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カレーの話

 我が家のカレーはお決まりのレシピでしか作られない。一人暮らしの頃はそうでもなくて、その日冷蔵庫に残っている調味料(ソースやケチャップ、味噌に醤油に焼き肉のタレ)なんかを適当にぶち込んだり、肉の種類も気分によって変えていた。一番多いのはカレー粉で一晩漬け込んだ鶏肉、次が豚こま。牛肉は基本的には使わない。スーパーの安い肉ならば牛じゃない方が絶対に美味しいというのが実家の母親の方針で、カレーこそ鶏が多いけれどメンチカツやハンバーグも豚ひき肉オンリーの家庭で育ったからです。私が真実(牛ひき肉が使われていない)を知ったのはけっこう歳を重ねてからで、お惣菜や外食のハンバーグを「なんか家のより美味しくないし変な味がするな」と首を捻りながら食べる(あるいは残す)嫌なガキだった。今でも自分で作るときは豚ひき肉を使うけれど、子供の頃より味覚の懐が広くなったので、外食ハンバーグでも残さず美味しく食べられます。
 今は実家でも一人暮らしでもなく同居人と2LDKのアパートに住んでいる。互いの「我が家」という言葉が指すのはもはやこの住まいのことで、我が家のカレーはこの暮らしを始めてから確立されたものです。これがめっぽう美味しい。ちなみにインターネットに掲載されていたレシピなので私が威張れることは何もなく、専らレシピ主を崇め奉るばかり。本当に美味しいので共有しますが、よほど自分ちカレーにこだわりが無いのであれば試してみてほしい。本当に本当に美味しいです。

【美味しいカレーの作り方】これよりウマい家カレーのレシピがあったら教えてくれ

https://my-kaji.com/resipe-curry/

 ただしブログで触れられているように、このカレーは材料が多いしけっこう手間がかかる。仕事をして疲れて帰ってきて「まあ、今日は簡単にカレーでいいや」なんて作り方はできない。私はこのカレーをこさえるのを一種の道楽だと思っているので、基本的に休みの日にしか作りません。今日は同居人の仕事が18時に終わるので(実際には少し長引いて19時過ぎの帰宅になるにしても)16時半過ぎからさぁ作ろう、と取りかかったけれどカレールーを投入したのが18時15分頃だったので焦った。野菜をすり下ろすのとそのペーストを水分がなくなるまで炒めるのに時間がかかるんですよね。ただしペーストのおかげでルーを入れてから短時間煮ただけでもコクがあって、普通にカレーを作ったあとの最初の一杯でなりがちな「なんか深みが足りない」という感じは全然しない。
 このカレーを作る上での一番の楽しみはまあ食べることなんですけど、それと同じくらいビールを投入する瞬間です。貧乏性なので発泡酒を使ってますが(おすすめはサッポロのゴールドスター、単品でもめちゃめちゃ美味いです)、200ml使用すると必然的に150mlまたは350ml余るわけで、水とローリエとコンソメと赤唐辛子も続けて投入して煮込みながらゆっくり飲みます。アクをこまめに取らないといけないとはいえ、この煮込み20分はまさに小休憩という感じ。それまではひっきりなしに何かを切ったりすり下ろしたり炒めたりしてわりと疲れているので、流し台の下の扉やゴミ箱を背もたれにして余ったビールを飲み、読みかけの本なんかにも手を伸ばします。休みの日は大抵午前中にしっかりと家の掃除をするのだけれど、このカレーを作る過程で細かな野菜くずがキッチンの床にちらばったり、冷蔵庫から出した食材パックの水滴が落ちていたりして(私は冷蔵庫を何度も開けるのがいやで、使用する食材を全部出して梱包されているものは床に並べておくのです。汚いけど我が家の料理でしかやらないので許してほしい)あんまりきれいな状態じゃない。とはいえ徐々に夕暮れていく窓の外をなんとなく見ながら、別に観ていないテレビの音を聞き流しつつキッチンの床で酒を飲むのは、人生において三本指に入るくらい幸福な時間だとつくづく思います。本当は窓を開けて網戸にするのだけれど、夏場だけは食中毒が怖いので締め切って冷房の効いた部屋でやります。大好きなカレーでお腹を壊して酷い目に遭ったりしたら本当につらい。
 大体1ヶ月~1ヶ月半に一度のペースで我が家カレーを作るのは、床で余ったビールを飲むこの時間のためと言っても過言でないかもしれません。別にカレーじゃなくたって、休みの日に早い時間から飲もうが何しようが完璧に私の自由なんですが、このカレーの場合口実が作れるのがいいですね。「だって缶一本まるまるは必要ないし、捨てたらもったいないじゃん」って。そうは言いつつ完全に飲む前提でロング缶買うし、二杯目にいく前提で冷蔵庫では割材の炭酸水が冷えまくってるんですけど。
 例えばコンビニでちょっとお高いスイーツを買ったり、休日にスポーツをしたり、人それぞれ持っているであろう最上の休息時間が、私にとってはカレーの合間のビールなわけです。なんというか、とりあえずは自分の人生を生きているのだという実感がある。ちっとも裕福な行為ではなく、だいたい翌日はまた仕事なわけだけれど、いやなことをひとまず忘れて「まぁ、先のことはわからんけどとりあえず今は幸せだな」と一息つける時間がカレー作りの中にあるというのは、それ自体が幸福なことかもしれないと近頃は思います。そもそも作る工程もまあ楽しいし、必然的に鍋いっぱいの美味しいカレー(洒落にならない量)もついてくるし。思えばこのレシピに出会わなければ自分にとっての最上の時間のひとつにもまた出会えなかったわけで、巡り合わせの妙にも思いを馳せたりする。
 今日はそんなことを、背中を朝拭き上げたばかりの流し台下の扉に、素足のうらを大東建託特有の柔らかな床(クッションフロアと言うらしい)にぺったりくっつけて考えたりなどしていた。そしてふと文章に起こしたくなったので書きました。
 というわけで、今回はカレーの話でした。ちなみに同居人はカレーを作らずそもそもあまり好きではなかったらしいのですが、このレシピは美味しい美味しいと言って食べてくれるので大変にうれしい。彼女にとっても我が家がもはやこのアパートを指すように、我が家のカレーといえばこのカレーになってくれたらいいのですが。

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