2) 新築だけは嫌だった。

そういうわけで、西武中央線ゾーンの物件を探し始めた。しばらくして善福寺に手頃な物件があるという情報が入った。杉並区善福寺、いい響きだ。地名に寺がついてる=昔から寺がある=いい地盤。そういう理屈だ。これまでは接道が悪い物件が多かったがばっちり公道に接道していてなおかつ借地権ではなく、ほぼ予算の範囲内という物件は初めてだった。か・な・り!小さい土地ではあったが古家がちゃんと上にのっていたし。「古家あり」というのは一般的に価値がつかないほどの古い建物が上に建っている物件のことである。実はリニューアルするというのが当初の作戦だったのだ。ほかの人にとって価値のない古い家屋も我々にはすごく価値がある。という作戦だ。本当のところは新築はだけはやりたくなかった。
なぜ新築が嫌だったのかを説明するには座二郎が何屋さんなのかということをはっきりさせる必要がある。私のことを「サラリーマン漫画家」と思っている人もいるかと思うが、実際のところ「サラリーマン!(漫画もあり)」くらいのものである。「土地!(古家あり)」と同じで漫画のほうは全然稼げない。座二郎さんはゼネコンの設計屋さんなのである。でかいビルの設計業務を17年もやってきたのです。「じゃあ、家の設計なんてお手ものものでしょう!」とみなさんお思いでしょうね。でもそこには深ーい溝がある。この溝の話、結構厄介なんだよなあ。
一級建築士を持っていて設計の仕事を毎日してはいるものの、それはいわゆる「建築家」的なお仕事とは程遠いところにある。かっこいいデザインを追求するということはほとんどなく、基本的には組織の中でお客さん、施工現場、構造設計、設備設計、行政、などの複数の関係者の間を取り持つのメインの簡単なお仕事です。すてきなデザインの事など忘却していく。ディレクターというよりプロデューサー業、建築家というよりプロジェクトマネージャー的な毎日なのね。はあ、忙しい忙しい。だからちゃんと「建築家」的な仕事をやってきた元同級生達などに強いコンプレックスがある。「ふーん、俺は座二郎だ!とかいって偉そうに作家面してたけど家はこの程度なのね」と思われるかと思うと夜も眠れない。座二郎はコラージュを多用するタイプだし真新しいキャンパスより、古い家をキャンパスに絵を描く用に設計したほうがいいだろう。そう思っていた。
新築が嫌な理由だけで600字近く書いてしまった。とにかく善福寺の物件はリニューアルするのも最適な家に見えた。なにより広い。住宅地域で容積率が小さかったのだけど、容積率オーバーしている家が立っていた。容積率オーバーというと違法建築と思う人も多いと思う。でもこの家は容積率の法律ができる前に建ったものなので、この場合は「違法」ではない。現在の法律に照らし合わせると違法だけどかつて適法だったものは「既存不適格建物」という名前がついている。違法建築とは別で、一定のルールの中であれば改装もできる。あとはこちらの覚悟だけだ。よし、お父さん買っちゃうぞ!この家!これで俺たちも東京都民だ!と思った矢先、思わぬ壁にぶつかる。
ローンの仮審査が下りなかったのだ。自慢じゃないが、ローンの審査だけは自身があった。こちとら同じ一部上場企業に17年も勤めてんだ。漫画は売れなくても信用だけはある。そう思っていた。問題は私の信用のほうではなく「既存不適格建築」の方にあった。建築基準法上はなんの問題もない建物でも「今の法律に照らし合わせて」しか銀行は審査しないようだ。いくら適法であることを伝えても「容積率が10%以上オーバーしていると適法かどうかではなく難しい」との回答だった。なんだよー。場所は気に入ってるのになあ。猫のひたい2つ分くらいしかない土地に無理やり大きい家が建っているのが良かったのにな。新築したら本当に小さくなってしまって家族5人なんか暮らせないよ。キャンプ場じゃないんだからさあ。ん?キャンプ?

次号その土地で新築するプランの話に続く。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?