物書きとマジシャン#36
「まあ入んなよ。」
家、というよりは言うように小屋だ。
それも、至る所から木材の切れっ端や布などで補修しながら維持してきたことが良くわかる。
裏には小さな井戸があって、もともとは藁や木、そして石でこしらえたような立派な家が建っていたのだろう。
ただ、その家を支えていたであろう柱が燃えて炭化したんだなと思しきものがあたりに散らばっているところを見ると、うっかりして火事にでもなったか、戦に巻き込まれたのか。
跡の状況から色々汲み取れるものがあるが、よく住み続けていると思う。
二人して当然たじろいでいると、その様子を見てはははと笑った。
「そりゃそうか、街から来たんじゃ疑って当然だわな。」
そう言いながらちょっと待ってろと井戸から桶で水を引き上げた。
あまりの自然な流れに面食らっていると、ずいっと目の前に出された木の器の中で揺らめく澄んだ水に気づいた。
「この木の器だけはいっぱいあるのさ。」
ぷはあと水を一気に飲みほして言う彼の目線の先、その井戸の脇には確かに三十枚くらいは積んであるようだ。
しかも、しっかりした厚みのある器である。
「これでシチューでも食えれば満足するんだがな。」
「ありがとうございます。」
アレクと一緒にお礼を言う。
この水は街の水と違って、澄んでいて美味しいと感じた。
「いいって。減るもんじゃ無し。
ここでまともなのは水くらいだな。」
「おれはバーナックだ。そっちは?」
メルです。
助けてくれてありがとう、こっちはアレク。
「アレクです。
すっかり喉が渇いていたんでたすかりました。」
「アレク、か。」
どうかされました?
「ん?いや、良い名前だ。」
がっちり握手を交わす。
「周りに人の気配が無いだろう?
おれは連中とは離れて生活しているからな。」
連中とは?
「ああ、ノスから来た農民の連中さ。」
「あなたは違うんですか?」
アレクも違和感に気づいたらしい。
アレクは若者というよりはまだ子供だが、それでもその辺の子供よりはずいぶん賢いだろうなと、こういう場面で十分感じる。
「ははは、随分直球だな。それもなかなか鋭いらしい。
ここ一帯はもともとうちの土地だったんだよ。」
地主だったんですか?
「まあそんなもんかな。
ノスの国境がずいぶん手前に来ちまったもんだ。」
はあ、と一息。
そして頭上に広がる雲一つない青空を見上げる。
「ぼろい小屋だろう。
どうせ、また戦だろうからって長い事そのままなんだ。」
「ここに住んでるんですか?」
「そうさ。
冬はちと堪えるがな。」
「ええ?大変だ。」
「おれにはあんたたちの方が大変そうに見えるが。」
そりゃそうだと笑う。
実はこう見えてザルツさんの商館に出入りする商人の端くれなんです。
「あんたたちみたいな兄弟が?」
「そうなんです。」
「へえ。ってことは純粋なイリス系ってわけじゃなさそうだな。」
「ちょっと複雑でして。」
「まあ、この辺りをうろつくやつは大体複雑だわな。
おれも元々傭兵だし、ここの畑で芋を掘りつつ、あの連中を守る契約を結んでるんだよ。」
「ああ、道理で。
だからあんなに軽々と井戸の水桶が宙に浮いたんですね。」
「ははは、よく見てるな。
まさかあんたたち、どこかのスパイじゃないよなあ?」
スパイ?初めてそんなこと言われました。
「まあ、スパイなら他にもっと行くところがあるだろうな。」
ところで、傭兵ってどこの傭兵だったんですか?
※この物語はフィクションです。登場する人物や団体は架空であり、実在する人物や団体とは一切関係がありません。