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無題:タンタカタン譚、坦々たぬき

 明日何も無くて残り香を気にしなくていいから、そうだ坦々麺を食べよう!、と思った。
なお、冷凍のやつ。
 これだけじゃ少ないから、そうだ残った坦々麺の汁に白米をぶち込もう!と、ルンルンに米をとぎ炊飯器にセットする。炊くのを待っている間、億劫だったシャワーもスマホの充電も済ませてしまおうと、動き出した。

シャワーを浴びながら、思考をめぐらせた。


坦々麺、いつぶりに食べるかな。坦々麺の残り汁に白米をぶち込むの、夢だったんだよな。やったことあるかもしれへんけど。
そういえばあの時、なんかの帰り道に立ち寄った坦々麺屋さん、あんまりお腹に余裕がなくて、〆の白米を断念したんだったか。そんなことを思い出した。


あの店はもう、ない。

 過去の坦々麺の記憶を思い出した時、家族全員が店でこのラーメン不味い…!(余程のことです)ってなってる中、「?」とした顔をしながら私は坦々麺をすすっていた事だったり、(辛さで誤魔化せるので、不味いもクソもないのだ)あの何とも言えない空気感の、パーキングエリアの食堂で啜った坦々麺だったり、そういえば地元のラーメン屋で友達と食べに行く時、何故か俺は1000円越えをする坦々麺を注文し、品が来る前に胡麻をすりおろすのが恒例になっていたっけ、などと、案外思い出すものがあった。
今のところ、坦々麺にまつわるイベント事として終着駅になっているのが、先の今はもうやっていないお店での記憶である。

 去年の12月、親から店を畳むという情報を聞いて、つい衝動的にGoogleマップを開いたことを今でも覚えている。店によってまちまちだが、場合によってはしっかり店側のオーナーがそういったお店の情報をGoogleで管理をしていることがある。
詳細の最新情報に目を向けると、店主の方が急逝してしまったという旨が記されていた。
店主の方はとある有名な中華料理人のお弟子さんだったらしく、なんだか凄い人だったらしい。
私は一度しか行ったことがなく、今度最後に福岡へ赴く時、あわよくばまた食べに行こうと楽しみにしていた、そんな12月だった。

 何せ高校2年の時のことであったから、坦々麺の味はもう思い出せない。だが、とりあえず美味しかったことは覚えている。あと辛い。熱い。特徴的なのは、穴あきスプーンで肉そぼろを掬いながら食べるといった点だったか。本当ならこの後白米と共に胃に流すことも出来たのであろうが、全部掬って食べることが出来なかったことを当時すごく悔やんだ。店側が肉そぼろをぜひ食べ切って欲しいみたいな、そんな言い文句だか売り文句だった気がしたからだ。
 そして、極めつけはモチモチの水餃子。これが新たな世界といった感じで、中に青唐辛子が入っていてとーにかくヒーハー。家庭で再現するほどの影響を与えた素晴らしい逸品だった。

 2023年2月下旬、私はひとまず眼前の予定では最後の機会たる九州の地を踏んだ。懐かしいのか、忘れかけているのか、そんな怪しい記憶の中商店街を歩くうちに、かつての店の場所を歩いて通り過ぎた。「ほら、あそこよ。」と諭され、数秒程度しか視界に入らなかったその跡地にはまだ、およそその店があったこと自体が分かったし、店の名前も刻まれたままだったと思う。本当ならここに足を運んで、酒が飲めるようになっただけの私がカウンターでビールをあおぎ…なんて未来もあったかもしれなかったのに、着いてすぐだったからなのかなんなのか、特に感謝も悲しみもお礼も心の中に芽生えることはなく、ただ、あぁ…とその場所を通り過ぎてしまっていた。まだ薄暗いその景色は、かつて店に立ち寄った景色とは合致することはなくて、こんな所にあったっけな、なんてことに気を取られている始末だった。
そういえば、もう1か月前のことか。


 、雨が降っているのか。そういえば午後から曇っているのか。久しぶりに雨音を聞いた気がする。

坦々麺、つくろうか。
冷蔵庫に何故か保管されていた、少量の胡麻をすりつぶし投入していく。どちらかと言うと、ごまが強い坦々麺の方が好みな気がしている。
少々茹ですぎたか、ちょっと緩いな。まずひとくち。あんま辛くないな。あ、花山椒入の唐辛子を入れ忘れていttt辛っゲーーー、、アチーー!!

かつての味に近いかどうか分からずとも、これが坦々麺の様式美なのだろうと、食べ進める。

思いっきり、むせる。そういえばあの時はコロナ禍のCの字もなかったなぁ。祝杯と言わんばかりに、存在したであろうカウンターでの飲酒の景色を思い浮かべ、二缶目の麦とホップをあおぐ。作る前にこれを書きながらもう飲み始めていたのである。
もうすぐ麺が食べ終わる。舌が少しひりついている。あの時は水餃子も食べていたから、ヒリつき度はこんなものではなかっただろう。

残りの汁を温め直し、あの時の再戦と言わんばかりに白米をそこへ投入していく。


店主さん。あの時あの場所あの味では無いけど、食べているとお店のことを思い出します。奥さんと2人でカウンターの向こうで忙しくなく動いていた事を覚えています。顔の輪郭など当に捉えられず、また店主さんも私の顔なぞ覚えてはおらず、言葉すら交わさなかったかもしれません。
たった一度の来店でも、こんなにも客の心を捉える食べ物をあなたは提供していたのです。

店の名を冠していたたぬきは、野山に帰りました。これは、そんなタンタカ譚な物語。どうか安らかに、お眠り下さい。ありがとうございました。

頬を伝う涙は、立ち込める湯気のせいに他ならなかった。

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