人の足場がまるでエスカレーターのように移動を始めた。砂浜と言うこともあってまるで波に引き寄せられているようだった。やがて一瞬まぶしい光に包まれたかと思えば、
「……もう何でもありだな」
甲斐達4人は寮の廊下にいた。
「……ここは謎の3階でしょうか?それとも元の世界に戻って来れたんでしょうか?」
「どこか部屋を覗いてみればいい。男がいるか女がいるか異次元に繋がっているかで場所が分かる。こっちとしてはそろそろいい加減に帰って休みたいんだがな」
「……さっきと同じ部屋は危険ですね。とばしましょう」
「……待ちなさい赤羽美咲。さっきの部屋をよく見なさい」
火咲が中止して他の3人も見た。
「……さっきりっちゃんが破壊したドアノブが戻ってるな。ってことはさっきとは違う場所って事か?」
「……最奥の私達の部屋に行きましょうか?」
「……夜に男子を入れるって言うの?」
「あなたに何か問題でも?」
「……まあいいわ」
リッツが甲斐に肩を貸し、4人が真夜中の廊下を歩く。1分と掛からずに最奥の部屋に到着する。赤羽がドアノブを回す。
「……普通に開いていますね」
「そう言えば鍵を閉めてなかったかもしれないわね」
ドアを開けて中に入る。電気をつけっぱなしにした赤羽と火咲の部屋で間違いないようだった。
「……ってことはここは2階か」
「そのようですね。どうします?1階に行きますか?」
「……そうだな。一度部屋に戻るか
それから4人が廊下を通り、階段を下りて食堂を抜けて男子寮へと入る。やがて甲斐の部屋に到達してドアを開ける。すると、
「……いるな。どっちも」
優樹も和佐も寝息をたててベッドで横になっていた。
「……これはもう解決したのでは?」
「何一つ意味が分からなかったけどね」
「……一度どちらも起こしてみるか」
言って甲斐が優樹を踏みつけ、和佐の胸を揉む。
「起きろ弟妹」
「いでっ!な、何だ!?」
「もう、何なんですか?」
「お前達に聞くが今夜何をしていた?」
「何って……肝試しのために女子寮行こうとしたら鍵が閉まってて食堂から先に進めなかったから戻って寝たんだけど」
「私は……ずっと寝てたような気がします……」
「…………別の意味で解決かな」
甲斐がため息をつく。
それから赤羽達には帰ってもらうことにして、甲斐はやっと休むことにした。珍しく布団に入ってすぐに眠気に襲われた。
そして夢の中。目の前には先ほど見た上に行くボタンしかないエレベーター。
「……」
甲斐がそのボタンを押そうとしてしかし、エレベーターの籠が降りてきた。そこに乗っていたのは、
「……!」
もう一人の甲斐の姿だった。