羊が全ていなくなる夜
眠れない時は羊を数えると良いと言う話には続きがあって、「夜にどうしても眠れない時に羊を数えるので、眠る気もないのに羊を数えてはいけない。特に灯りをつけたまま羊を数えると逆に眠れなくなる」というものだ。しかし次第にこの後ろの部分は忘れ去られ、今では眠れない時に羊を数えるということも迷信だと思われるようになった。
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ある日「ラジオでひたすら羊を数えている放送がある」と聞いた。有線放送でそういう放送をしているのは知っていたけれど、最近ではついにラジオでも放送を始めたらしい。その時は単なる噂だと思って気にもしていなかった。
数日後、寝る前にその噂を思い出して押し入れからラジオを引っ張り出してきた。電源を入れて適当にチューニングをいじると、雑音交じりの放送が切れ切れに聞こえてきた。最近は音声放送もネット経由で聴くことが多くなったのでラジオも埃をかぶっていた。久しぶりにこの感じも悪くない。
「羊が30匹……羊が31匹……羊が32匹……」
「お、やってるやってる」
無機質なテキスト読み上げのような放送を見つけたのは、それから間もなくのことだった。有線放送では最後まで聞くと「いつまでも聞いていないで早く寝なさい」と言われるらしい。こちらの放送でもそのようなことがあるのだろうか。最後まで聞くまで眠るわけにはいかないので部屋の電気をつけてラジオを机の上に置いた。
「羊が158匹……羊が159匹……羊が160匹……」
最後まで聞こうと期待していると、意外と眠くならない。机に座ってラジオをつけたまま勉強をすることにした。
「羊が329匹……羊が330匹……羊が331匹……」
羊の数はどんどん増えていく。心地よいBGMだと思うと、いつもより勉強もはかどる。能率もどんどん上がっていく。それでも羊の数に気を配るのを忘れることはなかった。
「羊が1267匹……羊が1268匹……羊が1269匹……」
ついに1000匹を越えたが、まるで変わらずに放送は続いていく。こうなれば、意地でも最後まで聞きたくなる。
「羊が2349匹……羊が2350匹……羊が2351匹……」
まるで終わる気配が考えられない。テキスト読み上げ音声の様で、これだけ一定時間読み上げているのでラジオの向こう側に人はいないのかもしれない。
「羊が5498匹……羊が5499匹……羊が5500匹……」
既にラジオと自分の根競べになっていた。
「羊が12043匹……羊が12044匹……羊が12045匹……」
羊の数が1万を超えた頃から「終わりなどないのではないか」という不安が湧いてきた。しかし、ここまで聴いてしまったら後には引けない。
「羊が15776匹……羊が15777匹……羊が15778匹……」
不意に嫌な予感が胸の中をよぎった。慌ててメモを取り出して計算をはじめる。
「羊の読み上げ時間を3秒として、1分で20匹。1時間で1200匹。つまり12000匹を越えている今は既に数え始めから10時間以上経っているはずだ。それなのに、何故夜が明けない?」
窓の外は白々と明ける気配もなく、未だに静まり返った夜のままだ。窓を開けようとしたが何かで固められているようにびくともしない。寝室のドアも壁になったかのように開けられなくなっていた。
「羊が15900匹……羊が15901匹……羊が15902匹……」
ラジオの番組を変えようとしたが、どこに合わせても羊の放送が聞こえてくる。携帯電話も圏外で使い物にならなくなっていた。
「一体どうなっているんだ!?」
わかったことは、この部屋に閉じ込められてしまったということだけだ。羊の放送さえ終われば、この部屋を出られる。そんな気がした。
「羊が19930匹……羊が19931匹……羊が19932匹……」
根拠もなく2万匹数えればこの部屋から逃げられると信じて、一心に放送に耳を傾けた。
「羊が19999匹……羊が20000匹……羊が20001匹……」
何も変わらなかった。それなら10万匹だ。10万匹まで聞けばきっと朝は来る。何匹でも待っていてやる。
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「羊が705478匹……羊が705479匹……羊が705480匹……」
10万匹をとっくに過ぎても朝が来ない。
「羊が1023865匹……羊が1023866匹……羊が1023867匹……」
100万匹を越えても朝は来ない。
「羊が1億とんで2389匹……羊が1億とんで2390匹……羊が1億とんで2391匹……」
時計も12時から動いていない。もしかしたら、数が続く限り朝なんて来ないのかもしれない。
「羊が32億5478万906匹……羊が32億5478万907匹……羊が32億5478万908匹……」
完全に時の止まった部屋で、羊を数える声だけが響いていた。
<了>
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