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国際平和を望んでいた

 ころころマカロン。マカロンころん。色とりどりのマカロンは、見た目の可愛らしさよりもずっと甘い砂糖という毒を持つ。確実に一口ずつ健康を蝕むような、そんな味。『ゴシップ・ガール』のブレアに憧れて、湯舟に浸かってマカロンを口に運びながらそんなことを考える。夢見心地のフランス生まれのメレンゲ菓子。
 世界平和はマカロンの詰め合わせみたいだと思う。わかりやすい華やかさを備え、毒が詰まっている。固いメレンゲは噛むとその殻はぽろぽろと剥がれていく。学生時代は国際平和を目指す、なんて響きの良い国連や国を守る外交官に憧れたけど、今じゃしがないⅠTエンジニア。不満がある訳ではないし、今の仕事もわりに気に入っている。顧客の声を聞き、システムを作る仕事だ。仕事仲間にも恵まれていると思う。十も年の違わない課長や、年の近い先輩や後輩。今はなかなか遊べないけど、仕事終わりに飲んだり、ダーツしたり、それなりに充実したサラリーマン生活だった。もっぱら今では在宅勤務である。

 2020年2月頃から世界中の人々の生活を変えてしまったコロナウイルスの蔓延によるパンデミック。思いもよらぬ事態に世界は震撼した。強制的鎖国状態、不要不急のエンターテイメントの制限、身近に迫る疫病。こんな時代に海外への渡航がまるで月への旅行のように遠い存在になってしまうなんて夢にも思わなかった。
 幸い周囲で罹患者は2021年4月現在でも出ておらず、ニューノーマルな日常に誰もが慣れてしまっていることを感じる。私の生活は在宅勤務、週1での出社、週末の観劇や習い事のバレエで成り立っている。
 コロナの終息とかオリンピックの開催とか国際社会の課題は目の前にも山積みである。では課題が解消されたら、今度は各国が国同士の関係を改善したり敵対したりを繰り返すのだろうか。日本では過去の出来事として平和を気取っているが、戦争はきっと終わらないだろう。どこまで課題を消化すれば平和といえるのか。あるいは、いまは平和ではないのか。テロがなくなれば、戦争がなければ、疫病が終息したら。あのころの私が憧れた世界平和とはIFの代物でしかないのだろうか。
 いざ戦場に赴けと言われたら怖くてできない、自衛隊にも入れない。どうすれば世界平和を実現できるんだろうか。この問いに答え続けられないまま人類は歴史を刻み続けるのだろうか。平和と対立は表裏一体。だからこそとらえどころがない。対立がなくなったときというのは平和もなくなるのではないだろうか。それでも永遠の平和を求める気持ちはある。永遠も平和もどちらも不確かなものにも関わらず。

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