見出し画像

差し出がましくも問わず語りに 〜メイウェザーvs朝倉未来 榊原氏勝負の終盤戦

8月31日、ハワイで『超RIZIN』メイウェザーvs朝倉未来戦ほか対戦カードに関する記者会見があり、メイウェザーの日本語通訳としてかの平本蓮が登場、通訳なのかアドリブなのか朝倉をおちょくりまくった。メイウェザー独擅場のなか、朝倉は「倒します」と一言だけ。どうせ茶番、エンタメに振り切って大いに盛り上げようとしているのに憮然としてノリが悪い奴だな。と最後に、入場時メイウェザー席に置いたオープン・フィンガー・グローブを示して「これでやらないか」と誘った。「使えない男だ」とメイウェザーは「今回の試合はMMAじゃない、ボクシングだ。俺はA-サイド、ボスだ(だから、言われた通リちゃんとボクシングをしろ。この場は俺に合わせて盛り上げろ)」と返した。朝倉の発言は場違い、ピント外れ、この期に及んでグローブを変更する訳がなかろう。

朝倉は何を伝えたかったのか。「喧嘩なら勝てるのになあ。ボクシング・グローブだといくら特訓しても秘策のパンチで倒せるか、練習スパーではわからない」
秘策は、プロゆえに喰らってしまう素人、非ボクサーのパンチだ。練習初回こそ見事に決められても、数回すれば練習パートナーに対策を考えられ、以後は約束組手のようになる。
本番は天下のメイウェザー。ディフェンスの達人だ。初回ロックオンを感知されたら、たとい逃げられなくても的を逸らされる可能性が高く、そして二度目は通用しない。

時は17世紀後半。古代ローマにあったベアナックル・ファイトが英国で復活した。立って闘っていればオケ。武器を持たなきゃ何でもあり。勝者賞金丸取りのギャンブルとして異種格闘技戦の王者は常にボクサーであった。
18世紀半ばには非合法とされながらも、最強を決める「決闘」を看板に興行として成立するようになった。が、取り締まりが強化されて衰退し、のちに禁止となる。非合法になったボクシングを惜しむ貴族や富裕層により、貴族流「遊びを全力で楽しむ」近代スポーツへの変革が始まった。

1867年ボクシング・ルールの基礎とも言われるクインズベリー・ルール発表時、ラウンド制や投げ技の禁止、10カウントKOほか、ボクシング・グローブ使用が提示されたが、試合での着用が根付くまで四半世紀を要した。そして1892年、賞金稼ぎの喧嘩ファイター、ジョン・L・サリバンとアマチュア出身の「闘う銀行員」、スポーツに学んだジェームス・コーベットのクインズベリー・ルールによる最初の公認世界ヘビー級タイトルマッチが行われ、コーベットが勝つ。足を止めてガチのど突き合い「スタンド・アンド・ファイト」スタイルで闘うサリバンに対し、「卑怯者の戦法」ヒット・アンド・アウェイを多用するアウトボクシングで21回KO。スポーツを嗜むINSIDERがスマートなやり方で半グレの喧嘩屋を倒す構図。以後、ボクシングの主流はスポーツとなっていく。商売上がったりの喧嘩マッチ・プロモーターたちは、スポーツであることを保証し、所属選手を含む関係者すべてを所轄する非営利目的コミッション監督下で、「公平公正、中立、安全」を追求されつつ、厳密に定義された試合をしなければならなくなった。

先のコーベットの試合で使用したグローブは5オンスだった。非力な人間が軽く小さいグローブでブルファイトに立ち向かうにはヒット・アンド・アウェイしかなかった。
ディフェンス技術のうち、逃げる技術は使えても、近い間合いのまま躱す、逸らす、往なすといった高等技術は、グローブの巨大化なしには考えられない。最近、世界各地で流行の兆しを見せるベア・ナックル・ボクシングは、貴族スポーツの対極にある「蛮族の決闘」風で如何にも教育的でないが、何処か懐かしく香ばしい。YouTubeで見ていて思う。強者同士の殴り合いは顔面に一発キツいパンチをお見舞いするか、被弾しても急所を逸し、カウンターを決められるか。結局、互いの顔面を巡る攻防なんだな、と。
普段は遠い間合いで構えてい、踏み込んだ何回目かの一瞬で勝負の帰趨が決まる。繰り出した高等技術は、スロー再生がなければ観客には分からない一瞬微妙な駆け引きに埋もれてしまう。だから寧ろ技術のない単純な闘いに見える。しかしこれは朝倉が豊橋の喧嘩自慢として「全国ケンカ旅」を夢想していた頃の、柔術と出会う前の、闘い方ではなかったか。実際には蹴りが使え、相手の足を踏み逃げられないようにして蹴りを入れたり、髪を掴んで殴ったりと随分お茶目なこともしていたようだけれど、ボクシングの高度なディフェンス技術が大して役に立たないボクシングの試合ならば、朝倉はもっと強い。
オープンフィンガーグローブならば、勝ち目は薄いがメイウェザーと「勝負」になる。

現状は「本当の勝負」になるまで、あと一歩だ。

プロボクシングの世界は、ともすれば不良の残虐ショーに向かいがちな興行を、スポーツを維持追求するコミッションによって支えられてきた。改良によるグローブの巨大化、攻撃部位の更なる限定、反則規定の厳密化によって、より安全で、選手相互の高等技術を見せて観客を魅了する世界を築いてきた。そのなかで、メイウェザーほど、金儲けと素行をボクシングから切り離せば、ボクシングに対する模範的態度とボクシング技術の素晴らしさを体現した選手はいない。

