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物書きとマジシャン#24

「おしかったですね」

 ん?なにが?

「ザルツさんも一緒なら奢ってもらえたかもしれませんから。」

 ぷっんふふふふはは

 つい変な笑い方になってしまったのは周囲の目がある事と、アレクの男性の師匠として周囲に振る舞っているからである。

 もっとも、よほど何か粗を探そうと一挙手一投足を監視している人間でない限りは、そう簡単に秘密が暴かれることも無いだろう。

…無いはずだ。


 アレクもすっかり、いっちょ前に言うよう・・・になって、普段の真面目な雰囲気そのままに真顔でこういうことをふと言うから油断ならない。

(おごってもらった方が良いくらいに飲まないよなあ、私)


「師匠、今日はヴォルフさんがいるそうですよ。」

 そうか、ちょうどよかった。


 木造の店が並ぶ中心地は、このメイサに影響力を持ちたいと思っている周辺国の公館に近い。

 戦争になった時に備えて、起こるであろう略奪にも対応できるよう頑丈な石造りの建物がそれだ。

 各公館の地下には、多くの貴重品があると言われているが、それは事実ではなく、大量の武器弾薬があるとも言われている。

 どちらが本当なのかなんか一般の人間が知ることは出来ないだろう。


 商館から続く通りを歩けば、すぐに見えてくる。

『ヴォルガ』の文字と鉄の装飾細工が施されているのだろう店の看板が、街の酒場としてしっかり根付いていることを象徴しているようだ。

 週末になると混むのはわかっているから、その日をわざと外したのだが、ちょっと遅めの夕食の時間帯なので、ほどよくお客さんが席を埋めている。


「いらっしゃい」

 マスターのヴォルガさんがカウンター越しに迎えてくれた。

 ほとんど露店しかなかった時代からメイサを良く知る人物。五十台とは言え身体はがっちりしており、黒い眼帯がとても印象的だ。

 銃やナイフの扱いは街一番とも言われており、元は軍人か傭兵か、あまり自分を語ることを好まず得体が知れないためか、少なくとも怒らせない方がいい人物としても名を知られている。


 水割りをもらえます?

「そっちは?」

「干し肉の燻製はありますか?」

「あるよ。こないだ仕上げたやつがちょうどな。」

「わあ、じゃあそれを。
せっかくだから、包んで持って帰る分もください。」


 マスターの趣味は狩った獲物の肉を干して燻製にすること。
木のチップで香りが変わるのが奥深くて気に入っているらしい。

「早くアレクが、うちで飲んでる姿を見たいもんだな。」

 そうだけど、どうせみんな年取っちゃうんだから、そんなに早く過ぎちゃうのももったいないけどなあ。

「ははは、言えてるかもな。
うちの息子も大変だったが、今こうしているとあっという間に思える。」


 ヴォルフさんは馴染のお客さんの話の相手をしたり、カウンターを手伝ったりして忙しそうにしている。

 お客さんが少ない日は警備兵の役割りもこなしているらしい。

 はじめはマスターと話をしに来たつもりのお客さんも、いつの間にかヴォルフさんとの話で盛り上がり、満足して帰っていくという。

「うちは一人で来る客も多いんだよ。
一発狙いの商売なんて失敗が当然だしな。
この街の良いところと悪いところはそういうところさ。」


 アレクの父親である師匠も例に洩れず、その一人だったのだろうか。



※この物語はフィクションです。登場する人物や団体は架空であり、実在する人物や団体とは一切関係がありません。


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