名古屋大学法学部2013年度編入学試験 小論文 参考答案

こんにちは。令和3年度名古屋大学法学部編入生のざぶとんです。

これから定期的に編入試験対策として私が書いた小論文をアップしていきたいと思います。ご高覧賜りますと幸いです。

本答案には問題は付属しておりませんので予めご了承ください。

以下、参考答案

問一
 筆者は近代法の客体に対する全包括的・絶対的な支配権を核とする「私所有権」とは異なる歴史的特質を持つ財産制度として、近代以前の社会での所有の形態を挙げている。当時は、それぞれの物の性質・効用に応じて、またそれぞれの主体に応じて限定された異なる内容の権利が成立した。具体的には、一つの耕地に直接所有権者・地代徴収権者と利用的所有権者・耕作権者が存在し、双方に限定的な所有権が成立していた事例を挙げている。

問二
 筆者は、日本人は他人の土地を無断で使用するのにあまり抵抗がないのではないかと考えている。一方、課題文Ⅱからわかるようにアメリカ人は絶対的・全包括的な所有権の意識が極めて強い傾向にある。マルクスによると資本制社会においてはすべての富が財貨と交換しうるので、資本制社会を支える法律は、財貨に対する所有権を高度に私的な所有権として保護する。よって、社会生活が商品交換によって媒介される程度が高いほど絶対的・全包括的な所有権の意識は高くなるとマルクスは考察した。筆者はこれを踏まえ、社会生活が商品交換によって媒介される程度が低かった日本の伝統的な農村・山村・漁村では絶対的・包括的な所有権の意識が低かったと考えている。社会生活が商品交換によって媒介される程度の差が絶対的・全包括的な所有権の意識の差につながっており、それが日米の所有権に関する法的感覚の差の原因であると筆者は考えている。

問三
 私見によると、筆者の分析は二一世紀の日本ではほとんど当てはまらないと考える。マルクスの考察によると社会生活が商品交換によって媒介される程度が所有権意識の差を決定する要因となる。この説によると、今日の日本は資本主義国であるから、所有権意識は以前より高まっていることになる。しかし、その説では「ドラえもん」の空き地で子どもたちが遊んでいるシーンに(すでに日本は資本主義国となっていたのに)多くの日本人が違和感を抱かなかった理由が説明できない。そこで、私は新たな所有権意識の高低を決定づける要因を提唱したい。それは、共同体意識の低下である。例えば、遠方に住む親戚が自分の家の庭を使っていても、よほどひどい使い方をしない限り注意しない人が多いのではないか。家族ほどとは言わないが、以前は地域の人々の結びつきが強かった。近年では、特に都心部で近所付き合いがなくなってきている。見知らぬ子どもが自分の土地で遊んでいるのと、自分が所属している「共同体」の子どもが自分の土地で遊んでいるのとでは感じ方も異なることであろう。私は共同体意識が残っている地域を除くほとんどの場所で絶対的・全包括的な所有権の意識を持った人が増加していると考え、筆者の分析は二一世紀の現代日本には当てはまらないと考える。

以上

最後までご覧いただきありがとうございます。

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