【全体公開】初めに―「創作集団LUNARHOLIC」と「朧月院零」について―

【この記事はSuzuriPeople開設時の序文です】


 はい、初めましての方も御馴染さんもようこそいらっしゃいませ。

 先ずは色々ぶっちゃけて紹介しておかないと誰も絡み辛いと思うんで色々、初めに、と題して記しておきます。

 簡単に云うと、僕が朧月院零です。運営してきた集団がLUNARHOLICです。以上です。いやだめだろそれじゃ。ねえ。これではホント誰も絡み辛いと思います。詳しく紹介させて頂きます。

 「LUNARHOLIC(るなほりっく)」、元々は1997年頃、僕が学生時代に作ったインディーズレーベル予定団体名で、当時、銀行でその口座を開くには「みなし法人」と云う形になり「代表者名」も含めなければいけませんでした。無料のオンラインバンキングサービスも「法人、みなし法人」は使えません。いやあ不便。名前も長い。「るなほりっくだいひょうなになになに」。

 後年、僕が戸籍のとある欄を、ちょっとですね、家裁で申立てをして変更致しましてね。あ、婚姻欄ではないです。婚姻欄はまあ、こんな色々あった人間でも、漂白材もびっくりの驚きの白さです。逃げ足速いからです。違います。

 

 それでまあ、お察しの方もおられるでしょうが、銀行やなんかにも変更通知をしなければいけなくなりまして、行ってみたところ、「みなし法人」が「法人格個人」と云う形になったらしく、詰まるところ僕、「法人格個人」なんですよ。「るなほりっくだいひょうなになになに」として。

 いや、銀行名義とかどうでもいいから。そう思ったそこの方。大事だよ、大事。

 と申しますのも、理由は幾つもあるのですが、「LUNARHOLIC内として抱えたり、LUNARHOLIC監修として関わった、バンドやブランドや団体やイベントやアーティスト等々の変遷が激しく、そして現在ほぼ誰も居なくなったのアガサクリスティ状態」ですとか、「代表である僕が一時期メジャーの世界で表舞台に立っている人になっていたなんでやねん状態」ですとか、「同時期に始めた学生SOHO事業で肩書や社名が何にもなかったので前述のみなし法人としてお堅い仕事を請ける事業者名も兼ねており、どう見てもベンチャー企業まがいです有難うございました状態」ですとか、そんなですね。要するにもうほぼ個人ですし内容も何でも屋になっちゃってんですよね。

 でもですね、「創作集団LUNARHOLIC」と名乗り続けるのは、その「創作集団」部分を決めたメンバーとの約束を忘れたくないから、さ…。ふ...約束だから…あ、え、痛い奴になってしもた。まじ。でもそんなんもあんの。そこは正直外してもいいかとは思うんですよ、惰性もありますから。いつかは、外れるかもしれません。或いは、その人物が活動復帰したら、また相談するかもしれませんし。なので「創作集団」部分はあまり話すほどの事はないです。肩書が要るんで急遽付けたら付きっぱなしになったと思ってください。

 さて、そんなこんなで、結構説明された様な気になったでしょう。なりませんか。そうですか。でも実態はかなりの何でも屋と云いますか、個人的に仕事を請ける時でもクリエイティヴな内容の時はLUNARHOLIC名義になっていたり、最早、僕の名前と、あと僅かな内輪の協力者たちの名前と、一体化してしまっているんですよ。レーベルじゃなかったのか。と、愕然とするほどの事なのか、それほどでもないのか。

 そう僕の名前、名前を使ってする事、そこなんですよ。

 僕は物心ついた時にはもう何やかんやと「創って」は、いました。全体公開分ではちょっと書けませんが芸術家家系のため、だけではなくて、個人的な興味もあったと思います。幼児期の話だと、鍵盤に触れるようになったら作曲をしていたとか、過読症らしく文字覚えが早かったので気付いたら絵本や童話をワープロ打ちしていたとか、後は色々普通に子供が工作をするようなノリだったでしょうけども、何かを「自由に自分の力で創作する事は誰もがする普通の事」と思い込んでましたね、やなガキですね。

