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Admiral Statesman
加藤 友三郎
(かとう ともさぶろう、1861年4月1日〈文久元年2月22日〉- 1923年〈大正12年〉8月24日)は、日本の海軍軍人、政治家。位階は正二位。勲等は大勲位。功級は功二級。爵位は子爵。最終階級は没後元帥海軍大将。
日露戦争で連合艦隊参謀長(日本海海戦時、第一艦隊参謀長兼任)、ワシントン会議で日本首席全権委員を務める。海軍大臣(第8代)、内閣総理大臣(第21代)を歴任し、山梨軍縮やシベリア出兵撤兵を成し遂げた。
市民憩いの山…というか。
かつて、国営陸軍墓地のあった比治山山上に設けられた加藤友三郎元首相の銅像台座。
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昭和10年に建てられた台座の上にあった銅像。
戦時供出により脇手の銘碑文の銅板と共に撤去されたわけだけど。2008年に市内の公園、2020年には呉市の入船山公園に各々かつての威容功績をたたえる銅像が復刻、建立。
友三郎先生、溜飲は下がったろうか。
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資源乏しいわが国は、国際的な協調と貿易によって国力を高めることに努めてこそ、その存在意義を発揮できるのである。それこそがワタクシの求める「國體の精華」なのである。
的なことは、なんとなーく。
軍縮会議に応じる友三郎先生の言わんとしてることだったんだろーなぁ。とは思うのです。
でも、それは日露戦争に辛くも勝利し。当時の先進国仲間入りをどうにか果たした軍備を持つに至ったがゆえの見解。
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絵に描いた餅では、ヒトはなかなかついてきてくれないんですよねぇ。
郷土の偉人、お疲れ様でした。(合掌)