「それ」で滅んでもいいのなら
まだ暑さの残る季節の、夕方。
オレは日に焼けた中華料理屋の看板を見て、足を止める。
「例えばさ~、中華とかってどう?」
「どうだろうね。文化を象徴する要素ではあるけど、味覚が全然ちがうし」
「だよな~。麻婆豆腐でいけりゃいいのに」
「そんなに好きなの? ここの料理」
「いや、入ったことない」
古い個人経営の店って、なんか入り辛いし。
オレが答えると、隣に立つ青年は「そうなんだ」と苦笑した。
「なら余計ダメでしょ。適当なの選んだら後悔するよ」
「分かってるよ。別に、本気で麻婆に託す気もなかったし」
答えてから、また歩き始める。
そういえば、今日の夕食を何にするか決めてなかったな。
外食だと金がかかるけど、家で麻婆豆腐を作るのはアリか。
「お前ってさ、辛いのいける系?」
「いける……っていうか、感じないんじゃないかな」
青年は顎に細い指を当て、僅かに首を傾げながら答えた。
やや芝居がかった仕草だが、こいつの整った風貌が違和感を覚えさせない。
陶器のように白い肌と、長い睫毛。黒くて大きな瞳。中性的な外見は、油断するとオレの目でさえ惹き込んでしまう。
(偽物だって分かってるのになぁ)
舞台役者のような青年の外見は、こいつが後から作り出したものだ。
だのにオレは、時にこいつを「浮世離れした美青年」として扱いそうになってしまう。
「……外見ってのは、あんま役に立たないよな」
「物質的な話? 宝石とかだと、確かにいい評価にはならないかなぁ」
「あぁ、最初に言ってたな。なんだっけ、物質的な価値は評価がズレる?」
「そうそう。この星では希少な鉱物でも、他の星にはありふれていたりするからさ」
ここでの鉱物の価値が、そのままむこうで適応されるとは限らない。
言われてみれば当たり前だけど、そうなるとやっぱり、難しい。
「この星の価値あるもの、ってなんだろうな?」
「無いなら無いで大丈夫だよ、滅ぼすだけだし」
青年――エウス星人シュゼルは、微笑みながら答えた。
【続く】
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