 

 で、結局、いや結局ってのも一般的には歪んだ結論かもしれませんが、「普通の事」だと思ったまま育ったので、「自分の何かを自ら売り込む事」をしていませんでした。親が見付けて何かに応募したら何かに採用、とかはあったけど、また別の話で。自分からは偶に気が向いても、雑誌に絵をぽいと投稿したら載った、ああ載ってるなあ。弾き語りをする友人達に詞集を貸したら驚かれた、なんで別に凄くないよ。作った服を着て通学して珍しがられた、うん縫ったよミシンあるし親も服飾できっからな。そんな感覚になってしまって。

 未だに「何かを創る事、特にそれで対価を貰ったりするのは特に、誰しもがやる事ではない」と云う概念に対して、ある意味反発し、ある意味迎合して生きてます。はい。文章書いたり画像や立体物作って納品してギャラ貰う、って最早普通なんですけどね、でも普通じゃないんだろうなあと、どこか腑に落ちない感覚は残っています。

 ええと、少し逸れましたが、半笑いで答えるとしたら「ああ、ライフワーク?ってやつなんですよ、僕のね、何かを創るって事は(笑)」ってところです。きもちわりいな。そんな気取ったスタンスではいたくないよね。ねえ。

 まあ自発的に色々創作していても自己満足の範疇だったのですが、外へ向けて、且つ連帯的になったのは、10歳からドラマー歴があったので、17歳くらいでやっと同級生達とバンドを始めてからでしょうか。そこから流転の人生になりまして。バンドを転々とする、パートも色々経験があるからやる、掛け持ちもする、技術側にも回る、ちょっとの劇団経験を活かして色んな演出に手を出す、ヘアメイクや衣装制作を他人にも頼まれてやるようになる、コンセプトストーリーを執筆する、作詞作曲だけ参加とかもする、販促を作る、フライヤーを作る、ジャケを作る、ペーパーを作る、そのうち段々、機械を個人でも色々持つようになって、トラックを作る、ミックスをする、サイトを作る、音源をアップする、ライブイベントだけじゃなくクラブイベントにも出る、アートイベントでも試聴音源を出す、そう云うのを自分にも他人にもやる、みたいな方向へ行って、当時の表現で云うと音楽そのものだけでなくメディアミックス的に色々やったんですが、何だかバイト感覚から写真や服のモデルやったりしてたのと、個人サイトと当時持っていた某カルチャージャンルのポータルサイトとかその辺から何だかんだ声が掛かるようになって、ここでは省きますがホント何だのかんだの色々やって、活動拠点もいつしか東京になっちゃって、気が付いたら芸能界の端くれにいました。

 でも当時の名前は「朧月院零」ではないんです。一部の人々の間では「零」ではありましたが、ネット上の裏キャラから発祥しているので、詳しくは語りません。

 「朧月院」って表題の、これも追々由来はお話したくは思いますが、え、そう勿体つけんなよってか。ええやろ、まあ和風の幽玄系のサイトをちらっと作った事が大昔にあってね。個人的な趣味で、ほんの一時期。その時に、これいつか苗字にしてもいんじゃね、って思ってたんです。あ、読み方は「ろうげついん」です宜しく。

 それでちょっと切欠になる出来事がありまして...。簡単に申しますと、神経系の障碍悪化で表舞台を引退して京都に戻って隠遁を決め込んで、でも、その事自体ではなくですね、そうして入退院したりリハビリしたり療養したりしながら、身体が動く、特に手先がちゃんと動く間は自力で仕事も主にネットで取って請けてゆるゆると生活していたら、長年の友が、急逝しまして...。月一くらいのイベント以外でも逢ってた東京の街で、独居の孤独死でした。その辺からまた身辺に変化があって、と云うか、アクションを自ら起こしていこうと、どこか価値観が、奇妙な出来事の連続もあったんで、何しか変わりまして、ちょっと早めのミドルエイジクライシスみたくなっちゃいまして。自分を再模索したんですよ。そこです、そこで先程の、戸籍云々になるんですけど。けどね。

