マギ·ザ·ドールズ

プロローグ    とある奴隷の日記

神聖暦xx年

その日、空から神の使いが現れた。
6枚の異形な翼をはためかせ、神聖国ブライトの遥か上空に佇むその姿はまさに天の裁きを下す神の怒りそのものの様な姿だった。
神の使いが軽く片手を横になぐと、滅多に雪の降らないこの辺境の土地に雪が降った。
実際は、雪では無かったがまるで雪が降り積もる様なそんな幻想的な景色が広がったのだ。
降り注ぐ白い羽と黒い羽。
白い羽は、そこに生きた奴隷達に安らぎに満ちた死を。
黒い羽は、そこに巣くっていた邪悪な住民達に苦痛な死を。
その日、その国には響き渡る苦痛と絶望の声が絶えず轟いた。
逃げ惑う一般市民や貴族や国に使える兵士達。
中には王族もちらほらと交じり、その誰もが必死の形相で国から逃げ延びようと靴も履かずに走り回った。
だが、その誰しもが迫り来る黒い羽から逃れられず、その羽が身体が触れた途端にドロドロと腐る落ちる者。
焼け焦げる様に身体の節々から煙を上げながら焼け爛れて死ぬ者。
奇声を上げて身体中をかきむしりながらそのまま絶命する者。
寒くもないのに身体から熱を奪われ凍死する者。
口から大量に血反吐を吐き出し、のたうち回りながら目からも血を垂れ流しながら死に行く者。
そして、干からびたように身体が枯れて最後には砂になってしまう者。
それぞれが異なる、異様な死を遂げた。
逆にその国に囚われていた全ての奴隷達にはまるで眠るような優しく静かな終わりが訪れた。
私はその全てをこの両目に焼き付けつつ、必死に文字を書き記す。
誰かがここで起きたこの奇跡を誰かに伝えなくてはと。
私達、この国に弄ばれ続けてきた奴隷達の最後を。
私は、自身が来ていたボロボロの服を引きちぎり、それに向かって必死に炭で文字を書く。
この国は狂った国だった。
この国に生きる者達やこの国で生まれた者達は、この世界に生きる異種族をそして自分達の国以外の辺境の土地にすむ同じ人間すらも奴隷とし、彼らは自らが信仰する神から祝福を受けた大いなる存在として、それら以外の生き物は全て、神から与えられた玩具と言う狂った思想を持ったそんな人間達だった。
多くの奴隷達が彼らの気まぐれによって殺され。
彼らによって孕まされた奴隷の子供達もまた彼らの玩具としてその命を弄ばれてきた続けた。
街中で、奴隷が殴られ殺されたとしても誰もそれを気にする事無く、例え白昼堂々と奴隷の娘が犯されて居ようとも見向きさえしなかった。
それどころか、それに混じる者すら現れるのだ。
各家庭には、一般人市民から貴族、王族まで奴隷専用の部屋が当たり前のように用意されており、そこで家畜の如く私達は飼われていた。
街を歩く奴隷達も皆、首に首輪を繋がれ、紐で連れ歩かれるそれがこの国での日常の光景だった。
そんな日々にやっと終わりが訪れたのだ。
何度、神に願ったことか。
何度、死に恋い焦がれた事か。
そして、やがて私の元にも白き羽がそっと降ってきた。
あぁ、これでやっと終えられる。
私の意識はそれを最後に静かで優しい死に包まれていった。


この日、数万人の者達がこの地上から忽然と消え去った。
そこに残されたのは人が誰一人として居ない国。
そこに生きた者達も、そこで生まれた者達もそれら全ての歴史や記憶、生きた証すらそれら全ても消え失せた。
残るは無数の骸と。
無数の骸の中を優雅に回りながら鼻歌交じりに踊る少年の姿だけ。


後にその国があった辺境の地では不思議な伝承が語られる事となる、その地方で迷子や魔物に襲われると何処からともなく鼻歌交じりに少年の様な少女の様な不思議な精霊が現れては人々を守り、導いてくれると。



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