死兆星と呼ばれた男

エピソード4  産声

あの患者が運ばれてきてから私の全てが狂ってしまった。
緊急外来で、運び込まれてきたその男。
運び込まれてきた当初、服にはおびただしいくらいの血が付いており髪の毛も血で濡れていて、とてもじゃないがパッとみ、直ぐにでも緊急手術しなければならないほどの重傷。
直ぐにレントゲンやMRIと言った精密検査が行われたが、しかし結果は驚くことに全くと言って良い程に異常無し。
身体には血は付いているが、目立った外傷すらなく、あれほど血を流した筈にも関わらず、出血多量によるショック症状すら無かった。
緊急搬送時の連絡では意識不明の重体と連絡を受けていた筈なにも関わらずだ。
ただ、意識は戻るようすが無かった為、緊急入院という形をとるほか無かった。
それにしても、聞いた情報によれば発見時4~5階相当の高さから真っ逆さまにアスファルトの地面に叩き付けられたみたいだと聞いていたがその男の容態をくまなく確認した所、結局は無傷。
現場も血だまりが出来ていたほど凄惨な現場だったと話を聞いた。
しかし、不気味なまでに身体に擦り傷や打撲痕すら無かったのだ。
そして、入院したその翌日には意識を取り戻した。
事件性もあった為か、何人かの警察関係者があの男の元にいき色々と質問をしていたみたいだったが、男はただ生きるのに疲れたから自殺を試みたとだけ語ったとの話耳にした。
その後も看護婦達にはその男の様子を監視するように指示するもベッドで目覚めてからは何か時折、独り言を言っては物思いにふけるだけと言っていた。
いつの間にか、看護婦達の間でも不気味な噂話が広がり始める。
隣の部屋の患者の名前や人数を知っていただの、動かないで花瓶を落としただのと。
そのどれもが眉唾物のしょうもない噂話だった。
しかし、程無くして男と同室の患者の病状が突然悪化し死亡すると言う事が起こった。
前日まではほぼほぼ完治という所までいっていた患者の容態が急変したのだ。
結局、何故そんな事になったのかもわからずじまいのまま。
更にその次の日には、その男を担当していた熟練の看護婦が急に体調不良を訴えてきて数日間の休暇を取った。
あの今まで休みをなかなか取らないと有名だったあの看護婦がだ。
何故、あの男の周辺でそんな事が相次いで起こったのか。
私はそれが不気味で気色悪くてしょうがなかった。
しかし、そんな男もいよいよ退院する事になった。
胸にあった不安もこれでやっと消える事だろうと思っていたそんな矢先。

私『黒木さん。、、、、黒木さん!!ちゃんと聞いてましたか?』

そう言うと男はこちらをゆっくりと眺めた。
まるで虫けらを見るような目で。
その瞬間、男と目と目が合う。
まるで全身が金縛りになったかのような錯覚に襲われると、身体中から冷や汗が流れた。
まるで蛇に睨まれた蛙だった。
男の瞳はどこまでも私の奥底を覗き込むようなそんな底無し沼のような瞳だった。
危ない、危険だ、と全身がその男の存在に恐怖する。
今にも震えそうな身体を何とかごまかそうと必死に耐える。
あえて、不機嫌そうな態度を取ってこの場を乗り切ろうとする。
外の雨の音が異様にうるさい、普段なら気にもしないはずなのに。
一秒でも早くこの男から離れたい、早くこの場から追い出してしまいたい、そう思いながらも私はまた必要以上に不機嫌そうな態度を取る。
緊張の一瞬、時間にすれば2ー3秒ほどだが私にとっては数時間以上のものだった。
しばらくすると、男は適当に返事をした。

私『、、、、、、お大事に。』

たった5文字、それだけの言葉を伝えるのにこれほど精神的に疲れた事が今まであっただろうか。
冷や汗がツーと首筋を伝う。
すると、男はこちらに興味が失せたのだろう。
すんなりと頭を下げて病室から出ていった。
それからだ、目蓋を閉じるとあの男のあの目がずっとこちらを見詰め返してくる、そんな光景が脳裏に浮かぶのは。
あの日、あの男と目があってからほぼ毎日悪夢に苛まれるようになった。
寝ても覚めてもあの時のあの目が私を見てくる。

私『目、、目だ。目が、目が、目が目が目が目が目が目が目が、、、、あぁぁぁああああめが、、。』


気づけば私は病院の屋上の端にロープをくくり、自分の首にロープを巻き付けた状態で飛び降りていた。
そう、あの目だ。
あの目が私が今の今まで無意識に傷付けてきた患者達や家族、同僚、友人達の顔を思い出させる。
そしてその誰もがあの男と同じ目で私を見てくるのだ。
自らの罪を認めろと。
罪には死を持って清算しろと。
そう言えば、いつからだろうか?
私が誰かより偉いと勘違いし始めたのは。



テレビのニュース『速報です。○○ビルが不審火により全焼との情報が入ってきました。死亡者多数、現場の状況により、今現在、死亡者の身元の確認がまだ出来ていない状況との事。事件性も視野に現在も調査中との事でした。』


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?