空気を聞く
インターネットの発達によって、誰でも気軽に配信が可能になり、さまざまなジャンルの配信を目にすることが増えた。
誰でも気軽に発信できることは非常に喜ばしいことだが、いわゆる素人レベルの配信を目にすることで基準値が下がっていることが見受けられる。
その基準というのは例えば技術面のことではない。
仮に技術が劣っていても魅力的な人間は何人もいるし、そもそもそんなプロ顔負けの人間が配信しているのなら企業案件が舞い込んできて当たり前になる。
今回レベルが低いと感じるのはいわゆる「空気を読む」力のことだ。
先に言っておくと今回言及する空気に関しては作ることや変えることについては言及するつもりはない。
それは空気を読むということがあまりに一般的に広まっているために、基準がないことが今回の理由だ。
非常に残念なことを言ってしまえば、きちんと空気を読める人間というものは存在しないと言ってもいい。
人間は感情の生き物であり、主観が入る。
その主観を完全に無視して空気を読むことなど不可能に近い。
ただ、私が知っている空気を読む達人の逸話がある。
今は亡き往年の映画スター勝新太郎だ。
そうは言っても私も現役の勝新をほとんど知らない。あくまでも伝え聞いた話として受け取ってほしい。
昔より浪費家の勝新は徐々に家計が圧迫しながらも浪費を辞めなかった。
しかし妻である中村玉緒はそのことを直接いうようなことをせずやりくりを続けていた。
しかし家計が限界を迎えたときに勝新が家で夕御飯を食べているときふと東京タワーに目が止まった。
「綺麗なもんだ」
その一言に玉緒が返した言葉はこうだ。
「その綺麗さもタダではありませんよ」
その一言を聞いた勝新はその日から浪費をぴたりと辞めた。
この逸話を聞いたとき私は痺れた。
中村玉緒も歌舞伎の家に生まれた女。つまり人間の感情の機微は幼い頃から見知っている。
家計の苦しさをたった一言に込めたことが見事なら、その言葉を聞き切った勝新もまた見事。
このレベルの空気の読み方を求められることはないが、人間はここまでの空気を読むことができる生き物なのだ。
言葉にない言葉を聞く能力を空気を読むと仮定するなら、人はどこまで声を「聞ける」のか。
私が行なっている空気の聞き方をこの先に書いていこう。
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