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『テープ閣下』


ピカピカに磨かれた鏡のような大理石の床の上に、
とても真っ赤な椅子が置かれている。

だが、この椅子の真っ赤なことよりも驚きなのが、
この椅子は100年以上前からあるということと、
その背もたれの長さだ。

異様に長い。

天井を突き破っている。

その背もたれの長さは、その椅子に座る人の、
偉さを、物語っている。

そして、椅子に座れるのは、テープ閣下ただ1人だ。

つまり、とても偉い。

私は、テープ閣下がその椅子に座っているのを
見たことがある。
テープ閣下は、テープのように背が丸まっているので
背もたれの意味はほとんどなかった。

おっと、こんな話を誰かに聞かれたら、
大変なことになる。

刑法第24条 
テープ閣下の悪口を言ったものは、
三日間の晩飯抜き、または罰金1万円を課せられる。

なにしろテープ閣下は偉いのだ。

私はテープ閣下の執事。
身の回りのお世話を担当している。

私 「テープ閣下、そろそろ休憩の時間です。」

閣下「そうか、休むとしよう。」

テープ閣下は、毎日忙しい。
私が時間を管理しているが、なにせ毎日、
何百人という人が閣下の元へ相談へ来るのだ。

閣下「しかし、あれだなぁ。
   最近は特に国民が来るようになったな。」

私 「年の瀬ですから。
   閣下のお力が必要になる人も多いでしょう」

紅茶を注ぎ、閣下がそれを飲む。

閣下「美味しい。」

私 「ありがとうございます。」

閣下「さてと、そろそろ休憩おわり。」

私 「もうですか?」

閣下「私にできるのは、この仕事だけだ。
   政治も、経済も、私には何もわからない。
   全て他のものに任せてしまっている。」

私 「いえ、閣下のこの仕事があるからこそ、
   私たちは生きていけるのです。」

閣下「ありがとう。
   そう言ってもらえると嬉しいよ。」

テープ閣下は紅茶を飲み干すと、
さっさと元いた謁見部屋に帰ってしまった。

私 「立派なお方だ。
   仕事への粘着力がすごい。」

私も閣下をサポートするため、謁見部屋へ行く。

国民「あ、テープ閣下!こんにちは。」

閣下「こんにちは。で、どうしたんだい?」

国民「これをお願いしたいのです。」

国民が取り出しのは、破れた紙

国民「婚姻届なのですが、
   飼っている犬が破ってしまって、それで...」

閣下「そうか、わかった。」

テープ閣下は、ポケットからテープを取り出し、
破れた婚姻届を元通りに貼り合わせてくださった。

国民「ありがとうございます!」

閣下「結婚おめでとう。妻を大事にするんだよ」

国民「はい!閣下に祝ってもらえて嬉しいです」

閣下「離婚届を持ってくるようなことになるなよ」

国民は感謝をしながら、スキップで帰っていった。

これこそがテープ閣下の仕事だ。

憲法3条
我が国では、
閣下以外のものがテープを扱ってはならない。

この法律を破ってしまったものが、
100年前にいたらしいが、
その者の血筋はもう1人も残っていない。

それほどに重い法なのだ。

それから閣下は、
食べかけのパンの袋を閉じたい人、
鼻を上にあげて変顔をしたい人、
メモを壁に貼りたい人など、

様々な要望に応えてテープを貼っていった。

私 「お疲れ様でした。」

紅茶を出す。
疲れを取るために濃いめに淹れた。

閣下「ありがとう。」

ぐいと飲み干す。今日は相当お疲れのようだ。

閣下「私さ、最近思うんだ。」

私 「なんでしょう?」

閣下「やっぱり、
   みんなが持った方がいいんじゃないかな、
   テープ。」

私 「何を言ってるんですか!」

閣下「だって、みんながテープを求めてるし。
   今日だって、すごい数の人が来たろ?」

私 「閣下のお力の賜物ですよ。」

閣下「違うよ。私の力なんかではない。
   このテープだって、
