風の歌を聴け

我が家の娘の名前は「風歌(ふうか)」という。
北アルプスを爽やかに吹き渡る風のように、人生の困難も軽やかに乗り越えて、自分らしい人生を楽しく前向きに生きてほしいという願いを込めてつけた。そんな娘の名前を知った友人に「中村君、村上春樹のファンなの?」と聞かれたことがある。「風歌」という名前が、村上氏のデビュー作、「風の歌を聴け」に因んでいるのでは、という推論である。中々、面白い見立てではあるけれど、それは全くの誤解である。

 娘の名前は、歌うようにアルプスを吹き抜ける優しい春風をイメージしたものであって「風の歌を聴け」とは無関係のはずだった。ところが、最近、何の因果か、我が家では毎日家族みんなで「風の歌を聴」いている。ハルキの古典を読んでいるわけではない。文字通り、「風」の歌を聴いている。

 発端は、昨年末の紅白歌合戦だった。気仙沼大島を舞台にしたNHKの朝ドラ「おかえりモネ」の主題歌「なないろ」(Bump of the chicken)を見るためだけに、紅白を見ていたのだけれど、それを見逃さないため、予定時間よりもやや早くチャンネルをNHKに合わせて待機していた。すると、そこに登場したのが、頭ボサボサでサンダル・スウェットというリラックスした部屋義風姿で、自宅から中継出演(のちにサプライズ演出と判明)した「風」だった。藤井風、24歳。これまでネットで名前を見かけたり、ニュース映像などでチラリと姿は見たことがあったけれど、生演奏を見るのは初めて。

 「なんか脱力系の人だね」。去年の瑛人みたいなネット発のポッと出のシンガーソングライターかな、と全然期待感などなく、流し見するつもりでテレビを見ていたら、度肝を抜かれた。You tube配信のような「きらり」から、サプライズでのNHKホール登場、そして「燃えよ」のピアノ弾き語り。何なんwこの人!自分でもビックリするくらい衝撃を受け、そのまま呆然とした頭で、バンプの気仙沼大島演奏を流し見して、何が何だか分からないまま、年を越して、いつのまにか2022年に。

 それからわずか3週間。「風」の歌を聴くことは、我が家の新しいルーティーンとしてすっかり定着した。You tubeの洋楽ピアノ弾き語り動画を貪るように見て、そのたび感嘆し、「きらり」のMVを見て、そのセンス良さに感心し、「帰ろう」を聴いて、深い歌詞に涙する。CDを買って、ブルーレイを買って、ピアノの楽譜を買って(同じくハマった妻が悪戦苦闘しながら毎日弾いています)、昨秋開催されたNissanスタジアムの無観客ライブの動画を毎日見て、気がつけば「ああ、これが沼にハマるということなんですね」と初めて自覚。2021年12月31日を機に、我が家の状況が一変したと言っても、誇張でないくらいに日々の生活が変わった。結構、本気で。

 力強く詩情豊かなピアノの技巧、都会的でお洒落な曲調、岡山弁丸出しながらセンス抜群の歌詞、自由奔放で脱力した人柄、セクシー?でワイルドな外見、世界を意識して英語で配信する先見性。などなど若手と思えぬ規格外のスケールの大きさに、20歳も年上の中年オヤジながら、恥ずかしげもなく、日々感嘆。昔、大学時代の友人が世界一周の貧乏旅行に出かけた際、CDプレーヤーに宇多田ヒカルの「first love」だけを入れて、一年間ずっと繰り返し再生していたと聞いたことがあるけれど、仮に自分が一年間無人島に住むなら、間違いなくNissanスタジアムの「free live」の映像を持っていくでしょう。それさえあれば、人生何とかなりそう。

 残りの人生どれくらいあるか分からないけれど、このタイミングで「風」の歌に出会えて良かった。「風の歌を聴け」と、告げてくれたどこかの神様と昨年の紅白歌合戦に感謝です。

 


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?