理解と習得の差
昔海外でビーフシチューを食べた男がいた。
その男はビーフシチューをもう1度食べたいと願い、料理人にキーワードのみ伝えた。
肉を使っていた
色は黒かった
野菜も入っていた
しょっぱかった
このようなキーワードから料理人が作り出した料理が、なんと肉じゃが。
肉じゃがは肉じゃがで美味しいので問題はないが、その男は結局ビーフシチューを食べられることはなかった。
この話は幾度となく語られているので、あなたも聞いたことがあるかもしれないが、この話の教訓はいくつかある中で私が今回引用した理由は理解と実現の違いについてだ。
知らないことは実現できない。
何か人に習った時にそのことを理解したとしよう。
しかし、それは知っていることに過ぎない。
自分自身で練習をしなければ体得などできない。
占いというものは知識を入れればできるのかというものではなく、実際に100人占ってやっと駆け出しと言われる。
その理由は知識だけでは手に入らない経験を得るためだ。
情報だけでビーフシチューは作れない。
先の例を挙げれば、情報としてのビーフシチューは存在した。だが、実際に目にしたこともなく、人伝の話のみで完成品を作るのはハードルが高い。
幸いにして占いは実際に目にすることができるし、触れることもできる。このことで理解という点では非常にしやすいと言える。
だが、そこから人を占うという領域に至るまでのハードルはどの地点を実現とするかで大きく難易度が変わってくる。
自分、趣味、商売
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