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好きでも憧れでもない けど

思い出す人の話をしよう。

タイトルにもある通り、相手は異性で恋愛感情もなければ性的感情も湧かず、人間性も超絶苦手。
何を考えているのか全てにおいて分かりやすい私と違い、何を考えているのかさっぱり読むことができなかった。今でも分からないと思う。
その上、お互いの価値観や信念も全て真逆!

こんなに真逆なのも珍しい、というのが最初の印象だった。
これだけ違うタイプならばあまり関わり合いになることもないだろうと思っていたのだが、意外にも(失礼)親身に相談に乗ってもらったことがあり、それがきっかけで何度か相談にも乗ってもらった。

真逆だからこそ見えるものが違うはず、と。

私はあまり相談できるタイプではないが、一旦OKラインを超えると一気に相談するという謎のルートを辿ることが多かった。
正直、彼には何でもしゃべれます!とはならなかったけれど、
相談できるほどの信頼性はある人だったのだ。

相談に関してはなるほど!と参考になることが多かったが、
言っていること自体は分かるが、それはしたくないな、とか理解できないなぁと思うことも多かった。

相談やお喋りの時に引っ掛かりを感じ始めたのは、割合と早かった気がする。
ただのいい人、というのとは少し違っていたように感じた。
なんというか、言っていることは真実なんだけれど、その言葉や沈黙の裏に、私には言っていない本音が隠れている気がしたのだ。

私の彼への見立てが正しければ、全ての真実を話すことは賢明ではないと分かっていたのだろう。それは正しい。
ただ、私は取り繕われるよりも自分はこうだから、それは違うと思うとストレートに物事を言われた方がすっきりするタイプ。
恐らくはそう言った私のためにそうしてくれる頭の良さや尊重性もあり、ありがたく、その部分を尊敬もしていた。
ただ、それでもなお、隠されたものがありそうな印象は払拭できなかった。

結局、私は彼と当面関わらない選択を取ることにした。
彼の発言の中に私には到底受け入れがたいものがあり、
今の私だと関わっていくことは難しいと判断したのだ。

必要以上に相手の言葉が引っかかるということは、自分自身を見つめる時間が必要だということも分かっていた。
私はないがしろにしてきた自分との時間をじっくり取ることに決めて過ごした。

そして、それを経て
ああ、彼の言っていたことはこういうことか、と分かることが増えた。

私は以前に比べ、情に流されなくなり、執着されることも減った。
私は誰かを助けたいと思うが余り、自分が助けられる人が私に寄って来やすかったのだろうと今なら分かる。

それに警戒心も高すぎるくらい高かったのだが、(特に異性)
今はとりあえず誰に対してもオープンに接し、そこから重く感じた人は
心を閉じようと思えるようになった。

一生涯変わらない所ももちろんある。
それでも、自分を見つめ直す時間をくれたことで、
自分がたくさん変わったきっかけをくれたあの人を思い出すのだ。

それでも、二度とお互いに連絡は取らないだろう。そういう縁だったのだ。
だからこそ、思い出すのかもしれない。