   政府から支給されてるものだし。」

私 「そんなことない。
   閣下は国民全員に愛されています!」

閣下「私の人気ではなく、テープの人気なんだよ」

最近の閣下は、よくこのことで悩んでおられる。

100年とちょっと前、
この法律ができるまで、
閣下とは、政治、経済、あるいは宗教まで、
すべての事柄を統治していた。

だが、あまりにも行き過ぎた独裁国家と、
国連から咎められ、
閣下という地位は、ただのお飾りのように扱われた

せめてもの情けということで、
閣下の身分のものには、
特別の権利、
テープを使って良いという権限が与えられた
唯一の人である、といった処置がなされたのだ。

憲法第1条
閣下の制度を廃止する。
今後は、テープ閣下とし、
いかなる政治的行為も禁止される。

閣下は心の優しい方だ。
先代は、テープを自分だけのために使っていた。
そして、その権利さえも手放そうとされている。

私 「ダメです!
   テープの解放なんて認められません!」

閣下「そうカッカするなよ。閣下の前でさ。」

私 「だって、そうでしょ!
   今までだってそうやって生きてきたんだから
   これからもそうやって...」

パリンっ
思わず閣下に近寄ると、
テーブルにぶつかってしまい、
さっきまで紅茶が入っていたティーカップが
落ちて割れた。

私 「ああ、すみません。」

閣下「いや、いいんだよ。
   でも、さすがにこれは、
   テープじゃ直せないな。」

私 「大丈夫です。瞬間接着剤でつけときま...
   あっ...」

やってしまった。

憲法第2条
いかなる場合においても、テープ閣下に、
テープ以外の接着方法の存在を明かしてはならない

閣下「え?瞬間、接着剤?」

私 「い、いえいえ、なんでもないです。」
慌ててしゃがみ込み、
顔を隠すように割れた破片を集める。

閣下「ふーん、あ、そう」

私 「痛っ」
破片が手に刺さった。

閣下「あっ!血がでてるよ!」

私 「だ、だ、大丈夫です。
   これくらい、絆創膏でも貼っておけば...
   ああ!」

閣下「絆創膏?貼る?」

私 「いえ、その、あのぉ」

閣下「え、もしかしてさ、
   貼るものってさ、テープ以外にもあるの?」

私 「実は....」

私は全てを話した。
ガムテープ、冷えピタ、バンテリン、紙テープ、
デザインテープ、養生テープ、
いろんな種類のテープがあって、
閣下のやつは、セロハンテープという
結構、粘着力でいえばそうでもないやつです、と。

閣下は、落ち込んでいた。

閣下「俺の唯一の取り柄だと思ってたのに...」

私 「すみません、国民全員で騙してました。」

閣下「やっぱり解放しよう。テープ。
   もう今更かもしれないけど。」

私 「いや、それは困ります。
   閣下が憲法を知ってしまった、と
   国連にバラすのと一緒ですから。
   何か企んでる、と思われたら政治に影響が」

閣下「ええー。もういやだよ。
   それにさ、もうね、来てくれる人に、
   今まで通り接する自信ないよ。
   だってあいつら、貼れるんだろ?」

私 「カッカしないでください。」

閣下「いいじゃん。閣下だもん。」

私「閣下。」

閣下「そうだよ、俺いなくても貼れるじゃん!
   なんだよバカにしやがって!」

私 「閣下、みんな、あなたに会いたいから、
   わざわざ来てくれてたんですよ。」

閣下「え、そうなの?」

私 「はい。そうです。
   閣下の優しいその心が、
   国民に愛されているんです。」

閣下「なぁんだ。そうか。そうだよなぁ。」

私 「では、明日もお願いしますね。」

閣下「うん、国民の悩みや話を聞くとするか。」

閣下は、明日も、明後日も、これからも、
笑顔で国民を迎え入れるだろう。

〜おしまい〜


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