 まあ前述の通り何を変えたかはお察しで、ってのは変えずに説明すると、苗字は流石に変えてないんで。親が変わったとかもないんで。はい。只、活動名としては、またサイト名なんかにちらほら使い始めていた「朧月院」、そして名前も堂々と「零」、読みも「ぜろ」のままでゆこうと。そこで初めて統一、しました。冷やし中華、はじめました。てな訳です。

 どうもここまでお付き合い下さった方、雰囲気だけでも分かりましたでしょうか。分かりませんか。じゃあ質問とかを貰いましょうか。そのためには、支援会員になって貰いましょうか。ん、なんだ、ウェブ商材の悪質広告リンクページみたいじゃねえの。つらつら書いた割には説明になってんだかなってないんだか。でも略歴は掴めましたでしょう。大部分省きましたが、初めや終わりやその後の今だけ分かってりゃ充分ですよ、うん充分。あとは追々会員限定で見せますから。だから会員がいないと深い話題も話甲斐がないんだってばよ。何か「創る」行為や人前に出ている方なんかには特にですが、総て享受する側の皆さんにも、質問とかどんどん頂きたいと思います。これは本気。

 で、現在の活動に関しましては、トップページに、SUZURIさんのショップリンクと、あとまあ唯一の僕とのコミュニケーション手段なんですけど、Twitterのリンクがありますんで、そこから飛んで頂ければ大抵の事は分かります。インスタもブログもその他SNSも公的なものは全てやめちゃったんでね。細々とツイッタラーしてます。ツイッ、タラー...。ああ、フォローバックはあまりしないので、フォローフォロワーがおかしなバランスの数になっていますが、気にしないでください。ええ。フォローが返ってこなくてもめげない心を持って僕のフォローボタンへと、行ってみたいと思いませんか。探し物は何ですか。見つけにくい物ですか。

 あ、因みにTwitterでは「零」ではなく「ぜろぬ」表記になっている事が多いです。これは僕の活動が全てジェンダーを色々超えているので、嘗て、素敵なお姐様に「零さんって、おにーさんでもあるけどおねーさんでもあって、おぬーさん、なんてね」と的確なのだが寒めのジョークをかまされて以来、へんに気に入ってしまい、「おぬーさん」を名乗っているからです。それを受けて「ぜろおぬ」「ぜろーぬ」などと呼んでくれていた友人にも「ぜろぬ、でいいじゃん」と縮められ、また気に入り、「ぜろぬ」です。いずれは、Twitterでも「零」にするかもしれませんが、今は「ぜろぬ」名義で色々宣伝したり書き殴ったり面白いものをリツイートしたりと気まぐれに活動してるんで、タイムラインで僕と握手。いや握手は物理的にできんので、せめて僕が何か話題振ったら、リツイートやライクで挙手や拍手。うん、そうしよ。そうしてください。

 はい、現場からは以上です。

 

 何の現場か、と思いましたか。だって現場じゃないすか、「創作集団LUNARHOLIC代表朧月院零」が生きてる現場、文字打ってる仕事場兼自宅、ここ、京都。な。

 ま、少しでも、ご興味をお持ち下さって、今後もまあ全体公開記事だけ読みに来るとかも構いませんけど、なるべく支援登録して頂ければ大変光栄に思います。出来る限りのご要望にはお応えして参りたいと覚悟しておりますので、何卒宜しくお願い申し上げます。読者の中の読者、出てこいや。

 

20180906 朧月院零

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