9月14日のリモート会見ではあのバッティング王「皇治」と、ハワイ会見のフェイスオフで朝倉を突き飛ばしたメイウェザーのボディーガード「ジジー」とのエキシが発表された。その他諸々、本来ならば茶番で終わる試合を最高のショーに見せるべく、プロ選手、YouTuberの皆さん大活躍だ。

メイウェザーと朝倉の情報戦はほぼ終わり。
懸念されたフリーウェイトから当初の70kg契約に戻す可能性はなくなった。フリーウェイトに決まる前に朝倉は「契約体重を変えるとか言ってきたら、試合止めようかな。そこまでして出るつもりはない」と話していてメイウェザーは勿論、榊原氏も知っただろう。その後、朝倉は75kgで試合に臨むと言ったが、ゴリ押しで70kgに変更されてもいつもの水抜き5kgで対処できる体重だからだ。まだ体脂肪を十分落とさず、塩抜きなしでの水抜きは存外落とせないことを心配していたけれども杞憂だった。榊原氏が抜かりなく対応してくれたと思われる。朝倉は試合前日時点の体重77kgぐらいで闘うと言っていたから当初の予定体重。一切水抜きなしでもよくなった。75kgはブラフだったか。

あとは「蹴りを使っちゃうかもしれない」「始めからウルトラマン戦法(3分で疲れ切る猛攻)で行くか」とか「空手でやる」とか「ルールぎりぎりの小細工を考えてきた」等、
反則攻撃を諦めていない旨動画で伝えていた。

メイウェザーと朝倉のエキシを、榊原氏流の勝負定義「マッチメイクから始まる勝負」と捉えると、①「メイウェザー側とRIZIN榊原氏の交渉」局面、②「榊原氏の連絡と朝倉未来の思惑」局面、③「メイウェザーvs朝倉未来」エキシに分けることができる。
今は①②の最終盤だ。着用するグローブの重さを8オンスにするか10オンスにするか、試合前日に至るも決まっておらず(当日には発表できると言ったそうだ)、朝倉の蹴り等反則についてルール細目が公表されていない。
109最後の公開記者会見の前、朝倉はRIZINから「みっちりな契約書」が送られてきたと言い、「キックのフェイント」「投げ飛ばし」「バックハンド・ブロー」の禁止など、自分は読んでいないが書かれている。RIZIN運営の意向ではなく、メイウェザー側が言っていることだと。呑まなければ、違反したらアメリカで裁判をやるから。俺様に蹴りを入れたら、5億円(現在円安で7億円)じゃ済まないぞ。次の試合をキャンセルする損害も上乗せして10数億になると脅されたそうだ。
天心戦のとき「蹴りの素振りがあってもダメ」「呑まなければ試合を放棄して帰国する」と試合3日前に駆け引きを打ったのと酷似した状況。だが「試合を成立させない」脅しと「試合後に莫大な違約金請求」の脅しとは決定的に違う。後者は、尋常な手段では試合自体を中止にできず、朝倉がヤる気なら始まった試合は正当な方法では中断できない。

本マッチメイク発表から少しして、朝倉はシバターに「絶交を発表するからコラボしよ」と持ち掛けた話を覚えているだろうか。
朝倉らしくないピント外れな、タイミングの悪い言動のなかにこそ真意が見え隠れする。普通にやれば絶対勝てない試合を、「勝負」として勝つためには「シバターみたい」に考えるしかない。朝倉の戦術遂行能力はシバターより上でも、戦略策定能力はいい勝負か。寧ろ批判を苦にせず、プライドを捨て裏切ることさえ厭わない分、朝倉には考えもつかないアイディアを持っていそうだ。
敵側にシバターと繋がっていると思われないこと。直接連絡すれば、嬉々として連絡した事実や内容をバラされてしまうから厄介至極。だから、無礼な申し出をして怒らせ、朝倉負ける派に回ってもらったほうがいい。批判のタネが無くなったら、必敗朝倉の立場で勝つ戦略を披露するだろうから、そのタイミングを遅らせたい。案の定、最近になってシバターから助言動画が配信された。クリンチワーク。
振り返ると、マクレガー戦ではクリンチからバックを取り、投げ飛ばしやメイウェザー側頭部にパンチを入れていた。後頭部にも触れていたようだ。判定なし「蹴りにだけ厳しい」ボクシング・ルールだから口頭注意ぐらいで済む。頭が低い体勢のとき膝蹴りやサッカーボールキックを入れることができたらと思う。メイウェザーがダウンして立ち上がる前に、ボディーガードが乱入して試合を中断することは許されるのだろうか。シバターが他の作戦を語らなかったのは、必死で戦略を練っている朝倉に対して「流石に悪い」と思ったからかもしれない。

エキシの当日、朝倉戦のルールが発表された時点で、朝倉の闘い方も決まってくる。どんな反則がどの程度許容されるか、どこまで契約を破れるか、どうすればRIZIN運営を「裏切りつつ損はさせない」か判断が問われることになる。

朝倉未来が反則をしたら卑怯な奴だと思うかもしれません。でも、メイウェザーの他種格闘家相手のボクシング・ビジネスは、「只の殴り合い」を、不良性と暴力性を排除して、公平公正、中立、安全性を担保し真正スポーツにまで高めたスポーツ・ボクシング苦闘の歴史を愚弄し、同時に他種格闘技をも貶めるものです。

天の声が聞こえます。「けじめなさい」

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?