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NHK総合テレビ「解体キングダム」 について

解体キングダム チーフ・プロデューサー
NHKエンタープライズ 杉浦 大悟

解体工事をメインとした番組を制作したきっかけ

 当番組は、今年からNHK総合テレビ水曜 夜7:57~8:42にレギュラー放送していますが、5年ほど前からBSプレミアムや総合テレビで特集番組として放送しています。
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 企画のきっかけは街を歩いていて、防音シートで包まれたビルがしばらくすると更地になっている光景をよく見ると思いますが、この中で一体何が行われているのか?と疑問に思ったことです。
 取材を始めてみると、解体工事をめぐる様々な事情が見えてきました。第一に、その技術力の高さです。東京をはじめ都市部の現場では敷地が狭い中、解体していかなければいきません。周りをビルで囲まれ、24時間常に人通りがあるなか解体するわけですから、粉じんや騒音を最低限に抑えなければなりません。また日本の建物は耐震設計がしっかりしているので非常に頑丈です。解体するには一筋縄ではいきません。解体をするため、現場の皆さんが特許技術を開発するなど、様々なアイデアを生み出しながら一つ一つの建造物を解体していることを知り、その技術力の高さに驚かされました。
 続いて見えてきたのは、解体される建物や建造物には“物語”がある、ということです。現在解体される建物は高度経済成長期やバブル期に建てられたものも多いと思いますが、当時の有名な建築家がデザインしたいわゆる、デザイン建築なども多く解体されています。そこには建物に込められた建築家の思いや、使っていた人たちの思い出が多く込められています。解体される建物からはそうした日本人の思いを感じることもできます。
 また調べていくと、建造物が建てられた当時の事情も浮かび上がってきました。当時の建築技術や、資材の事情などです。例えば、高度経済成長期は建設ラッシュだったこともあり、資材が足りず、現在から考えると相当少ない鉄筋で建てていたことなどです。こういったことはこの番組をやらなければ知ることはなかったと思います。そしてもう一つ、取材をしていると驚かされることがたびたびあります。それは、建設業界ではよくあることかもしれませんが、代々、この業界で働いている、という方に出会う事です。「父親が建てた建物を息子が解体する」というケースに出くわすことがこれまで何度かありました。こうした業界ならではの心温まる話もぜひ紹介していけたらと考えています。
 日本ではいま、建物だけでなく、橋や送電線鉄塔などのインフラも交換の時期を迎え、各地で大規模な解体工事が行われています。こうした現場を紹介することもできるため、解体をフューチャーする番組を立ち上げることにしました。

“超巨大煙突” を解体せよ!

解体工事のイメージについて

 取材をして一番驚いたのが、解体工事の技術力の高さです。建造物を解体するにあたり、どう解体するかをここまで細部にわたり計算をして解体しているとは思っていませんでした。多くの人は、重機でガシガシやっているだけと思っているのではないでしょうか?でも当然といえば当然ですが、階上解体の際、何台ビルの上に重機を載せられるのか?どうすれば安全に壁倒しができるのかなどは緻密な計算の上で成り立っているわけです。そして、解体する建物ごとに解体方法を変える必要があることにも驚きました。建物の構造、作られた時期、使われているコンクリートの質や鉄筋の量、周囲に足場を組めるスペースがあるかなどによって、現場ごとに解体方法を試行錯誤しているんです。
 そしてもう一つ驚いたことは、「解体には設計図(解体図)がない」ということです。新築の時は設計図に基づいて建てていくのですから、解体の時もそのようなものがあるのかと思っていました。また、たとえ建設時の設計図が残っていたとしても、図面通りに建てられているとは限らず、解体の際には目の前の建造物と向き合って知恵を絞って解体しないといけないと知り、本当に驚かされました。
 それから解体を取材して感じたイメージとして強く感じたのは、現場の皆さんがいかに周囲に対して気を遣われているか、ということです。建築工事の場合は新しい建物ができるので周囲の人も割と受け入れてくれると思いますが、解体工事の場合、ただ建造物を解体するだけなので、粉じんや騒音に対して周囲の人たちの視線が厳しくなりがちです。場合によっては、迷惑と受け止めている人たちもいるかと思います。そうしたなか、現場で作業されている皆さんが、いかに周囲に迷惑をかけず解体するかに心を砕いているかを知りました。粉じんを抑えるため散水を徹底したり、極力工期を短くする、寝静まる時間に大きな音の出る重機を使わない、など、本当に私たちのために気を遣っていることは、取材するまでは知りませんでした。
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 さらに、取材をしていて強く感じることは「解体はゴールではなく、スタート」ということです。最近都市部では再開発が盛んにおこなわれていますが、再開発するにはまず解体を行わなければいけません。解体とは何かを無くす行為ではなく、街を新しく作る第一歩なんだなということです。そう考えると解体工事は新しい日本を創造するために欠かせない作業だと考えられます。

