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小説 最期のミステリー 1.

「あかんねぇ……」
 スマホ画面の向こう側から漏れる母親の声に、奏太は思わず眉を顰めた。
「仕方ないよ、コロナ禍が収まったからさ。今年はもう9月まで帰れないよ。そうそう、めちゃくちゃ忙しいんだって。今日も俺昼飯抜きだったし。今?帰って風呂出たとこだって」
 奏太は濡れた髪をタオルで拭き上げながら、ローテーブルの置時計に目を落とす。針はちょうど9時を指している。
「そやけど、御先祖様が還ってくる時ぐらい仏壇に手を合わしに来なあかんって」
「まあ、今更言われても……今日で盆も終わりやろ。もう切るで」

 母の小言を遮るように通話を切った。
「まあ確かに、ここ最近はもう小説を書く気がないからって、やたらめったらシフトを入れてたからなぁ」
 と、一人ごちながらベッドにスマホを投げ捨てた奏太の目に、枕元の壁掛けカレンダーが写る。
 8月のカレンダーの中で一際目立つ赤マジックで書かれたバツ印の日付は今日だ。
 「……お盆か」
──きっと今頃 地元は賑わっているだろうな。
 奏太の脳裏に浮かぶ、京都の夏の夜を彩る大文字の送り火。本来なら今年も行くつもりだった故郷の風物詩。
『ピリピリピリピリ』
 突然響きわたった、ワンルームに響く電子音。聞き覚えのある無機質な音は、奏太の湧き上がった郷愁の念を一瞬で打ち消した。

 久しぶりのTwitter、DMの受信通知。

 一体誰なんだ?もう創作活動を自粛してから半年以上もたつというのに……
 訝しみながらスマホ画面を操作する奏太の指がピタリと止まる。

「──『オルガ!?』どうして今頃….」

TwitterのDM画面に表示された『オルガ』の文字を見て、奏太の声は震えた。







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