岩崎電気のMBO 2/2

前回からの続きとして、岩崎電気のMBOに関連する吸収合併の会計処理を考察します。
なお、LBOストラクチャで会計上の論点となることが多いのは、LBOローンの与信の観点から、SPCと買収対象会社の合併に際して生じうる合併後新会社の単体決算ののれん計上の有無とそれに伴って増減する単体決算の純資産残高です。

最初に基本的なLBOストラクチャのスキームを確認します。買収資金を借入金と資本金で調達したSPCが買収対象会社の株式を取得した後、SPCと買収対象会社を合併させるため、買収対象会社が自身で買収資金を調達したかたちになります。その後は買収対象会社が自身が稼いだフリー・キャッシュ・フローで買収資金を返済するスキームになります(下図参照)。従い、LBOローンを提供する銀行としては、ファンド自体の与信ではなく、買収対象会社の財務状況およびCFの堅牢性から与信を判断することになります。

出所:筆者分析

上図はSPCが存続会社となる、いわゆる順合併を前提としましたが、買収対象会社である岩崎電気が存続会社となる場合には、子会社が親会社を吸収合併する逆さ合併になります。
しかし、今回の開示資料によると、現時点ではSPCと岩崎電気のどちらが存続会社となるか決まっていないとのことであるため(下記参照)、ここでは順合併と逆さ合併の両方の場合の会計処理を考察します。

出所:開示資料

順合併(SPCが存続会社となる吸収合併)の場合
■合併後法人の単体決算
親会社による子会社の吸収合併となるため、共通支配下の取引の枠組みで整理されます。
すなわち、親会社は子会社の資産負債を簿価で受け入れ、親会社が保有していた子会社株式簿価と子会社の簿価純資産との差額は抱合せ株式消滅差損益で特別損益に計上されます(企業結合会計基準適用指針第206項)。さらに、親会社が連結財務諸表を作成していた場合には、親会社は子会社の資産負債を連結上の簿価で受け入れることになり、その金額にはのれんを含みます(適用指針第207項)。
ここで、適用指針第207-2項に重要な規定があります(下記参照)。今回のように株式取得直後に合併する場合には、実務的にはSPCを親会社とする連結財務諸表は一度も作成されていませんが、取得日時点で連結財務諸表を作成したと仮定した場合ののれんを含む資産の連結簿価を引き継ぐことになるため、順合併の場合には新会社の単体BSにのれんが計上されることになります。

企業結合会計基準適用指針第207-2項抜粋

■連結決算
連結決算は共通支配下の取引前後で同じ実態を表すために、吸収合併直前の連結財務諸表が維持され、のれんも計上されることになります。

逆さ合併(岩崎電気が存続会社となる吸収合併)の場合
■合併後法人の単体決算
逆さ合併は、子会社が親会社を吸収合併する場合に該当します。
子会社は親会社の資産負債を簿価により承継し、差額は純資産で処理され、親会社が所有していた子会社株式は自己株式として取り扱われます(適用指針第210項)。
ここで、順合併の場合と大きく異なる点として、順合併の場合には子会社の資産負債を「連結財務諸表上の金額である修正後の帳簿価額(のれんを含む)」で受け入れるのに対して、逆さ合併の場合には資産負債を「合併期日の前日に付された適切な帳簿価額により計上する」とされているため、のれんが計上されません。よって、逆さ合併ではのれんが計上されないことから、その分だけ純資産の金額が順合併の場合と比較して小さくなります。(※厳密には在庫未実現利益の調整がありますが、SPCとの買収においては存在しない論点になるので割愛します。)

■連結決算
連結財務諸表では個別財務諸表における処理を振り戻し、吸収合併消滅会社である親会社が株式を取得したものとして会計処理が行われます。なお、細かい点ですが、連結BSの資本金は吸収合併存続会社である子会社の資本金と一致させる必要があるため、親会社の資本金との差額は資本剰余金に計上されます(適用指針第212項)。

本件における考察
岩崎電気の22/12末の連結簿価純資産は327億円でした(※取得日における資産負債の時価評価およびPPAは無視します)。前回の記事のとおりファンドによる株式取得原価も327億円であったとすると、今回は連結簿価純資産とほぼ同じ金額で株式を取得しているものと推察されます(すなわちPBR 1.0倍)。その場合には、順合併であっても、買収および吸収合併に伴うのれんがほとんど生じないことになり、順資産残高への影響は軽微なものと推察されます。
よって、現時点で順合併と逆さ合併のスキームが決まっていないにも関わらず、銀行が与信を判断してローンを提供することができたのは、与信の観点からは順合併と逆さ合併は大きな差異がなかったことが背景ではないかと想定されます。
なお、連結決算の観点からは、一連の取引は共通支配下の取引に該当するため、順合併と逆さ合併のいずれにおいても経済的実態に即してほぼ同じBSとなります(資本金と資本剰余金の内訳は変わります)。

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