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物書きとマジシャン#23

 アレク、これから酒場に行ってみようか。

「ええ、母ももう横になっているみたいですし。」

 お、僕は飲めませんよって言わないんだ?

「お酒だけ置いてあるわけじゃありませんし、師匠一人じゃ危ないでしょうから。」

 まあ!気を遣ってくれるんだ。
優しいじゃん。

「…周りの人がです。」

 ん、なんだろうなこの口かな?
余計なことを言ってしまう口は?

 またアレクの髪の毛をわしゃわしゃしながら、頬をつまんで引っ張り上げてくれる。

「いらいいらい
あーえーてーうーらーさーいー」

 今日という今日は簡単に許してたまるかあ。
よく聞こえなかったなあ?誰が危ないって?

「おえーんあふぁいー」

 まったく、たまに油断をするとこうだ。
いったい誰に教わったんだか。


 陽が沈んで間もないからまだ空は明るい。

 露店の商人たちもすっかり店じまいを終え、それぞれ自分の寝床へと向かうのだが、中には私たちのように酒場や商館へと足を運ぶ人もいる。

 ちょっと商館に寄ってから行こうか。

「そうですね、ここ3日の銀貨がありますし。」

 やっぱり皮は良く売れるね。

「夏前はさすがに売れにくいですが、この季節は需要がありますから。」


 すっかり厳重になった重い扉の前に立つと、腰ほどの高さに取り付けられた金具をつかって"トトントン"と音を鳴らす。

 このとき、周囲にはさもドアを開ける動作のように見せながらやるところがコツだ。

 一呼吸か二呼吸おいてからドアを開けにかかる。

 ちょっと重すぎる気もするが、襲撃があってからこうした工夫がいたるところになされるようになった。

 緊急の時は、裏にある頑丈な扉を所属する商人だけがもつカギを使って開けて入り、身の安全を確保するよう言われている。

 最近は、街の民兵があちらこちらにいるので、前よりはずっと安心できるようにはなった。


「おお、来たか。」

 ええ、どうです?最近は。

「ああ、夜間の警備もやってくれるようになったからな。
もう物音で飛び起きる必要はなさそうだな。」

 それはよかったです。


 ザルツさんに銀貨を預ける。

「お前さんもすっかり商人になっちまったな。」

 師匠のマネをしているようなもんですよ。

「いやいや、アレクもここまで大きく育って、大したもんだよ。
なかなかできる事じゃねえ。」

 ありがとうございます。
ザルツさんたちのおかげですよ。
どうしようかと思いましたから。

「アレンの事を悪く思わんでくれ。
あいつもよほどの何か理由があるんだろう。」

 それはもう。
やっぱり、私があの銀貨の紋章を描いたからなんでしょうかね。

「さあな。
何でそう思うんだ?」

 いえ、あの日から明らかに師匠が変わった気がしていたんです。

「ほう?」

 なんていうか、それまでは日常と商売と穏やかな毎日だったとすれば、その日を境に忙しくなったというか、大変でした。

「そりゃあ、弟子だからじゃないか?」

 そうかもしれませんが..。

 しかも、たまにおっしゃるんですよ。
アレクを頼むぞって。

 まだまだ師匠がいるでしょうにって思ってましたが。

「むう、確かに何か妙だな。」

「…父はそんなことを言っていたんですね。」

 そうだね、師匠はいつだってアレクの事を気にかけていたんだよ。

「なのにどうして」


「まあ、そのうちわかるさ。
あいつがくだばってるとは思えねえ。」

「はい。」

 じゃあ、行こうか。

「お、酒場かい?」

 ええ、ザルツさんもいかがです?

「いいねえ、と言いたいところだが明日が早いのさ。
気をつけてな。」

 はい、ではまた。


※この物語はフィクションです。登場する人物や団体は架空であり、実在する人物や団体とは一切関係がありません。


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