街のシンボルを解体せよ! -千葉 巨大ガスタンク

取材について

 番組で取り上げる現場は、派手か地味か、規模が大きいか小さいかということで選んでいるわけではありません。また大手ゼネコンの工事に限ったことでもなく、地方の中小の建設会社が行う工事に密着することもあります。
 実際、広島の尾道城という戦後に建てられた城の解体は地元の建設会社さんが行っていました。ただ、結果的に大手ゼネコンの現場を取材することが多くなっているのですが、その一番の理由は、いつ、どこで、どんな解体をするのかを把握するのが難しいからです。普段私たちは建設専門紙の入札情報やSNSのつぶやきで解体の情報をつかむことが多いです。SNSを見ていると、「〇〇が解体されるみたい」というつぶやきが写真入りで出ていることがあります。その位置情報や建物の情報などをこちらで調べ、取材を申し込むことはありますが、そうしたケースは多くなく、どうしてもプレスリリースのある大手ゼネコンの解体情報に頼ることが増えてしまいます。そのような理由で、地方の建設会社さんが行う解体工事を取材させてもらいたくてもなかなか出会えないのが現実です。
 また、解体現場の取材にあたっては建設会社さんだけでなく、施主さんの許可をとらなくてはなりません。ただ、地方での取材の場合、施主さんから取材を断られることも少なくありません。やはり、取材を受けることによって工期が伸びてしまうのではないか、という恐れがあり、取材を受けるメリットをご理解いただけないからだと思います。ただ、番組としては都市部の解体に限定しているわけではなく、地方の解体現場も紹介したいといつも考えております。以前、高知県、足摺岬にある水族館の解体工事を取材させていただきましたが、地域の人たちに長年愛されてきた建物の解体とあって、非常に感動的な場面を撮影することができました。これからも機会があればぜひ、地方の解体も取り上げていきたいと思っております。
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 また最近では少しずつではありますが、女性が解体現場で働き始めているケースも見かけます。また、どの現場でも外国の方たちが働いている姿も見かけます。こうした方たちに焦点を当てた企画も考えていきたいと考えています。こうした情報、もしありましたらぜひ教えてください!

街のシンボルを解体せよ! -高知 水族館の巨大水槽

番組の内容について

 番組で取り上げる内容は、基本は建物や建造物の解体です。様々な難関を乗り越え、安全に解体していく技術力、重機オペレーターの超絶テクニックなどを様々なカメラを駆使して、紹介しています。一方で、解体をとりまく様々な状況を紹介することもあります。先日放送した回ではアスベスト除去を取り上げました。撮影にあたっては、我々スタッフもアスベスト除去の特別教育を受けて現場に入りました。防護服と全面マスクをつけ、密封空間で何時間も作業する作業員たちの姿に驚きましたし、私たちが普段脇を通っている解体現場のなかで、そんな大変な作業が行われていることに驚きました。そして、アスベストがきちんと処理されている事実を知ってもらうため、処理場まで紹介しました。
 また、解体の現場では周囲はもちろん働いている人たちの安全面に対する配慮もしっかり行われています。その一つが高所作業の際、着用が義務付けられているフルハーネスだと思うのですが、番組ではフルハーネスを着用するうえで必要なフルハーネス特別教育をタレントが受ける様子も紹介しています。
 今後も解体工事に関わる様々な資格や特別教育をタレント達に取得してもらい、解体を安全に行うため、業界を挙げて取り組んでいる事実を紹介していけたらと思ってます。
 そしてもう一つ、番組で紹介したいと思っているのが、コンクリートガラなど、解体現場から排出されたものの行方です。国土交通省によれば解体現場からでるコンクリートや鉄の廃材など建設廃棄物のリサイクル率は97%と、先進国の中でもトップクラスです。解体するだけでなく、その後、廃材も無駄にしていないということも、今後きちんと取り上げていきたいと思っています。

重機オペレーターの超絶テクニック

視聴者の反響

 番組の出演者には、明治大学で建築を学んだ「建築アイドル」伊野尾慧(Hey! Say! JUMP)、一級建築士の試験に合格した俳優の田中道子、若い
頃解体業界で働いていた魔裟斗(元格闘家)、解体工事から出る廃材でアート作品を作るのが夢の芸術系アイドル千賀健永(Kis-My-Ft2)といった建設のことに関心が高い人たちに出演してもらっています。
 タレントに番組に出演してもらうことで、それまで解体や建築に興味がなかった視聴者にも、タレントの出演をきっかけに番組を見てもらい、解体工事に興味を持ってもらうことができます。その結果、日本の解体や建設について深く知ってもらい、技術の高さや作業員たちの思いを知ってもらえたらと考えています。実際、番組放送後にSNSでは「タレントさんがかっこいい」という声だけでなく、「すごく驚いた」「日本の解体ってすごい!」「この建物の前を通ったことあるけどこんなことをしているなんて知らなかった」といった反応を多く見かけます。タレントが出演していることをきっかけに番組を見てくれている人がいかに多いのかを感じることができます。
 また、放送時間が夜8時台ということもあり、親子視聴が多いことも特徴です。お父さんが建設関係、お母さんが出演者のファン、子どもは重機好きといった環境でご覧いただいているケースもあるようです。そして、番組を通じて少しでも多くの人たちに解体工事に対して関心を持ってもらえたらと思います。4月に紹介した阪神高速の橋梁解体の回で出演していただいた現場監督の方は、この工事の前は熊本地震で落橋した阿蘇大橋の復旧を担当
していました。そのことを番組で紹介したところ、「普段なにげなく見ている解体現場で働いている人たちが、そういう場面で活躍していることを知り、感動した」という視聴者からのお手紙がたくさん来ました。解体業界に限らず、少子化が進む日本では今後、人手不足がいっそう深刻化することが予想されています。現場責任者やオペレーター、とびの職人さんたち…現場で活躍されている人たちのことを視聴している子どもたちが格好いいと思ってくれて、一人でもこの仕事に就きたいと思ってくれるきっかけを番組が与えられるよう、今後も魅力的な番組作りに精進していきたいと思います。

[全建ジャーナル  2023.6月号掲載]


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