三秒もどせる手持ち時計(2章1話:思惑)
2章 出会い
1.思惑
「何じゃこの美しい景色は。異国の地か?」
柊なぎさが、真田あやめのパソコンを覗き込む。
「沖縄だよ。この前、友達と行ったんだ」
あやめが、楽しそうに答える。秀次は、台所でコーヒーを淹れながら、二人の会話を聞いていた。
小豆沢桜子との会合から二週間が経過した。あれ以降、桜子からの連絡はピッタリ途切れた。代わりに、あやめが頻繁に秀次の部屋を訪れるようになっていた。
今、彼女はパソコンに写真を取り込んでいる。どうやら、彼女が運営する旅ブログに載せたいらしい。
「秀次君も、こっちに来てぇ」
あやめが、秀次を呼び付ける。秀次は、二人分のコーヒーを持ちながら、パソコンを覗く。そこには、羊が草原に放牧されている様子が映し出されていた。
「次は、北海道に行ってみたいんだ」
あやめが、笑顔を見せる。
「へぇー。そうなんだ」
「…」
すると、少しの間をおいて、あやめとなぎさの視線を感じた。
「えっ?何?」
秀次が、慌てて二人に聞く。
「はぁ。秀坊は、本当に乙女心がわからぬのう」
なぎさが、ため息交じりに言う。秀次は、この二週間の内に何度もこのセリフを聞いていた。特に、あやめと付き合うようになった日には、これでもかと言うほどなぎさに詰られた。
「あやめは、秀坊と行きたいと言っておるのじゃ。はぁ。本当に世話が焼けるのう。“をなご”と関係を持つのは、これが初めてじゃなかろうに」
なぎさが、額に手を携えて言う。確かに、振られる原因は決まって、そういったことだったような気がする。
「なぎさちゃん。秀次君に、そんなの求めちゃだめだよ。秀次君は、乙女心なんてこれっぽっちも理解できないんだから」
「あやめも、大変よのう。情けなさすぎて涙が出てきそうじゃぞ」
「言えてる。私も泣いちゃおうかなぁ」
そう言って、二人は笑いあっている。しかし、秀次は全く笑う気になれなかったのだが。
「そうじゃ。旅と言っては何じゃが、二人に逢坂という地に行ってもらいたいのじゃ」
「何だよ。突然」
秀次は、眉間にシワを寄せた。聞くと、大阪にも神具を持っている人物がおり、柊ミコトの調査を進めているらしい。
「そいつは、信用できるのか?」
まだ、秀次の眉間からシワは消えていない。
「心配には及ばん。奴は、わらわが最も信頼する妹じゃ」
大阪にいる人物の案内人は、柊なごみ。なぎさと最も年の近い妹で、幼いころからよく一緒に遊んでいたそうだ。
「その柊なごみも、皇帝派ってことか?」
「左様。今でも、頻繁に連絡を取り合う仲じゃ」
なぎさが、珍しく優しい笑顔を見せる。
「そう言えば…」
すると、あやめが口を開いた。
「前から気になってたんだけど、柊家は方針の違いから対立に発展したんだよねぇ。その原因って何なの?」
あやめは、悪びれも無く聞いている。すると、なぎさはいつになく真剣な表情をした。秀次は、その表情を見て、面倒に巻き込まれるのではないかと不安になった。
「うむ。では、話そうではないか。…秀坊も聞くのじゃ。面倒に思うかもしれんが…」
どうやら、なぎさは秀次の考えをお見通しだったようだ。加えて、何か深刻な話を始めるような雰囲気を漂わせていた。
なぎさの話によると、柊家は代々神具の管理と運用を任された一族だという。かつての柊家は皇帝を中心にまとまっており、家族間の関係もそれほど悪くは無かったそうだ。
そんな中、数年前にある研究結果が公表された。それは、『数年から数十年の間に氷河期が訪れ、人類が滅亡する可能性がある』という内容であった。
それを受けた柊家は、対策を講じない訳にはいかなかった。そして、皇帝と皇后が異なる意見を主張し始めた。
皇帝の主張は、『自然の摂理に従って、人類の滅亡も受け入れる』というものであった。一方、皇后は『柊家が従者と共に異世界に移住する』と主張し、実力行使も辞さない構えを見せた。
しかし、皇帝は神具を使った抗争こそが人類の滅亡を引き起こすと知っていた。そのため、皇后派と対話を重ねながら、異世界への移住を阻止する方向に舵を切ったのだった。
「…つまり、その異世界が俺たちのいる時代ってことか?だとしたら、あまり笑えない」
秀次は、少し声を荒げていった。
「…秀坊の言う事はご尤もじゃ。しかし、現段階では人類の移住は疎か、生物の転送すらままならぬ。故に、父上は現状のまま母上の思惑の芽を絶ち、懐柔することが目的なのじゃ」
秀次は、なぎさの言葉を聞いて、気が重くなった。とんでもないことに巻き込まれているに違いないからだ。
すると、あやめが口を開いた。
「…その柊ミコトって人を見つければ、なんとかなるの?」
あやめの声も、やや重たく聞こえた。しかし、決して悲観的な響きを含んではいなかった。
「左様。柊ミコトは、この時代で母上の指令を全うする首謀者じゃ。故に、兄上を抑えれば、母上の野望も露と消える」
なぎさは、やや険しい表情で答えた。秀次には、その表情に少し申し訳無さも混じっているように見えた。
「…で、方法はあるのか?」
秀次は、あまり首を突っ込まない方が良いと思いながら、質問する自分を呪った。
「うむ。それは、まず柊ミコトが融通した相手から使用権を奪う。そして、この時代で再転送の陣を描き、わらわの時代に戻すことじゃ」
なぎさが、返答する。
「でも、何で神具の使用権を奪う必要があるの?そのまま転送した方がスムーズじゃない?」
あやめも、なぎさに質問する。
「うむ。神具は使用者のいる”時”を認識する。故に、この時代に使用者がおる限り、陣の効力を発揮できぬのじゃ」
「つまり、どうやっても俺たちの協力が必要ってことか?」
なぎさは、秀次の質問に対して頷いた。
秀次は、大きく息を吐き、顔を上に向けた。換気扇が見える。そして、この重い気持ちも吸い取ってはくれないかと思った。
すると、あやめが口を開いた。
「秀次君。なぎさちゃんに協力しようよ。私は、そんな人たちに秀次君との未来を壊されたくない」
あやめが、秀次に真っすぐな眼差しを向けている。秀次は、大きく息を吸い、そして吐き出した。
「…わかったよ」
秀次は、あやめの前向きな姿を見て、淀んだ気持ちが少し晴れたような気がした。
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